第二十二話 急襲

 真っ暗な闇が頭を覆っていたかのような感覚。その闇が少しずつだが、徐々に晴れていく。意識の覚醒とはこういうものか、とぼんやり思いながら、重いまぶたを開けていった。そして見えたのは、一面が白い見慣れた空間であると再確認した瞬間、激しい戦闘の余波を肌に感じ、あわてて起きた。

 余波の感じた方向に目を向け、飛び込んできたのは、


 「…ルーテシア!」


 激しく拳をぶつけ合わせながら襲撃者と戦う、黒き精霊の後ろ姿だった。

 

 「…ッ!マスターご無事ですか!?」


 一見、防戦を続けるルーテシアはこちらを見ずに確認してくる。その表情はこちらから見ることはできないが、少なくとも余裕はないように見える…どうなってるんだ?目を覆われてからの記憶がないから、何が起こったのか…。

 ひとまず、この状況を何とかするしかない…!


 「多分…問題はない!俺のことは気にしなくていいから頼んだ!」


 状況から見て俺を背に守っていたのだと判断した。そして、この状況では戦闘経験が浅い俺がお荷物になるのは間違いない。通じるかどうかはわからないが、大急ぎで防御を固めるほかない!

 身体強化はまだ不慣れで時間がかかるが、ルーテシアが時間を稼いでいる今ならなんとか間に合うと判断して、もたもたしながら身体強化する。練習はしていたが、こんなに早く戦闘展開になるとか…いかにもはじまりの街って感じのくせして、どうなってるんだ!?


 不慣れな身体強化を確認したルーテシアは強化後、すぐに防戦から切り替え打って出た。

 防御気味に立っていたルーテシアは、横に開いていた両足を前後に移動しながら謎の襲撃者の方へと押し返すように拳を振り始めた。相手の方も分が悪いと感じたのか、少しずつ下がりながら応戦するが諦めたように後ろに大きく飛ぶ。

 激しい拳の応酬でよく見えなかったが、膠着状態になりようやく相手の姿を確認する。

 

 ボロボロの長いローブに見を包んだ低身長の『何か』。先程まで打ち合っていた両腕をだらんと下げ、そのローブに隠された顔は見えない。ただ、その奥に映る赤い二つの点がひたすらにこちらを見ている。不気味というしかほかないその様相にブルリと身を震わせる。

 

 『…マスター、よろしいですか』


 一見、傷ひとつない状態で悠然と、しかし見るものに緊張感を漂わせる構えを続けるルーテシアが念話で話しかけてくる。


 『どうした、魔力の使い過ぎか?』


 『いえ、そちらは大丈夫なのですが…こちらの方にお心当たりは?』


 『さすがに全身ボロボロローブの見るからに危ない知り合いなんていないよ…』


 新手の小粋なジョークとすら思えるわ…というか8歳の段階でこんな知り合い作ってたらそれこそどうなのよ。トラウマになるわ。


 『そうですか、なら叩き伏せても構わない、ということでよろしいですね?』


 『え、あ、いや、さすがに生かしておいてくれると助かるんだが…話し聞かないと状況もわからないし』


 『…そうですか、承知しました』


 若干不服そうながらも受け入れるルーテシア。

 …君、もし許可出してたら間違いなく殺してたでしょ、理由はわからなくもないが。今、ダメって話した瞬間に思いっきり君の左足の下の地面が音立てて凹んだぞ…。


 ひとまずの確保許可が出たところで、ルーテシアは後ろに出していた右足をストレス発散ついでにと言わんばかりに思いっきり踏み切る。地面に罪はもちろんないが、南無三。

 訓練の時とは比較にならない急加速により、一気に相手に近づいたルーテシアは右の拳に黒く炎をまとわせ、一気に勝負を決めようと…ってそれ人だったら死ぬんじゃないの!?

 そうは思っても身体強化のレベルの低いせいもあるのか、見ることはできてもゆったりと動くことしかない俺は、次に起こる惨事に身を震わせるほかない。しかし、相手は俺の予想よりはるかに強く、ルーテシアの手加減(?)も正しかったのだと把握した。


 瞬間的に飛び出したルーテシアの一撃を受けると思われたローブの何かは、下げていた左腕をヌルリと腕にあげ、見るからに殺意に染まる闇の炎に包まれた拳を、その腕同士で受け止める。もちろん予測はしていたのか、ルーテシアは続いて右足を振り上げ、同じ炎をまとわせた状態でもって蹴り飛ばそうとするが、こちらも残っていた右腕によってルーテシア自身の左足をなぎ払おうとする。その腕はまるでかのような動きをして。

 長時間打ち合っていたこともあり、行動を予測していたのか蹴撃を中断し、足にまとっていた炎をそのまま波動として打ち出して後ろに回避する。攻めるに攻め切れない、しかし、お互いが同じ状態であると言ったところか。

 後ろに飛んだルーテシアはそのまま空中で魔法の行使を続ける。まとっていた炎をそのまま弾として、体をひねりながら投げつける。球状になっていたであろうものは、あまりに速いせいで楕円形として残像が生まれる。しかし、やはりといっていいのか、これも腕をムチの用にしならせ弾き、訓練用の空間に凄まじい勢いでぶつかっていく。


