運営チームも楽じゃない。

Pucci

スインベルン・オンライン 正式サービス

第1話




頬を掠めた妙な感覚に目を細め、キャラクターネーム[レイン]は二、三歩下がった。


左手には直剣ーージャンル片手剣の武器装備 固有名[ショートソード] 服装は質素な布服に革の胸当てがつけられたジャンル防具装備の固有名[レザーチュニック] とよくあるゲームの初期装備で、レベル1スライム系モンスター[プリン]と戦闘していた。


エンカウントしたのは数十秒程前で、今お互いのHPは最大値より減っている。わたしのHPは1ドット程削られ、雑魚mob代表プリンのHPは残り四割と言った所か。


現在、わたしがプレイしているのはスインベルン・オンライン。

VR-MMO-ARPGなので主観視点。プレイヤーを見れば頭の上に矢印がそのプレイヤーを指すように出るーー そのプレイヤーをターゲットしています。の合図だ。

NPCの場合はNPCを囲う様に円が出る。モンスターの場合は地面に矢印が描かれ、自分が狙っている状態ーー まだ攻撃を仕掛けていない状態だとオレンジ色、攻撃を仕掛けた場合は赤色の矢印が地面に描かれる。アクティブにターゲットされた場合も矢印は地面に描かれるが、この場合はモンスターから自分へ矢印が向き、最初から赤色。


複数名のプレイヤー、モンスター、NPCが視界に入っている場合は全員の頭の上に矢印ではなく小さな丸が表示されている。一番近くのプレイヤーまたはNPCへ集中してみると丸は矢印へと形を変え、小さく弾む様に上下に揺れる。プレイヤーならば青、NPCだと黄色でNPCは中が透けているーー 空洞または縁取りだけの丸や矢印。中まで色が塗り詰められている丸や矢印がプレイヤー。

矢印に変わった場合は視線を反らし、また戻すと矢印は丸に。また集中すれば矢印に変わる。これでシステムがターゲットを判断しターゲティングしてくれる。

倒したい、戦いたいモンスターへ集中した場合は普段通り地面に矢印が描かれる。


現在わたしが地面を見れば、プリンへ赤い矢印が向いている。わたしがプリンーー モンスターをターゲットに選び戦闘している。という目印になる。

モンスターの頭上付近にあるHPバーを確認し、迷う事なくプリンへ直進。ショートソードでプリンを斬り、HPは残りの四割地点からグングン減り、点滅ゾーンを越えHPバーが空っぽになると同時にプリンは力なく溶け二秒後、溶けたその姿は跡形もなく消滅した。


「んしっ!」


レベル1プレイヤー[レイン]とレベル1モンスター[プリン]の戦闘はプレイヤーレインの勝利で終了。勝利のファンファーレなどは無く、わたしは小さく深呼吸し、ベルト部分にある小さなボックスポーチから携帯端末を取り出し指で撫でる。

獲得経験値、ドロップアイテムなどの表示を確認し、携帯端末にある唯一のボタンを押し、端末をスリープさせベルトにある専用のボックスポーチへ収納し、ショートソードを背中へ戻した。








2030年3月10日αテスト開始。


2030年6月10日αテスト終了。


2030年9月10日βテスト開始。


2030年12月10日βテスト終了。


2031年3月15日ーー 15時。

スインベルン・オンライン正式サービス開始される。


わたし、本名、夕夏ゆうかれいん プレイヤーネーム[レイン]はVR-MMO-ARPGスインベルン・オンラインから14時45分にログアウトした。









わたしはcuriosity《キュリオシティー》社が製作したVR-MMO-ARPG〈スインベルン・オンライン〉の運営...と言えば凄く聞こえはいいが、運営チームの一員で、主な仕事はスインベルン・オンラインの新マップや新システムなどを実装前にテストするプレイヤー。主な仕事が実装前のテストプレイで、勿論他の仕事にも少なからず関係していた。


