ひくいち短編集

なないち

第1話 孤独死

「シェリ」



 私を呼ぶ声が聞こえた。温かい声だった。

 呼ばれて駆け寄る私は大きな画用紙を持っていて、それを得意そうに掲げて見せた。よせばいいのに強く握るものだから、かわいそうに端がしなびている。

 けれど関係なかった。誰も、そんなことを咎める人は、いなかった。


 私は知っていた。

 次にやってくるのは、私を撫でるやわらかい手だ。


 もう覚えてしまった愛情。忘れることのできないそれにおぼれながら次を待っていた。いつもいつも、決まってそうだったから。



 そうしてその人は、最後にこう言うのだった。










「カンダの絵。わたし、本当に好きよ」


 陽子が言った。

 もう木枯らしのつめたい昼下がり、閑静なアトリエに静かに光が指す。打ちっぱなしの、コンクリートが剥きだしたような壁にキャンバスを立てかけて、私はいつものように絵を描いていた。

 彼女が眺めているのは、一ヶ月後に迫った画展に向けて私が描いている油絵だ。

 腰を屈めてしげしげと眺める友人の後ろで、私は苛々と筆を振った。


「途中を見て言われても複雑なだけなんだけれど」


 人口密度が慢性的に高くないこの部屋は、夏がまだ腰を落ち着けている九月末頃になるともうすこし肌寒くなる。

 風が入らないように締め切ってはいるものの室温は大分低くて、もう虫の声も聞こえなくなった最近は一足早く晩秋を感じていた。


「あら。完成してしまったものと未完成のものとじゃあ、違った美しさがあるじゃないの。カンダの口からそんなナンセンスな言葉が出るだなんて、思ってもみなかったわ」

「私はいつだってセンスとは仲が悪いの。私たちの仲を取り繕って仲良しだなんて思い込んでいるの、あなたくらいよ。物好き」

「うふふ、素敵な褒め言葉ね」


 少し毒を交えても、気にした様子もなくわらうこの女性は陽子と言って、私の唯一の友人と呼ぶべき存在だった。

 幼馴染といった方が正しいのかもしれない。

 彼女の父は軍部の上層に所属して、軍医をしている私の父親とは旧知の仲だった。何度も死線を共にした父たちはお互いへの信頼が厚く、物心ついたときにはもうすでに、私のそばで陽子はわらっていた。


 父はよく、私を陽子の家に預けた。

 私の母が、若くして鬼籍に入ってしまったせいだった。


 最初は、大きな家にひとり取り残される寂しさを味あわずに済む陽子の家が好きだった。それでも、私が歓迎されていないことを悟るのに時間はかからなかった。

 別に、母同士は仲が良いわけではなかった。

 陽子の母は、よく知りもしないのに預けられた私に困惑していた。

 やさしさがなかったわけじゃない。けれど、陽子と自分に与えられる愛に違いがあることと、それはしょうがないのだということに気づいてからは、もう彼女の家にいる理由はなくなっていた。

