第105話 飛び立てぬ翼

 結局マーメイド達はバンカーホークに手も足も出なかった。

 とはいえマーメイドが弱い訳ではない。

 彼等は水中では敵なしといえる程の水中特化種族。さらに水魔法の適正が非常に高く、普通に闘えばバンカーホークと言えども苦戦は免れない。

 では何故マーメイドは惨敗したのか?

 答えは単純、相手が速かったからだ。

 バンカーホークは一瞬だけマーメイド達を攻撃し、失敗したらマーメイドの追いかけてこれない空に逃げればよい。

 つまりは水中特化であるが故に対応が困難なのだ。

 更に問題なのが戦術である。

 基本マーメイドが闘うのはホームである水中。苦戦したら深海に逃げ込めばよい。

 そういった逃げ場がある事でマーメイドは戦術を研鑽する事を怠っていた。

 つまり文明レベルが低いのである。まぁそれはマーマンも同じだが。

 マーマンと違うのは水中への特化度合いくらいだ。

 だがその差こそがマーマンに海賊行為と言うイレギュラーな行為を生み出した理由でもある。

 つまり海賊行為で手に入れた便利な道具をマーマンは持っていたからこそ、完全水中特化種族であるマーメイドとの種族間抗争にマーマンが対抗できていたのだ。

 更に言えばマーメイドが深海に逃げるように、マーマンも陸上に逃げる事が出来たのも大きい。

 話が脱線してしまったが、マーメイドも戦い方を工夫すればバンカーホークに十分勝てるだろう。

 バンカーホークの弱点をうまく利用すれば。

 だが彼等の脳筋具合では、ソレも無理そうだ。

 アレからもバンカーホークはマーメイド達を何度も襲っていた。

 勿論マーメイドもバンカーホークに教われないようになるべく深い所で食料を獲っていたのだが、深い場所ではそれだけ魚が少なくなる。

 あまり広く深い海域では巨大な水棲の魔物が多い為危険が増す。

 結果無理をして上層に上がるマーメイドが出てきて、その度にギリギリの所を見誤って上層に上がり過ぎバンカーホークに襲われていた。

 マーメイドもソレを警戒して護衛を出してはいたが、群れ全体を守るだけの兵力を出せない為にどこかしらに犠牲が生まれていた。

 そして犠牲が増えれば食料調達役以外のマーメイドが食料調達に出向く事になる。

 馴れていない作業を行えばミスが発生する可能性も増大する。

 敵はバンカーホークだけでは無いのだ。広い海の中には多くの魔物が存在する。

 特に年若いマーメイドは恰好の餌だった。

 マーメイド達の生活域は確実に脅かされていた。

 そしてそれは俺達マーマンに新たな危険が迫る事にも繋がっていた。


 ◆


「マーメイド達の群れが動き出したわ」


 ミズクサトリが戦いの準備を行っていた俺達の下へ報告にやって来る。


「やっぱりか」


 マーマンやマーメイドは人間の様に家を持たない遊牧民に近い存在だ。

 本来は食料が少なくなったら別の海域に移動するのだが、バンカーホークが居る以上は彼等も移動せざるを得なくなったという訳だ。

 プライドの高いマーメイド達にとって、敵から逃げ出すのはさぞかし口惜しい事だろう。


「となれば、あの鳥の魔物は、次の獲物に俺達を狙ってくる可能性が高い」


「勝てるのか?」


 イシクダキが俺に問いかける。力自慢の彼でもバンカーホークの巨体とスピードは脅威に映ったのだろう。


「勝てる。ヤツの弱点を利用すれば確実に」


「「「おおおおっ」」」


 絶対の自信を以って答えた俺の姿に、マーマン達も希望を見出して声を上げる。


「ヤツの巨体と速さは強力な武器だ。だがそれは逆に弱点でもある。俺と魔法を使える連中で相手の動きをとめる。そしたらお前達で敵の羽を切り刻め。それで勝てる」


「分かった」


 さぁ、バードハンティングを始めようか。 


 ◆


 俺と魔法を使えるマーマン達はイシクダキ達から少し離れた場所に居た。

 これから行う準備に彼等を巻き込まない為だ。


「いいか、俺があの鳥の魔物を足止めする為の魔法を使う。ソレに鳥の魔物が引っ掛かったら、お前達は手はずどおりに水の魔法で鳥の魔物を海深くに沈めるんだ」


「分かった」


 魔法を使えるマーマン達が神妙な顔をして頷く。


「では行くぞ! アイスウォール!!」


 エルフの知識から、巨大な氷を作り出す魔法を発動させる。

 瞬く間に眼前の海水が氷の塊となってゆく。

 その大きさ、実に30m。壁として最適のサイズである。


「よし、完成したぞ」


「これが固い水、コオリ……」


 魔法を使えるマーマン達がはじめて見る氷に驚きの声を上げる。

 このあたりは冬でもそこまで寒くは無い。だからマーマン達も流氷などを見た事がないのだ。


「すごい、確かに水なのに冷たく固い」