 「…しぶといですね…ッ!」


 小声でそのいらだちを顕にするルーテシア。ここまでずっと攻められ続けていたなかで状況が変わったにもかかわらず、膠着状態のままなのが辛いのだろう。


 彼女の持っている魔力がどの程度で、今どれだけ残っているのかはわからないが、少なくともこの調子で使い続ければジリ貧だろう。かといって、俺が変に介入してもかえって邪魔になりかねないが…どうする?途中で補充しようにも流石に厳しいだろうし、なんとかお帰り願いたいものだが…。

 そういったことをいろいろ悩んでいる間にも、ルーテシアはもう一度近接で戦いを挑んでおり、今度は一気に勝負を決めようとせず、拳の舞踏会へと体を踊らせていく。相手もそれに対応するように、全身を使って対応するが、やはり手足が伸びているようにそれら全てに対応していく。その戦いぶりには人の間接をまるで外したかのような避け方も含まれ、見てて違和感しかないが、その戦闘の終わりは全く見えない。


 俺だけが見るだけというわけにもいかないし、と考え、戦闘の合間合間に邪魔にならない程度に相手の地面をぬかるみに変えたり、真上から氷のトゲを落としたりなど、些細な嫌がらせをするものの、すぐに移動して逃げられ、すぐに同じように再び戦闘に戻るといったことを5回ほど繰り返した。ローブの奥にある赤い点はルーテシアを常に確認し続けており、こちらの動きを見ているようには見えないが…感知系の能力でもあるのだろうか?

 と、ここまで大きな動きもないまま戦闘が続いていたが、ここで相手が大きくルーテシアと離れた。ルーテシアが距離を詰めるかと思いきや、それをそのまま見送った。

 一体どうした?と思っていると、ここまで一切喋らなかったローブの何かが戦闘が始まってから初めて、その声を出す。


 「くカか、流石ニ厳しいト言うわケか」


 ラジオが壊れたような音程と音圧の狂ったノイズのような声。人と同じ声帯とは思えない聞き取りづらい声で、こちらに対して難色を示す襲撃者。


 「マぁ、いイさ。目的は達シたのだかラな」


 「目的?何のことだ?」


 思わずといった感じでつい、声に出してしまう。あいつにされたのは俺を気絶させたことだけのはずでは…?


 「カカ。気づいてナケればソれで構わないさ。そのうチわかる」


 『マスター、本当に体に異常はないのですか?』


 明らかに悔し惜しみのないその態度に、警戒はそのままに念話を飛ばしてくるルーテシア。とはいっても、本当に心当たりはないのだが…一体何をしたんだ…?


 『本当に大丈夫なはずだが…少なくとも今すぐどうなるってことはないはずだが…』


 「心配そウにするナよ、別に死ぬわケじゃなインだからナ」


 「こちらの心配を平気で読まないでくれるかなぁ、襲撃者くん?」


 ヒャハ、と軽快にノイズを続けるボロボロローブ。愉快そうに笑いながらも、赤い二つの光を常にこちらに向かっている。


 「できレば、さっさト逃がして欲しイなァ?この空間魔法をわザわざ壊して出るノはちと骨が折レるんだヨなぁ?」


 「…マスター…ここは退くべきかと。正直に言えば、臨時で空間を創造したので、この空間を維持し続けるのも魔力の限界になり、戦闘続行も厳しくなります」


 「そういウことダ、駆け出シ君?俺も長いコといタトころで得するわケでもネぇし、こコはお互い手をひコうや?」


 いつも涼しい顔をしているルーテシアが若干ではあるものの、顔を歪ませ苦々しい顔をしているということは本当に限界に近いのだろうが…しかし、相手の目的とやらも気になる。消耗が厳しいというのも俺の力不足が原因なのが大本だからこそ、今の状況に反吐が出る。

 ここで粘るのは悪手、と考えるしかないか、悔しいところではあるが。


 「…いいだろう。ルーテシア、頼む」


 「はい、マスター」


 ルーテシアに空間魔法の解除を行ってもらう。見慣れた白い空間がみるみると変わっていき、先程までいたであろう元の自分の家に変わっていく。さすがにこの使い方は初めて見るが、まだ俺の教えてもらっていない創造をしたのだろう。


 「キひ、お利口ナ判断だ。じゃあナ!」


 「ッ!待ちなさい!」


 解除したと同時に襲撃者は回れ右と言わんばかりに、入り口を飛び出していく。ルーテシアもそれに続こうとしたが、すぐに後ろに目を向け今の状態で離れるのは得策ではないと判断したのかすぐにこちらに戻ってくる。


 「マスター、本当に大丈夫ですか?奴の言うことが正しければ、何かされた可能性が高いですが…」


 「わからん…だが、明確なダメージらしいものも今のところ感じないのも本当だ。あいつが言うには、そのうちわかる、ということらしいが…」


 心配げにこちらに膝をつき、体各所を触診しようとするルーテシアを必死になだめながら、一方で思い当たる箇所がないことに疑問を覚える。


 「…わかりました。なら、一度待機状態に戻ってこっそり確認します」


 「え゛」


 聞き捨てならないことを言ったと思ったら、すぐに消えるルーテシア。こっそりってどういうことだよ…。

 とはいえ、自分もわからない自分の状態を確認してくれるというのだ、頼む他にないだろう、と自分の中で割り切ることにした。ひとまず、状況整理をすることにしようかな…。


 軽くため息をつきつつ、外の喧騒への影響と時間の確認を行うのだった。

 


  

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