第123話 娘救出大作戦

 日本へ帰ってきた俺は、ある場所へとやって来ていた。

 その場所とは……


「全部で4万4550円になります」


 質屋だった。

 日本に戻ってきた俺は、まず軍資金を得る為に質屋に直行し、ガイアで手に入れた状態の悪い宝石の付いた指輪を売る事にした。

 あまり質の良い指輪や宝石、それに金塊だと盗品として見られそうだからだ。

 なにしろ今俺が乗ってきたのはトラックだしな。

 まぁ、聞かれたら浮気離婚でいらなくなった女房の宝石とか言えば良いわけだけど。

 慰謝料として分捕ってきたとかいってさ。

 ともかく、軍資金を手に入れた俺は次の目的地に向かう。


「1576円です」


「あ、お湯貰っていいですか?」


「お湯はそちらになります」


「どうも」


 コンビニで買ったカップ麺にお湯をいれ、3分経つまでホットスナックのから揚げを食べて飢えをしのぐ。


「ズルズル」


 久しぶりのジャンクフードの味に舌鼓を打ちながら、コンビニスイーツを食べペットボトルのお茶を飲んで終わる。


「ジャンク美味いわー……さてと、行くとするか」


 腹ごしらえを終えた俺は今度こそ本当の目的地へと向かう事にした。

 トラックのエンジンを動かし、ギアをシフトする。

 夜の道路をトラックが走る。

 俺が今いる場所は東京は足立区。目的地は群馬県のとある町。

 そこに妻と娘が住んでいる。

 早すぎる再婚相手と共に。


 ◆


 カーナビに従いながら国道を走る。

 だがトラックの速度と日本の曲がりくねった道の所為で、目的地まではかなり時間が掛かる。

 高速道路を使う手もあるが、せっかく夜なので別の手段を使おう。

 俺は周囲に他の車が居なくなったタイミングを見計らい、トラックに装備した秘密の機能を起動させる。

 第一の機能【認識阻害】

 この機能を起動する事で俺の車の周囲にはあらゆる者が認識できない魔法の結界が張られる。

 しかもドワーフの技術なので認識阻害の効果は探知系のマジックアイテムすらも無力化する。

 この機能ならば科学技術のカメラも無効化してくれるだろう。多分。

 そして第二の機能【飛行装置】

 文字通り空を飛ぶ機能だ。

 トラックに飛行魔法を発動させると、一瞬だが腹の下三寸当たりがヒュンとした感覚を受けた。

 そして運転席からの視界が少しずつ変わり、道路がどんどん細くなっていく。

 トラックが宙に浮いているのだ。

 この機能が起動した事で、俺は地球でもマジックアイテムが使える事を確信した。

 なんせ認識阻害は自分では発動しているか分からないからなぁ。


 そして高度50mまで上がってきた所で、俺はカーナビの地図をメートル単位からキロ単位表示に変更し、群馬県へ向けて車を再発進させた。

 そう、空を飛べば道路にも信号にも従う必要はない。

 俺は空飛ぶトラックをかっ飛ばして群馬へと向かうのだった。


 ◆


 とあるアパート、その中の一室。

 そこには3人の男女が居た。

 正しくは2人の大人の男女と1人の少女だ。

 女と少女は見覚えがある。

 俺の元妻と娘だ。

 男は恐らく再婚相手だろう。


 俺、いやこの体の持ち主宍戸丈太郎は会社の倒産を理由に妻から離婚を強要された。

 子供の将来の為だと言われ。

 丈太郎は破産申告してやり直そうと言ったが、会社を潰すような男とこれ以上暮らすのは娘の為にならないと強く主張し、離婚しないのなら弁護士を雇って裁判をする、自分が勝ったら娘とは二度と会わせないと脅迫した。

 自分に非火がある以上、丈太郎は離婚を承諾。

 そして娘が成人するまで月10万の養育費の支払いを約束させられた。

 会社が倒産した直後に月10万の養育費は相当な負担である。

 けれど丈太郎は我慢した。

 娘の幸せの為に。

 自分が諦めれば、自分がガムシャラに働けば、娘は金の心配をしなくてすむ。

 それが娘の幸せにつながる。

 彼はそう思っていた。

 最悪の場合、自分に生命保険を賭けて死ねば、そうも思っていた。


 だが、そんな彼の願いは無残に裏切られていた。

 アパートの中に居る丈太郎の娘由紀はやせ細っていた。

 服も体の大きさの割りに小さい。

 子供の成長は早い。定期的に新しい服を与える必要がある。

 それどころか肌に青黒い痕がついていた。

 間違いなく暴力の痕だ。

 娘は家庭内暴力を受けている。

 それが俺の見た感想だった。

 部屋の中では男と元妻が2人で部屋の真ん中でクッションにもたれかかり酒を飲みながらTVを見て下品に笑っている。

 娘は部屋の隅っこで体育座りをして縮こまっている。

 目は2人を見ていない。じっと下を見ている。

 子供のしていい目じゃない。

 だが元妻は娘の姿に気付こうともしない。

 男に抱きつき、男に胸を揉みしだかれて甘えた声を上げている。

 子供に見せて良い光景ではない。


「そういえばそろそろ今月の養育費が入る日だよな」


 男がふと思い出した様に口を開く。


「ええ、今月も働かずにお金が入るわ」


 まさかコイツ等働いてないのか?


「生活保護と慰謝料で毎月遊んで暮らせるんだからこの国は最高だよな!」


 男が楽しそうに笑い転げる。


 待て待て、確かこの男と再婚したんじゃないのか?