 さいわい、放任主義の父から愛の代わりに十分な金を与えられていた。

 母屋から離れたところに作らせた自分のせかいは閉鎖的で、私はどこに掴まることもなく芸術の海に沈んでいった。

 世間が戦争に向けて節制に傾いていても、私には関係なかった。


 ただひとり、誰にも会うことなく篭ったこのせかいに、一筋残った外界への蜘蛛の糸が陽子だった。



 殺風景なアトリエに似合わない華やかな洋服をひらめかせて立ち上がる。

 カンダ。そう署名を入れた部分を、陽子が手入れをした指先でなぞった。


「やっぱり、名前はいれないのね」

「……」

「最近、ねえ。あなたのお母様の国の都会に、活躍していらっしゃる方が多いじゃない。仏蘭西ふらんす。わたしも、外国に行ってみたいわ」

「そう。行けばいいじゃない」

「まあ、あいかわらず冷たいのね。貴方のお母様がお生まれになった国でしょうに」

「私は魅力を感じない」

「その髪だって綺麗。ひかりを通してきらきらと光ってる。まるで貴方が一枚の絵みたいなのに、」


 陽子の台詞をちぎるように、強めに筆を置く。

 ため息をついた彼女に視線を投げつけてから、私はきつく縛った自分の髪を握った。



 死んだ母は外国の生まれだった。

 私は母のうす茶色の髪を受け継ぎ、青い目をもらってこの世に生を受けた。

 陽子は幼い頃から私の容姿を羨んでいたが、私は逆に、自分の異国的な部分が疎ましかった。まるで外見さえも、彼女とは線を引かれてしまっているように思えたし、世間が私を異質に思う目印にしか思えなかったからだった。


 私は画家だ。


 とはいっても、まだ賞らしい賞もとったことはなく、野望だけを燻らせているアマチュアだ。

 画家と名乗るのは簡単だ。絵筆を持って自称すれば画家になれる。

 けれど大成する画家となるのは簡単ではない。

 時代にそぐわなければ、大衆の目に止まらなければ、どんなに力を込めたものでも打ち捨てられる。

 異国の血。それが、この時代では私の未来の邪魔をしていた。

 他人とは違う、異国の血の混じった容姿と重ねて陰口を叩かれることは少なくなかった。

 

「祖国はここだもの」


 祈るように言う。

 それは自分の夢の枷になるこの母親のパーツを毛嫌いする、いつもの私の口癖だった。

 指の関節が固くなっている。


「別にこんなもの、欲しくなかった」


 いつの間にか無意識にこもっていた力に自己嫌悪しながら、私は油臭い空気をふかく吸い込んだ。

 自分には力などない。そう思う自分をころすときの、もうひとつの癖だった。




***



 久しぶりに外に出た。

 数ヶ月ぶりに日の目に出ると、大して明るくもないのに陽光に目を潰される。眉を寄せて歩きながら、手早く済ませようと私は近くの商店に入った。

 適当に日持ちのするものを取って、少なくなってきた紙幣と交換する。

 自分をじりじりと焼く目を避けながら商品を受け取ると、そのまま逃げるように店外へ出た。


 その時だった。


「あの」


 呼び止められて振り向くと、雑踏の中で、ひとつ自分に向かって脱帽する姿があった。

 背の高い影。丸い眼鏡ごしにこちらを見ている男は、自分の方をじっと見つめていた。

 記憶を漁っても自分の知り合いにこんな顔はいなくて、思わず辺りを見渡すが他にめぼしい影はなかった。

 そんな自分に焦れるように、男はそわそわと指先を遊ばせながら口火を切った。


「神田さん、ですよね」


 陽子以外に呼ぶ人なぞ長くいなかった自分を呼ばれて、思わず肯定が遅れる。

 ざわざわと歩く人ごみの中でようやく肯けば、目の前の顔は途端に破顔した。


「あの、どちら様でしょうか」

「あ、すみません。僕は伊瀬といいます」

「イセ」

「はい。こうして貴方の前に立つのは初めてのことになります」


 頭の中の記憶を引き出しかけていた私を止めるように言う伊瀬に、ああ、とひとつ言葉にならない声を落としてつま先を見る。

 どこを見ればいいのかわからなかった。

 振り向いたことを後悔している自分が自分を責めていた。


「それで、何か私に用でしょうか」


 視線を合わせないまま、自分の口をついて出た言葉は刺だった。


「何もないのならば、私は早く帰りたい。ので、そこを退いていただきたい」


 綺麗に磨かれた伊瀬の靴を睨みつけながらつっけんどんに言い放つ。生来の偏屈さが、ひさしぶりに顔をのぞかせて声帯を好き勝手に震わせていた。一気に重みを増したように、荷物を持った腕が怠く感じた。