「コレは海水で出来ているから、このまま上に向かって自然に浮いていく。俺達はこの下から氷についてうえに上がっていく」


「だ、大丈夫なのか? あの鳥の魔物に襲われないか?」


 説明を受けたものの、やはりバンカーホークの巨体が恐ろしいのか及び腰なマーマンも居た」


「安心しろ、この氷が俺達を鳥の魔物から守ってくれる」


「そ、そうだったな」


 まぁ元は水だからマーマン達もどの程度の硬さか分からなくて心配なんだろう。

 実際凍りはそれほど硬いわけではない。周囲の水温との差で溶け始めているだろうしな。

 だが、それでも俺の目的を達成するには十分事足りる。


 ◆


 氷の塊は海面に向かって浮き上がっていく。

 それについて俺達も氷の下から海面に向かう。

 視線の先には太陽の光が水中深くに差し込んでいるのが見える。

 深度を考えれば今日は晴天のようだ。


 だが、そんな明るい空が一瞬で暗くなった。

 来た!

 その次の瞬間、ゴボンと激しい音が鳴った。

 水は空気以上に音を伝える。あまりに激しい音にマーマン達が頭のヒレを抑えてうずくまる。

 俺達を狙って飛び込んで来たバンカーホークが氷の塊に頭から突っ込んだのだ。


「引っ掛かったぞ! 廻り込んで上から魔法を放て!!」


「お、応!!」


 痛みを堪えて出した号令にマーマン達が応える。

 氷の塊を魚のような速度で迂回してバンカーホークの直上に来たマーマン達が魔法を発動させる。


「アクアストリーム!!」


「ウォーターバースト!!」


「ハイドロシューター!!」


 マーマン達の魔法攻撃を受けてバンカーホークが海の底に向かって押し込まれてゆく。

 だがバンカーホークも只では沈まない。

 羽と足をバタつかせて必至で抵抗する。その巨体の動きで水がかき乱され、魔法を放っていたマーマン達の身体が揺らされ魔法が反れてしまう。

 そのスキを逃さずバンカーホークが海上へと向かう。


「羽を狙え!!」


 バンカーホークを追ってイシクダキ達が突撃する。

 空では圧倒的な速さと誇るバンカーホークも海中ではマーマンの速さには叶わない。

 あっという間に追いついたイシクダキ達にその羽を切り刻まれてしまう。

 更に追いついたマーマン達が再び魔法でバンカーホークを海底へと押し込んでゆく。

 バンカーホークが暴れて魔法からのがれれば再びイシクダキ達が羽を切り刻んでゆく。

 そして魔法で海の底へと押し込まれる。

 次第にバンカーホークの動きが鈍くなってくる。

 当然だ、鳥は空を飛べても水中で活動する事には適していない。

 息が出来ないのだ。


「頃合だな」


 動きが鈍くなってきたバンカーホークの額を目掛けて、俺は赤い鉄サンゴの槍を構えた。

 そう、この槍はマーメイドのアカヤリのものである。

 ヤツは群れを動かす前に俺の元にやって来て、マーマンを疑った侘びとして俺に譲ると言ったのだ。

 戦士の誇りである武器を手放す、ソレが戦士であるアカヤリのケジメの付け方だった。

 俺はその槍を投げ槍のように構え己の身体を龍魔法で強化し、エルフの水魔法で一気に射出した。

 真紅の槍は動きの鈍ったバンカーホークの眉間に命中、そして見事その頭部を貫き、反対側から突き抜けて海底の彼方へと沈んでいった。


 頭部を貫かれたバンカーホークは、ビクンビクンと体を震わせていたが、やがて動きが小さくなっていき、そして止まった。


「鳥の魔物、退治したぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


「「「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」


 マーマン達が雄たけびを上げ勝利を喜ぶ。


「これでマーメイド達の供養にもなったかな」


 柄にもない事を呟いてしまう。

 だが、マーマンが仲間の固きを討ってくれたと知れば、少しは両種族の確執も和らぐ事だろう。

 そんな俺のセンチメンタルな感情を包み込むように太陽の光が俺を照らす。

 マーマンの青みがかかった銀の鱗が光で反射して中々綺麗だ。

 ふむ、マーマンの生活も中々悪く……


 と、そこで光が消える。


「ん?」


 次の瞬間、凄まじい衝撃が体を襲う。

 異常な浮遊感と共に俺の体を風が襲った。


「な、何が!?」


 目の前には壁、下は海、後ろには杭。

 俺の体は、杭に貫かれていた。


「まさかツラヌキが貫かれるとはね」


 どうやら俺は、バンカーホークの番に襲われたようだった。

 成程、一匹だけとは誰も確認してなかったよねー。

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