 結婚している状態で、しかもコイツ等両方とも健康体だよな。何で生活保護が貰えるんだよ!?

 いや、聞いた事があるぞ。結婚せずに法的には赤の他人だけど一緒に暮らして生活保護費を貰う事実上の夫婦が居るって話。

 さてはコイツ等不正受給者かよ!


「いやー、お前の元ダンナのお陰でもらえる金が増えたしホントラッキーだぜ!」


 そこで男が娘のほうを見る。


「あのガキが居なくなれば言う事ナシだな」


 自分の事を言われたと気付き、娘がビクリと体を震わせる。

 そのままガタガタと震えだす。

 明らかに怯えている。


「お前何震えてるんだよ? まるで俺達がお前を苛めた見たいジャン? 何それ? 抗議のつもりかよ?」


 完全に言いがかりだ。


「オイ、何か言えよ? ア”ッ!?」


 これは酷い。男は娘が抵抗できないのをわかっていて追い詰めているのだ。


「ほっときなさいよ。この子はもうすぐ父さん達に引き取ってもらうんだからさ」


 元妻がグラスに入った酒をあおりながら言った。


「元旦那の家庭内暴力の所為で怯えてまともに話すことも出来ない。私が居ると元旦那の事を思い出して怯えるからって言えば信じるわよ。親バカだからさ」



 とんでもない事をサラリというなこのクソ女。


「ひっでー! 自分の親を騙すのかよ! けどよ、コイツが俺達の事チクったりしねーのか?」


「大丈夫だって。この子には親の偉大さをたっぷりと叩き込んであるから。そうでしょ?」


 クソ女が立ち上がり、娘の下に近づいていく。


「返事をしなさい!!!!」


 突然大声を上げてドン! と床を踏み鳴らす。


「ひっ!」


 母親の大声に娘が小さな悲鳴をあげて震えだす。


「ねっ。コイツは私に逆らえないの。私の人形よ」


 クソみたいな話を得意げに誇るクソ女。

 もう十分だな。


「なるほど、じゃあ俺達がおもいっきり蹴ろうが殴ろうがこいつは黙ってるって訳だ」


 クソ男がサッカー選手の様に足を大きく後ろに振り、シュートのポーズを取る。


「っ!」


 これから起きる事を理解して娘が身を丸めて耐えようとする。


「ハハハハッ! シュー……」


「お前が飛べ!」


 ドンッ!


 認識阻害を解除した俺は、龍魔法で強化した肉体でクソ男を横から蹴り飛ばした。


「くぴゃっ!!!!」


 俺に蹴られたクソ男が、変な鳴き声をあげながら壁にめり込む。


「え?」


 その光景を見ていたクソ女は、何が起こっているのか分からずに固まっている。


「迎えに来たぞ、由紀」


 俺は娘を優しく抱きしめる。


「……ぉ、おと……」


 突然現れた俺の事が理解できないのか、娘は声も出ないようだ。


「もう大丈夫だ。お父さんと帰ろう」


 娘に顔を見せて優しく微笑むと、再び娘を抱きしめる。


「おと……お……さん……」


「そうだ、お父さんだよ」


 娘の体が震える。

 俺は優しく娘をなでてやる。

 髪の毛がゴワゴワだ。風呂もまともに入れられていないのか。


「おとうさん、お父さん、お父さんっ!!!!」


 忘れていた言葉を思い出すように、たどたどしく言葉を紡ぐ娘。

 会話もできない位に虐待を受けていたという事だろう。


「ああ、そうだ、お父さんだ。お前を迎えに来たんだよ」


「お……おど、おどぉざぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」


 娘が俺にしがみつき大きな声で泣き始める。

 そうして、漸く落ち着いて泣き声が落ち着いてきたところで俺は娘に話し賭けた。


「さっ、お父さんと帰ろうか。まずは美味しいご飯を食べに行こうな」


「うぁ……う”、う”ん”ぅぅぅぅあ……」


 かろうじて俺の言葉に返事をした娘は、しっかりと俺に抱きついたままで頭を上下させて頷く。


 立ち上がり、玄関のほうを向くと、そこでバカみたいに突っ立っていたクソ女と眼が合う。


「……あ……あ、あなた……」


 俺はクソ女を無視して部屋を出る。今は娘が先決だ。

 お前等は後でたっぷりと報いを受けさせてやる。


「また後でな」


 それだけ言って俺はアパートを後にした。


 ◆


 俺は近くのファミレスに娘を連れてきた。

 まずは暖かい食事だ。


「さ、好きなものを頼むといい」


 俺にしがみついていた娘が、ぴったりとくっついたままでメニューをガン見する。

 離れたら俺がいなくなると思っているんだろう。


「これ!!」


 俺は席に取り付けられたスイッチを押して店員が来るのを待ち、娘が指差した料理を注文する。


「ハンバーグ定食を一つ。あとコーヒーを一つ」


 俺はさっき食ったからコーヒーだけでいいや。


「それとステーキ定食とビッグバークとチキンステーキを一つずつお願いしますね」


 凛とした鈴のような声が注文を追加する。


「……か、かしこまりました」


「……」


「ねぇお父さん。この人誰?」


 聞かないで欲しい。


「すっごい真っ赤ー」


 それ以上言わないで欲しい。


「お姫様みたーい」


 やめて、他の客達もガン見してるのよ。


「初めましてお嬢さん。私は、貴女の新しいママよ」


 異世界に置いて来たハズの嫁が、対面の席に座っていた。

 いつものドレス姿で。

 超勘弁して下さい。マジで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る