12話



3月29日、土曜日の11時。


スインベルン・オンラインのスタートのマップ【スタートルの街】にある噴水広場から階段を降りた先に、ベンチが数個設置されているだけの、言ってしまえば何もない広いエリアがある。

近くにショップもなく、ここからどこかのマップへ移動できるワケでもないが、こういったエリアは各街に必ず存在する。

何もなく、意味さえわからないエリアの意味、必要性を感じる瞬間。それが今日13時から行われるフィールドボス攻略会議。


わたし、プレイヤーネーム【レイン】の予想通り、今回のボス攻略会議を立ち上げたのは頼れる性格なうえ、ビルドもタンクという最高にマッチしたプレイヤー【メルセデス】だ。


不定期クロニクルのスインベルン・オンラインページに書き込みし、街に貼茶もしたメルセデスは本気でフィールドダンジョンのボス【ゴブリン アーマント】を討伐するつもりだろう。


数日前に運営チームのメンバーが運営プレイヤーのわたしもプレイヤーとして楽しめる様に秘密で実装してくれていたアイテムの1つ、片手剣【スート エスパーダ】の試し斬りついでにフィールドダンジョン【ゼリアスの森】を探索していたわたしは Lvが1つあがり16に。

特種効果エクストラスキル【MPドレイン+1】が想像以上に働いてくれるため、サクサクと進む事が出来た。


そろそろfdボス攻略レイドを大々的に募集するプレイヤーが現れるだろうと予想していたまさにその時、フレンドになった【パンミミ】から〈メルセデスが昨日の朝、fdBのレイドを募集を開始した〉とのメッセージを受け取り街へ戻った。

謎に焦る気持ちで貼茶を見たわたしは今日の13時に広場、と知り、今は気持ちを落ち着かせアイテム整理をしている所だ。


メルセデスの仕切りならば前回ゼリアスの森で遭遇したプレイヤー達も不満はないだろう。

とにかく今日の13時に広場へいけば色々と知れる。


それまでアイテム整理や準備を済ませよう。





現在の拠点となる街、スタートル。行き交うプレイヤー達は様々な装備で自分を主張、街並みもファンタジー世界で中世期を感じさせる雰囲気。


アイテムリストやクエストリストとにらめっこする者、パーティ募集の貼茶やshout───自分の声を大きく拡散させるシステム───を使ってメンバーを集める者、レストランから満足そうに出て来る者、みんな自分のやり方でスインベルン・オンラインを楽しみ、その楽しいが伝染する様に広がる。


そんな中、異質とも言える空気を纏うプレイヤー達が続々と集まる。

リアル時刻は12時55分。

予定されていたfb討伐会議がもうすぐ始まろうとしている。わたしも急ぎ指定の場所へ向かう。


見た目よりも性能。と言わんばかりのプレイヤー達が集まる中、狙っていたのか最後に登場する今回の主催者、白染めのクラブ防具を装備した[メルセデス]がプレイヤー達をかき分け中心まで歩く。


ざらつく様なチェストプレートはそれなりに強化されている現れか、妙に雰囲気がある。

メルセデスは集まったプレイヤー達を1度見て、声を響かせる。


「はじめましての人もいると思う、俺が今回のボスを仕切るメルセデスだ!会議を始める前に一応言っておきたい事がある!」


メルセデスはここでクチを閉じ、周囲のプレイヤー達が自分に注目している事を確認し、再び声を。


「フィールドボスやダンジョンボスは一度しか討伐できないんだ!ステータスも高く、発見次第討伐する流れには、やはりできない!こうして公にし、ボスを討伐するので参加者を募集するスタイルが理想だと思って」


そう。

スインベルン・オンラインのフィールドダンジョンのボス、インスタンスダンジョンのボスは一度しか討伐できない。

一度倒してしまえばリポップしない、ドロップアイテム入手チャンスが一度しかない。


メルセデスはステータスについても然り気無く言ったが、確かにその辺りに湧くレアモブとはワケが違う。lstする危険性は大だが、本心はドロップアイテムを誰かに独占されたくないのだろう。

