第126話 修行をしよう

 社会のゴミを自然に還した翌日。

 俺は娘を連れて近くの平原へと来ていた。


「この世界には危険な怪物がいっぱい居る。由紀にもソレを知っておいて欲しい」


 娘が緊張した面持ちで頷く。

 ちなみに娘がいるのは魔物避けの結界の中だ。突然魔物に襲われても安全なようにまずは結界の中から魔物を見た方が良いと考えたからである。


「例えば向こうにいる牛のような生き物はバルバイソンという魔物で、日本にいる牛の3倍の大きさなんだ」


「3倍ってどのくらい?」


 スーパーの加工肉ではない本物の牛を見たことのない娘が質問してくる。


「そうだな、お父さんのトラックを真ん中から半分に切ったくらいの大きさかな」


 丁度傍にあったトラックでバルバイソンの大きさを教えてやる。


「牛さんおっきー!!」


 普段犬や猫ぐらいしか見たことのない娘がその大きさに興奮する。

 まぁ昨日メリネアの本当の姿見たけどな。


「それに空を飛んでいるあの赤い鳥もここからじゃ小さいけど、近くで見るとこのトラックの何倍も大きいんだ」


「飛行機くらい?」


「飛行機くらい」


「はぇー」


 可愛らしく驚いているな。


「けど、怖い魔物は大きいヤツだけじゃない。小さな魔物も怖いんだ」


「ちっさいのに怖いの?」


「ああ、例えばヘッドライダーという魔物だ。この魔物は平べったい姿をしていて、草に紛れて襲ってく……」


 バクリッ トサッ……


 娘の目の前で父親の頭が草の固まりにすげ変わる。

 そして父親の身体は地面に倒れた。


「……お父さん?」


 娘がきょとんとした顔で倒れた父親の姿を見ている。


「どうしたのお父さん?」


 父親に近づこうとした娘だったが、父親の頭にすげ代わった草の塊が動き出した事で身を硬くする。


「っ!?」


 草の塊は4本の足と2本の手を生やし、頭頂部から蛙のような顔を見せる。

 これが草に擬態して近づき、一瞬で獲物の頭を喰らい成り代わるヘッドライダーの正体だ。


「お、お父さ……」


 食いちぎられた父親の首から血がどくどくと溢れる。


「あ、ああ……」


 娘の顔が恐怖に歪む。本能的に父親の死を認識したのだ。

 これはいけない。っていうかマジヤバい。


「大丈夫よ」


 父親を失った恐怖に歪む娘を、妻が、いや母が優しく抱きしめる。


「貴方のお父さんはそこに居るわ」


 そう言ってメリネアは俺を指さす。


「その丸いのが貴方のお父さんよ」


「え?」


 予想もしていなかった事を言われて娘が驚きの声をあげる。  

 まぁ普通は驚くわな。

 俺は近くに落ちていた石を使って地面にひらがなで文字を書く。


「……?……お……とう……さ……ん…………!?」


 娘は文字を読み終わると、驚いた顔で俺を見る。

 俺は頷いて肯定する。

 丸いボディで頷いたと理解できるかは不安だが。

 俺はひらがなで娘に説明をしていく。


「……お父さんは……魔法で死んでも生き返る事ができるの?」


 さすがにスキルで生き返ると説明するのは色々危険なので、魔法で前もって儀式をしておく事で新しい身体に生まれ変わる事が出来ると教えた。

 随分とあいまいな説明だが、いつか誰かが俺の事を探らないとも限らない。情報はなるべく正確さを失わせる必要があった。

 それゆえ娘は完全に理解は出来なかったみたいだが、目の前にいる魔物が父親であるという事だけは理解できたみたいだ。

 いや、これはホントメリネアに感謝だわ。

 彼女がいなければ娘にトンでもないトラウマを植え付けるところだった。

 俺は地面に文字を書きながら授業を続ける。


『この様に、実力のある戦士や魔法使いでも油断しているとあっさり死んでしまうんだ』


 どの口が言うかと言われそうだが、現実にあっさり死んでしまったのでコレ以上ない説得力だろう。


『だから由紀がこの世界で暮らしたいのなら、魔物に襲われても怪我をしない様に修行をしてもらう事になる』


 俺はそこで一旦区切って由紀の決断を待つ。


 クェェェェェェェ!!! ガッ!!!


 突然視界が激しくブレ、身体が凄まじい力で押しつぶされる。


 ボギッ!!!


 オレは再び死んだ。

 獲物を手に入れ空中に離脱した俺は、娘のいる地上へと降り立つ。


「……お父さん?」


 俺は無言で頷く。


「……お父さん油断しすぎだと思うの」


 仰るとおりです。

 この過酷な世界の恐ろしさを説明するつもりが、身を持って実証してしまった所為で、娘に呆れられてしまった。

 父の威厳は、娘に異世界の恐ろしさを教える為の犠牲になったのだ。

 しかし戻ってきた魔物が俺だとすぐに判断できたあたり、子供って順応性高いなぁ。

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