ARPG...このAはアクションを意味していてコマンド入力ではなくプレイヤー本人の動きで攻撃、防御、回避、スキルなどが行えるゲーム。ARPGは装備やスキルと同じくらいPSーー プレイヤースキルが要求されるゲーム。






13歳の頃からオンラインゲームーー 画面に存在しているキャラクターを今まさに誰かが操作しているゲームにハマり、15歳で人生初めてのヴァーチャルリアリティハードを使ったVR-MMO-RPGをプレイした。それから18歳になった今もVR-MMOにどっぷりハマっている。

オフラインゲームも勿論プレイした事があるし、今も気になったゲームはプレイしたりする。しかし決まってジャンルはRPG。

女性として産まれたからには男性と甘く切ない日々を送ったり、友人を楽しくショッピングしたり、そういう人生だって勿論わたしにもあった。しかしその楽しい生活の中に必ずゲームも入っていた。


昔からファンタジー系のモノが好きで、成長しても好きなモノは好き。オンラインゲームーー 主にMMO-RPGは主人公と呼ばれるキャラクターが存在しないファンタジー世界を自分のキャラクターで旅して回る事ができるゲーム。

RPGと言えば勇者的主人公がいてヒロインがいて、仲間と敵がいて、旅をし辿り着いた最後の場所に存在するラスボスを倒してエンディングを迎えるが、MMO-RPGにはその固定がない。

自分で最初に決めたアバターをそのゲームの操作キャラとし、敵は存在するがラスボスと呼ばれる最終ボスは存在せず、固定の勇者、ヒロインも存在しない。仲間は同じプレイヤーなので仲間の固定もない。ソロでプレイする事も可能。それだけではないが、それがMMO-RPG。


そういったゲームにどっぷりハマっていたわたしはプレイは勿論、作る側になりたいと強く思っていた所にcuriosity社の新VR-MMO-ARPG スインベルン・オンラインのクリエイター募集をネットニュースで見かけ、まばたき1つせず応募した所、見事に採用してもらえる事になり2030年春からcuriosity社でバリバリ働く日々が始まった。そんな日々が一年、あっと言う間に過ぎ去った今日2031年3月15日の15時。

curiosity社から発売されているアイマスクとヘッドフォンを合体させた様なVRハードVR-CW専用のVR-MMO-ARPG、スインベルン・オンラインの正式サービスが開始された。



「いいなぁーっ!わたしもログインしたい」


某動画サイトで正式サービス開始の映像をライブ放送しているため今はゲーム内の映像を見る事ができ、わたしはその映像を見て、うずうずを言葉に変え吐き出した。


本来はプレイヤーを監視する様なモニタリングはせず、映像ではなくデータとしての記録に残る様に設定されている。何をドロップしたなどの情報や所有アイテム、装備などが記録される様になっている。アイテムがバグで消えたりした場合はこのデータ確認して本当に所有していたのかを確認後、アイテムポーチに返したりする。

モニタリング機能や録画機能をゲームに組み込ませるとなれば色々と問題が発生し、結果、不可能となり、映像などはこういった動画サイトに投稿する形が今わたし達が出来るベストな選択。


わたしの心からの叫びへ、システムデータを管理するチームのお偉いさんがタバコの空き箱を持ち、バスケット選手の様に構えゴミ箱へターゲティングし言う。


「れいんちゃんはあと30分後にGMアカウントのキャラでログインしてちょーだい、よっと...あぁ」


シュートは外れ自らリバウンドを拾いに行き、今度は普通にゴミ箱へ捨てる。

ボサボサ頭のおっさんの名前は滝口さん。だらけた雰囲気だがモンスターのポップ時間やポップ率、数あるドロップ率の調整などをする凄い人だ。


「滝口さん、また家に帰らずここで寝泊まりしましたねー?奥さんが着替え持ってエントランスまで来てますよ」


眼鏡美人のCGクリエイター愛ちゃんが溜め息を吐き出し、苦そうなコーヒーを飲む。イラストをCG化させたり、動きをCGで再現し実装出来るレベルまで育てたりする仕事人。愛ちゃんと呼んでいるが年齢はわたしより上だ。