 なぜ私なんかに声をかけてきたのだろう。


 確証はないのに、まわりの人がみなこちらを見てわらっているような気がして仕方が無かった。

 耳をくすぐる喧騒が痛い。

 早くここから逃げて、あのせかいに帰りたかった。






「貴方の絵が、すきなんです」





「え」


 聞こえた音が信じられなくて思わず顔を上げると、伊瀬は照れくさそうに自分を見てまたわらった。


「四月の画展に、出していましたよね。僕は絵画にあまり明るくないんですが、貴方の絵がとてもすきで」

「あ」

「なきそうに青い、貴方のその瞳のような色が、とても映えていました」


 突然吐かれた言葉に、思わず声を失って相手を見つめる。

 先程までのトゲトゲしさが成りを潜めたのが可笑しかったのか、伊瀬は声を立てて笑うと帽子を取って胸に置いた。


「要するに、ただの貴方の信奉者です」


 音が消えた。何かが背中をなでた気がした。





***





 伊瀬は度々私のアトリエを訪ねては世間話をするようになった。

 描きかけの絵を眺めては、拙いながらに感想を述べ、自分の言葉で褒めてくれた。

 決してそれに自惚れた訳ではないが、彼が来るようになってから、心持ち絵筆が軽くなったような気がする。

 乾いたような自分に水を注ぐように、伊瀬は私の世界に馴染んでいった。


 また陽子がアトリエにやってきたときに、伊瀬に逢わせて話をしよう。

 そんなことを思いながら、私はまだ見ぬ絵にまた一筆、色を重ねた。




 陽子が来なくなって、丁度二週間目の夕方だった。

 

 絵の具をとく油が底をつきかけているのに気が付いて、予定外に外出をすることになった。

 俯いて足早に歩く。夕方とはいえど人は多く、賑わう街に酔いながら帰路を辿っていた。


 その時、自分の耳に不意に聞き覚えのある声が聞こえた。



「お嬢様、いつまで神田様のところに通われるのですか」


 脚が止まった。

 この声は、昨日自分のアトリエに訪れた陽子の家の使用人ではなかったか。


 確認するように視線を上げると、記憶に新しい初老の男性が目に入る。

 昨夜、もう数日程したら陽子がこちらにやってくるという旨を伝えに来た彼は、油臭いアトリエに入ろうとしなかった。よく覚えている。

 その横に佇むのは、やはり自分の友人だった。


 少し後ろで、思わず立ち止まって見る。

 陽子はお気に入りの西洋風の日傘を差して、くるくると回して遊んでいた。どうやら、迎えを待っているようだった。


「お嬢様」

「聞いてるわ」

「旦那様も、もう年頃なのだから勝手は慎むようにとおっしゃられています」

「わかってる。ああもう、それもうんざりするくらい聞いてるわ」


 心底飽きたようにいう彼女に、少しばかりの罪悪感が首をもたげる。

 そう。こんな芽も中々出さない自分に入れ込み、付き合っているのは最早彼女と伊瀬の二人だけだった。

 たしかに自分の大切な子女が芸術家擬きに時間を割いてばかりでは、心配もされるだろう。

 ましてや、戦争を率いる自分の娘が通っている先が、異国の血をひく偏屈な娘であっては尚更だ。いくら戦友の娘だとは言っても、大衆に向けられる視線に気苦労しているに違いない。


 もう潮時だろうか。


 そう思いながらも、私の胸中にあるのは悲しみや絶望ではなかった。

 あったのは、納得と決意だった。 

 

 何も自分のアトリエに来なければならない理由はどこにもない。


 私はただひとり、最初から自分の力を信じて支えてくれたただひとりの友人の気持ちを信じていた。口では邪険にしていても、どれだけ彼女の言葉に救われていたか知れない。

 たとえ彼女が来なくなってしまったとしても、それは変わることはない。もらった好意は、私の筆を動かす力になる。

 何より、自分の将来を信じる彼女の将来を潰したくはなかった。


 それに、一生会えなくなるわけではない。

 私が大成してから彼女に会いにいけばいいのだから。


 そこまで考えて、自分の思考の変化にはっとした。

 あれほどに消極的になっていた自分が、まさかこんなにも明るく未来を思っているだなんて。

 そう思いながら、浮かんだのは伊瀬の顔だった。

 自分に力があるかもしれない。

 そう思い起こさせてくれたのは、たしかに会って間もない彼に違いなかった。

 