発見次第討伐の流れが主流になれば必ずトラブルになる。

ゲーム内でトラブルが終わればいいが、外───現実世界でもそのトラブルを持ち出す区別のつかないバカも存在する。

楽しい事、例えばオフ会などは区別も甘くていいが、楽しくない事は区別をキッチリすべき。

そういった事をどう避けるかは運営ではなく、プレイヤー達が作り広め、定着させるローカルルールの一つだ。


「フィールドダンジョンのボスとは言え、今回が初のボスだ。ボスレイドのレベル制限は10で募集したが、そこは理解してくれ」


メルセデスの言葉を聞き、周りにつられる様にわたしも頷く。レイド募集のレベル制限、つまり最低レベルは10。

【ゴブリン アーマント】ならば、それだけあれば何とかなる。もちろんレイドを組む前提での話。


「それじゃ早速始めよう」


そう言い放ち、フォンから貼茶用の紙を大量に取り出し、全員に一枚ずつ配る。


紙には文字がギッシリ書かれていた。


「数日前、俺達がボスをスカウトしてきた!その時の情報をその紙に書き、合成屋で複製してものだ!自由に使ってくれ」


複製!?と驚くも声は出さず、周囲のプレイヤー達をザックリ数える。

30人ちょっと...フルレイドは40人なのでフルまではいかないが充分すぎる人数が集まっていた。

メモの複製は一枚50v、それを30で1500v。

最低でも1500vを使ったと言う事になる。現時点で大金を持っていても3万vくらいか...1500を他人の為に使えるメルセデスは素直に凄いと思う。


事細かに書かれているボス情報を読み、またも驚かされる。

デバフやダメージ値はもちろん、範囲攻撃の威力とその範囲までキッキリと書かれている。

この時点で回復ポーションガブ飲みだったのは読んだプレイヤーならば誰でもわかる。


自分のアイテムや自腹を惜しまず使って、参加してくれるプレイヤー達を最大限まで安心させ、安全に狩らせてくれるメルセデスはきっといいギルマスになるだろう。


ボスレイドに参加しようとするプレイヤーは自分の身くらい自分で守れる。次はスカウターもこの中から決めてやるべきだと思うよメルセデス。


そんな事を思いつつボス情報が事細かに書き込まれ紙を見る。

本当に凄いがこれは前半戦の情報。後半、HPが50パーセントを切った所で【ゴブリンアーマント】は武装を半分解除し、速度が上昇。HPが35パーセントを切れば防具を完全に捨てて速度とATKを上昇させる確定持ちのモンスター。

わたしが持つこの情報を話す事は残念ながら出来ない。


「現在ここに集まったプレイヤーの数は36名、9パーティ作り、レイドを組み、ボスを攻略したいと思ってる!もうパーティを考えているというプレイヤーは組んでみてくれないか?」


メルセデスと他3名、恐らくメルセデスのフレンド達はパーティを組まずプレイヤー達を見る。

序盤の序盤、それも最初のフィールドボス。フレンドはいないがボスには参加したいと思うプレイヤーも少なからず存在しているハズだ。そこをどうまとめるか...メルセデスの動きも注目したい所だが、わたしもパーティを組まなければ、それこそメルセデスに面倒をかけてしまう。