「愛ちゃん、わたしレインじゃなくて、GMアカでログインして軽く説明すればいいんだよね?」


「うん、でも軽くね。MMOで1から10まで細かく説明したり、執拗に聞き直しするのは課金システムやキャラ削除系システムだけよ。プレイして覚えていく事は簡単に説明して、あとはプレイヤー皆さんが自ら覚えてくださいって感じかな」


たしかに新システムや新スキルなどを事細かに説明してくれるMMOをわたしは知らない。結構ざっくり説明して、例文も極力まで文字を減らし何度も読める短さに仕上がっているモノばかりだ。プレイヤーが自分で触れて自分で覚えていくのはMMOだけではなく、ほぼ全てのゲームに共通する事なのかもしれない。


新システムの説明不足だ!

自分は課金してるのに!

古参に優しくない!


など言うプレイヤーはどこのゲームにも存在する。そしてここで働く前はわたしも同じ事を何度も思い、言った事もあった。しかしそれは運営側からすれば結構面倒な客でしかない。


説明の件はさっきの通り、事細かに説明するより実際に試して覚える楽しみもゲームだ。



課金についてはコンテンツとして存在するが、課金するしないは自己責任。ゲーム課金として見るのではなく、買い物、生活するために服を買ったり髪を切ったりする感覚で考えてもらいたい。こっちだって課金アイテムの効果をその単価にあったモノになるのか何度も何度も確認している。考えなしに、計画性なしに店で買い物しまくる人はそういないだろう。それと一緒で課金する場合も自分で考えて課金してほしい。早速課金プレイヤーが現れたのは嬉しいけどもね。



そして古参に優しくない発言。

これはもう一言で、キミ達だけがうちのお客様ではない。

新規プレイヤーが10人来ました。5人辞めました。2人微課金プレイヤーです。これが10人、20人、30人となれば運営側は色々と助かるのだ。色々と。

勿論古参プレイヤーを放置しているわけでもない。新マップや新装備などを実装追加し、更に強く、更に面白くしようと努力もしている。新規プレイヤー応援キャンペーンなどで経験値アップ期間を実行した場合は、ドロップ率、熟練度上昇率アップキャンペーンなども実行し古参にも有り難いキャンペーンを組んでいくつもりだ。



しかしここでループが発生する場合もある。

キャンペーンが説明不足だ!ドロップ5%upって元の泥率を説明した上でこのキャンペーンをやれ!自分はキャンペーン中に泥率upの便利アイテムを使っているのに全然泥しないじゃないか、古参に優しくないな!と。



こうなったらもう、リアルラックだの何だのの前に、日頃の行いを見直してください。と言いたくなる。


泥の闇調整なんて精神異常者レベルでなければ出来ない細かさだ。運が絶望的か日頃の行いが絶望的かのどちらかだ。次頑張れ。としか言えない。勿論言わないけども。



「なーに溜め息ついてんの?そろそろ時間よ。GMアカで挨拶と説明よろしくーっと、あくまでGMね?レインでログインしてるわけじゃないって事を忘れずに!」



愛ちゃんは最後にわたしの背中をバシンっと叩き送り出してくれた。



今日正式サービスが開始したスインベルン・オンライン。


今日から運営チームも今まで以上に忙しくなるだろう。



「...運営チームも楽じゃない」



わたしは愚痴をこぼし、最初の街[スタートルの街]へログインした。挨拶をし、軽く色々と説明し、今日のGM業はさくっと終了。



明日からゲームにログインしてプレイヤーに混ざり、プレイヤーを見るプレイヤーとしての仕事が本格的に始まる....、




頑張ろう。








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