 今度彼に、ひとつ礼を言ってみるのもいいかもしれない。

 はたして自分に言えるだろうか。

 

 すこし滲む気恥ずかしさを飲み込んで踵を返す。

 

 ともかく明日、自分の元に通う頻度を減らすように陽子に話をしなければ。

 もしかしたら嫌だとごねるかもしれないが、彼女のことだ。きっと、わかってくれるに違いない。














「もうすこしなの。あと少しで、伊瀬さんの願いが叶うんだから」



 脚が止まった。

 耳を疑う。なぜだか唇がふるえた。


 今、伊瀬の名前が確かに聞こえた。


 何故、どうして。陽子が、彼の名前を知っている。


 もしかしたら偶然、陽子と伊瀬が知り合いだったのかもしれない。

 何でもないことだ。

 そう自分に言い聞かせながらも、なぜだか足は地面に縫い付けられたように動けなかった。

 そのまま耳が勝手に陽子の言葉を拾った。


「カンダはね。一人の女性としての幸せをしるべきなの」


 唐突に、胃が迫り上がってくるような感覚に襲われた。


 ぐるぐると視界がまわって、今すぐこの場で嘔吐してしまいたい衝動に駆られる。何とか酸っぱい泥のようなものを飲み込むと、私は動かない足に懸命に力をいれた。


 なぜ私がでてくるの。なぜ陽子が伊瀬のことをしっているの。女性としてのしあわせってなに。ちがう。伊瀬の目は、あの熱のこもった目は私にむけられたものなんかじゃない。彼は私の絵を認めてくれたの。私の絵を褒めてくれたもの。やめて。やめて。そんなはずはない。