辺りのキョロキョロすると以前フレンドになった杖使いの【パンミミ】や【リバー】、クールに攻める【リリック】や【ぽこたん】などが。


「レイン...だよね?パテ決まった?」


後ろから声をかけられ、振り向くとベビーフェイスと言うよりキッズフェイスな斧使い【国士無双】と優しそうな大剣使いの【ヨシ】がニッと笑う。


「久しぶり...あ、そっか、わたしキャラlstしちゃったから。よく気付いたね?パテはまだ決まってないよ」


lst前のレインでフレンド登録していたので、新たに産まれたレインを彼等は知らない。

プレイヤーを凝視してもキャラネームが表示されないスインベルン・オンラインでよくわたしがレインだと気付いたものだ。


「パンミミが “間違いなくレインだ” って言うからさ。よかったら一緒しない?」


国士無双の言葉を聞き、わたしはパンミミを見ると笑顔で手を振ってくる。なぜ気付いたのか後で聞いてみるとして、今は甘えさせてもらおう。


「こっちからお願いしたいよ、三人は絡みやすいしさ」


お互いフォンを取り出し、パテ勧誘を国士無双がわたしへ送る。画面に表示された招待状めいたアイコンをタップし、パーティへ参加。

すると左上にプレイヤーネームとHPバーが表示される、定番で見慣れたパーティスタイル。

プレイヤーネームの前に武器のアイコンが表示され、それがパーティメンバーの使用武器種になる。

三人とも以前と変わらず斧、杖、大剣。


パンミミがこちらへ寄り、軽く挨拶を済ませるとメルセデスが声を響かせる。


「パーティは全員組めたかな?それじゃパテリダはメンバーの使用武器種を教えてくれ、俺のパテは剣盾、大剣、杖2だ!」


メルセデスがtank、大剣が阻害や破壊のbreak、杖は完全にDPSとした理想系。

しかしこれはレイドでの攻略。どうまとめる?


各パテリダがメンバーの武器種を言い終えると、仕切り達が軽く話をしてメルセデスが全員へ声を送る。


「初のボス戦なので出来るだけ気の合う仲間と、と思っているのだが、それで構わないかな?もちろん次はインダンのボスだ。アマゴブとは訳が違う。その時また俺が仕切りだった場合は攻略重視の構成にさせてもらうつもりだ!」


今回ももちろん攻略するつもりだろう。しかし初の集団パーティ狩りなので、窮屈な思いをさせずに、リラックスしたボス討伐が出来るように考えたのだろう。

フィールドボスを倒せば【インスタンス ダンジョンLv15】の入り口が開く。

言ってしまえば、それだけ。

しかしインスタンスダンジョン───インダンのボスを倒せば次のマップが解放される。

これはボス戦に参加していないプレイヤー達にも大きな影響を与えるので、緊張感と少しの窮屈感があるボス戦になったとしても、やりきった時の感動が大きい。


フィールドボスでは今回メルセデスが出した答えが一番いいとわたしも思う。


わたし達のパーティのメインの仕事はDPS、つまり火力枠に。ヘイトを稼ぎつつ交互にタゲを変える壁を任されたパーティや、スキルや強攻撃を潰す阻害系を任されたパーティもある。


火力パーティは単純で難しさはない。


この後は簡単に戦闘の流れ、主に壁のローテタンクの説明やらをして、街で準備。

装備、ベルトポーチ内のポーションを入れ換え、フォンポーチのポーション数も確認を済ませた。


13時30分。

フィールドダンジョン、ゼリアスの森へ、スインベルン・オンライン正式サービス初のボス攻略パーティが向かった。


初のボス討伐の大規模パーティ ───レイド。

ここで派手な失敗をするワケにはいかない。

そんなプレッシャーの中でもメルセデスは表情変えず、堂々と進む。


みんなを引っ張れるプレイヤーの存在はやはり大きい。

そして、スインベルン・オンラインを楽しんでいるからこそ、大きく発表募集し、上手くまとめて導いてくれているのだろう。

運営としてもプレイヤーとしても、メルセデスの存在は嬉しいものだ。


もっと楽しくいいゲームに出来るように、運営業も...いや、こういう支えてくれるプレイヤーが存在するからこそ、ゲームは大きくなれる。


プレイヤーが支え育ててくれたゲームは未だに根強いファンがいる。


そういうユーザーを裏切らないため、もっと楽しんでもらえる様なゲームを考えるべきだ。


運営チームも楽じゃないけど、支えてくれるプレイヤーも楽じゃない....だろうな。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る