ナッシングガール

siou

プロローグ

 激しい大粒の雨が、殴りつけるように無骨なアスファルトへと降り注ぐ。

 夜の冷え切った曇天の下では、雷鳴に動じることなく大きな貨物倉庫が存在感を示し、幾つかある照明も自分の足下を照らし出すだけで、闇を際立たせているだけだった。

 そんな深い闇の中。倉庫の壁際から荒い息遣いが聞こえてくる。

「ああ、たまらない♡ この肌の感触、温かさ……」

 女の震え悶える声が闇の中へと溶けていく。

「もっと♡ もっと感じさせて。あなたのことを、もっと教えて♡」

 そう言って女は下へと手を伸ばす。

 そこには気を失った男の顔があり、男は仰向けで女に跨がられていた。

 女は男の顔を包み込むように両手で頬を撫で、そして男へと顔を近づける。雨に濡れた小振りだが膨よかな唇が、冷え切った厚紙のような男の唇と重なり押しつけられていく。無反応な男を無視して、女は男の口を蹂躙していく。それは果実を貪るような口付け。男の舌と自分の舌を絡め、口内をねぶりあげ、その唾液をすすり飲み下し、そして女は男の唇に噛みついた。滴る男の体温を唇に感じて、女は安心したように息を吐き出す。

 ゆっくり上体を起こすと、女はジャケットからナイフを取り出して男の腹にその身を当てた。

「さあ、あなたの本心を私に見せて♡」

 含み笑いを浮かべながら、女は手にしたナイフを男の腹へと一気に突き刺す。

 男の目が見開かれ、息が微かに口から漏れる。しかし、男は暗い空をその瞳に映したまま、視線を女に向けることも動くこともしない。

 女は突き刺さったナイフをゆっくりと下へと動かし男の腹を開くと、その中へ手を潜り込ませた。

「ああ♡ 温かい♡ 熱いくらいよ」

 そう言って女は男の腹の中をまさぐり、腕を男の中へと入れていく。内臓や骨を撫でながら、上へ上へと蛇のように進んでいく。

 男は時折苦しそうに表情を歪めるが、それでも抵抗することはなかった。

 雨は激しさを失いつつも降り続け、男から溢れる血を洗い流していく。

 肘まで腕を入れた女は、空いた手で男の顔に触れながら話しかけた。

「ほら♡ 今、あなたの中に私がいるのよ?」

 鼓動を打ち続ける肉の塊を鷲掴みにしながら、女は笑みを浮かべる。そして恍惚とした表情を浮かべると、男を強く抱きしめて腰を男の体にこすりつけ始めた。

 男の体は痙攣を始め、息は乱れて四肢がのたうち回る。しかし、女は両足でしっかり男の腰を締め付け、獣のような唸り声で喘ぎながら一心不乱に腰を振り続ける。

 しばらくすると男の体から力は抜け、苦しいような呼吸で彼も喘ぎ始めた。

 手にした鼓動が徐々に弱まっていくのを感じながら、女はその瞬間に向かって男を強く抱きしめる。

「ああっ、いくっ♡ いっちゃう♡ イッッッくうぅううぅぅう♡」

 女の体はビクッビクッと二、三度大きく痙攣し、その手はもがく肉塊を強く抱きしめる。そして、雨水の染み込んだ男の体は、急速に冷たくなっていく。

 女は男に覆い被さったまま目を閉じ、乱れた息が落ち着くまでじっとそれを感じていた。

 激しかった雨はいつの間にか上がり、雲の切れ間から満月の冷たい光が二人へと降り注ぐ。

 何もかもが落ち着くと、女はゆっくりと腕を男の腹から引き抜いた。そして体液まみれの腕を、男が着ていたずぶ濡れのワイシャツで拭って立ち上がる。

 男を無表情に見下ろしながら、女は手に残った感触を確かめるように握っては開きを繰り返した。そして大きく一息つくと、女は頭の花飾りをとって男の体へ放り投げた。

 真っ赤な血の海を咲かせた男の体へと、青いアサガオの花飾りが落ちていく。

「それじゃ、バイバイ♡ 私の愛しい人」

 女は楽しげに別れを告げ、落ちた花飾りは見る間に血を吸い青から紫へと色を変えていく。

 それを見届けると女は満足げな笑みを浮かべ、男に背を向けて歩き出した。

「ああ、楽しかったー。今度は、どんな人とやろうかしら」

 青白い月光に照らされながら、女の楽しげな声は誰に届くでもなく夜空へと消えていった。

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