 彼は私の絵がすきなのよ。あいしてくれたの。


 陽子、あなたがしてくれたように。



 これ以上聞いてはいけない。

 自分はここから今すぐに立ち去らなければならない。



 それでも、何故だか自分のこの脚は根が生えてしまったかのように離れない。


 聴くな。



 聴いてしまったら、




「見込みのない芸術から、わたしが離してあげなくちゃ」




 がしゃんと。落ちたのは私のこころだっただろうか。

 気がつけば私は、荷物を放り出して駆け出していた。遠く後ろで、陽子の声が聞こえた。



***



 荒い息が響く。

 途中、脚がもつれて擦りむいた膝が痛い。

 息ができなくて、全身を震わせて空気を吸い込む。

 油に汚染された酸素が、ゆっくりと身体に循環していくのを感じた。


「っ、カンダ」


 遅れて入ってきた人影に、背中を向けたまま唇を噛む。

 必死に怒鳴り散らしたいのを耐えて、絞り出す声を出した。


「どういうこと」

「あの、ちがうのよねえきいて」

「どういうことって、きいてる」


 身体が勝手に声を震わせた。

 全身の血が、頭の中で煮えたぎっているようだった。

 言葉をなくして立ち尽くす陽子に、ゆっくりと視線を向ける。

 そこに、もう自分の友人の姿はなかった。



「私を指差して、笑っていたのね」



「ちがうシェリ、そうじゃな」

「ッ、その名前で私を呼ばないで!!」


 陽子の肩がゆれた。

 灰色の壁に跳ね返った悲鳴が、わんわんと響いて余韻を残す。

 それがうるさくて、両耳をきつく覆った。


 そうだ。何を勘違いしていた。


「、でていって」

「カ、カンダ」

「出ていってよ、……ッもう二度とここにこないで!」


 自分へと伸びた手に、ヒステリックに叫ぶ。

 そのまま、何も見えない様に身体を丸めて縮みこんだ。


 少しの間躊躇っていたようだった彼女は、どう思っただろう。


 小さくドアが軋んだ後に顔を上げると、もうそこには誰もいなくなっていた。




***




 何日かが経った。


 あれから何度か陽子が訪ねてきたけれど、一度も戸を開けることはなかった。

 私を説得するような声はいつからか懺悔に変わり、最近ではほとんどがすすり泣きにとかされて聞こえづらい。

 背中でそれを受けながら、散らかしたままの絵を見つめて一日を過ごした。

 湖畔に浮かぶ家の近くで、描きかけの女性がただ自分を見つめていた。




「神田さん」




 そんな生活の中で、一度だけ伊瀬の声が聞こえた。

 こちらが息を詰めると、滔々と話し始めた。

 あの日自分が言ったのは嘘ではない、けれど自分が貴方に近づくための口実にしたのは事実だと、そんなことを言っていた気がする。

 脳を滑る言葉の中でただ一つわかったのは、私は結局この人とも違う、遠い遠い世界にいるのだろうという事だけだった。


「父は、父の決めたひとと結婚するようにいいました」


 疲れたような声が言った。


「もし、君がここを出てくれないのなら。僕は、そうしようと思います」


 季節はずれの虫が、ひとつだけないた。

 私は、何もいわなかった。




***




 むせ返る。

 アトリエの床は、こんなにも色鮮やかだっただろうか。

 筆を握る手には、もう随分前から感覚がない。

 いっそ私の腕だったのだろうかと見間違う程のそれを地面に落とすと、からん、と乾いた音を立ててそれは紫の油に溺れた。






 母は私の絵がすきだといった。




 病弱だった母はわたしを産んですぐに体調を悪くして、ずっと病院暮らしだった。

 線の細いひとで、周りの人とは違う透き通るような肌の色が浮世離れしていた母をさらに俗世間から引き離していた。

 そんな母だから、たまに会うとき、いつも父の影に隠れていたのを覚えている。

 この綺麗なひとの中から自分がうまれたなんて、とても信じることができなかった。


 そんな私が、初めて母と会話らしい会話をしたのは絵を持っていったときだ。

 落書きのようなそれを持っていったとき、それを拾って母が私の頭を撫でたのだ。

 突然で驚いた私にすこし苦笑しながら、彼女はつたない日本語でこういった。


「シェリの絵。わたし、とても好きよ」


 そのときほど、満たされたことはない。


 幼かった私は単純で、無様で、ただひたすらに愛を求めていた。

 ひとつきり、ただひとときだけにもらうその愛がすべてだった。

 それから母の見舞いに行く時、一日として絵を持っていくことを欠かさなかったのがその証だった。

 母と、私を只繋ぐものがこの絵だった。


 母が亡くなってから、見せられなかった絵を握りしめて立ち尽くしていたとき。

 心配して訪ねてきた幼い陽子が、唐突に言ったことば。



 「シェリのおえかき、わたしすきよ」



 この言葉が私を捉えた。

 この言葉に、私は救われてしまった。



 絵だけが、私が愛情を感じられる只ひとつのもので、

 私自身への愛情を奪っていった、只ひとつの物だった。








 何度目かの夜だった。


 薄暗い闇の中、顔のないキャンバスの中の女性を見つめる。

 息苦しさに喘ぎながら、私はその人に爪をたてた。

 コバルトブルーが、荒れた爪先を汚していく。


「おかあさん」


 呼んだ。

 もう、その人はここにはいないと分かっているのに。

 もう、誰もいないと知っているから。私は呼んだ。



 忘れていた。

 勘違いをしていた。

 私に、私の絵に無償の愛を注いでくれるのは、貴方だけだったのに。




「また、ほめてよ」




 ゆるい湖の森。その向こう、傷のついた服を来た女性に涙する。

 優しく、彼の日の母がわらった気がして、わたしは爪を噛んだ。


 にんげんだった私は、とうに芸術にころされていたのだ。




 結局わたしは、わたしにもなれなかった。


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