第103話 赤い魔鳥

 バンカーホーク。

 巨大な鳥の魔物で、上空から巨大な杭のようなツメで獲物を串刺しにして連れ去る恐ろしい魔物だ。

 杭は大小ざまざまな大きさで、獲物にあわせて使い分ける。

 特筆すべきはその降下速度で、上空から降下するバンカーホークの姿を見てからではまず避けられない。

 誠恐ろしい魔物である。

 だが……


「妙だな」


 俺は隣のイシクダキに気付かれない程度の小さな声で疑問を呟く。

 バンカーホークは本来地面がある場所で活動する生き物だ。

 何しろあの巨体を休ませる事のできる場所など海の上には全くない。

 アレは高山地帯で暮らす生き物なのである。

 ソレがなぜこんな所に?

 コレも魔族が暴れた影響だろうか?

 なんとなくひっかかるモノを感じつつも、俺は状況を遠くから眺めていた。


 ◆


「お、おおおぉぉぉぉ!?」


 突然の襲撃にアカヤリが動揺の声を挙げる。

 バンカーホークの急降下でアカヤリの視界にはバンカーホークの全容が見えず、突然目の前に真っ赤な壁が迫って来た様にしか見えなかったのだ。

 その為にアカヤリの仲間のマーメイドが襲われ、動揺している間に逃げられてしまった。

 俺の投擲がなければ犠牲者は更に増えた事だろう。

 実際、俺達とて遠くから見ていたからこそ対処できたものの、あの凄まじい急降下をもっと上の水域でやられていたら間違いなくマーメイドと同じ結果となっていた事だろう。


「そうか、だからマーメイドだけが襲われたのか」


「何か、分かったのか?」


 バンカーホークの事を知らないイシクダキが俺に質問してくる。


「ああ、マーメイドを襲った巨大な鳥は凄まじい速度で現れマーメイドを串刺しにして去って行った。それもとんでもない勢いでだ」


「確かに、あんなモノが突然現れたら俺達でも反応できないだろうな」


 冷静に戦力差を測るイシクダキ。仲間が冷静に物事を考える事が出来ると安心するなぁ。

 事実あの速度は脅威だ。


「あの鳥が突然現れた様に見えたのはそれだけ勢いよく上空から飛び込んできたからだ。そして即座に離脱した。その動きは真上から真下に下りるんじゃあなく、斜め上から飛び込んできてそのまま円弧を書いて斜め上に滑る様に空へと帰っていった」


 手を動かしてバンカーホークの動きをトレースすると、イシクダキがソレを見て頷く。


「だがそれは深い海だから出来る事だ。アイツの巨体では浅い海でソレをやると海底に棘だらけの足がぶつかって空へ戻る勢いを失ってしまう。だから浅い海で暮らす俺達マーマンは襲われなかったんだ」


「成程」


 アレだけの巨体だ。小鳥の様に羽ばたいて浮上するのは無理だろう。

 本来のバンカーホークは空を飛んでいるほかの鳥を喰らったり、地上に居る動物を体が地面に付かないようにスレスレで襲う。杭は獲物を引っ掛ける為の棘みたいなもんだ。

 仮に地面に足がついてしまっても。斜め上空から勢いよく飛び込んできているので無理やり地面をキックすればある程度のスピードは確保できる。

 だが水中では水が邪魔をしてキックしても速度を確保するどころか、泥で滑ってしまう恐れがあった。

 だから深い海の上層を狙ったのだ。

 アレだけの巨体なら上層でも足を伸ばせば2、30mは届くだろうしな。


「だったらアイツは放置しておいた方がよくないか?」


 仇敵であるマーメイドを減らしてくれると知って面白そうに語るイシクダキ。


「いや、マーメイドを狩り過ぎて餌が減れば今度は俺達マーマンが襲われる危険がある」


 本来地上で狩りをする筈なのに、海まで遠征して狩りをしているのだから餌がなくなれば狩りの仕方を変えてマーマンを襲う可能性だって無きにしもあらずだ。


「倒せるなら倒せるうちに倒しておきたいところだな」


 ◆


「おのれ! 鳥の魔物めぇぇl!!」


 漸くショックから回復したアカヤリだったが、仲間を何人もやられて怒り心頭だ。

 それでもバンカーホークに再び教われないようにと深い所まで潜るだけの理性は残っていた。

 さて、アカヤリ達はどうするつもりなのかな?


「至急援軍を要請しろ! 次にあの魔物が現れたら一斉に攻撃して息の根を止めるのだ!!」


 おいおい、数の暴力で勝とうってのかよ。

 だがそれでは数十匹のアリが象に戦いを挑むようなもんだぞ。

 大きさと一体あたりの強さが明らかにつりあっていないからとても勝負にならないぞ。

 頭に血が上りすぎて冷静な判断力を失ったか?

 ……いや、そんな事ないな。マーマンとマーメイドの戦いの記憶を漁ってみたが、コイツ等の戦争は基本正面突破だわ。多少相手の裏をかこうとする事もあるけど、そういうのは魔法使いの仕事でコイツ等戦士は脳筋ばっかみたいだ。まぁ技術レベルが低い事にも起因しているのかもしれないなぁ。

 けどいくら数がそろっていたとしても、対応できない速さで上空から飛び込んでくるヤツが相手じゃあ犠牲は必至だ。賢い戦術とは言い難い。


「そんな事をすればますます仲間がやられるぞ」


「我等の戦いに手出しは無用と言った筈だ!!」


 アカヤリは取り付くシマもないといった様子だ。これは説得は無理かな?


「調子に乗るな! お前が今生きていられるのはツラヌキのお陰なんだじ!! ツラヌキはお前を助けるために大切な銛を失ったんだ!」


「何!?」


 アカヤリの態度に激昂したイシクダキの言葉を聞いて、始めて俺が丸腰だと気付くアカヤリ。

 その顔には軽い驚きが含まれていた。

 無理もない。技術レベルが低いマーマンやマーメイド達は、出来の良い武具は腕利きの戦士に優先して回される。

 ともすればそうした武具はアカヤリの様に個人の象徴となる事もあった。

 俺の名はツラヌキ、その名の通り相手を貫く銛の使い手だ。

 その俺が敵を助けるために自慢の武器を失ったと聞いては誇り高き戦士であるアカヤリも困惑を隠せないでいた。


「……そ、それがどうした! 貴様が勝手にやった事だ!!」


「貴様ぁ……助けられておいてその態度か!」


「構わないさ」


 激昂するイシクダキを俺は制する。


「だが、お前の銛はあの魔物に!」


「ヤツの言うとおり、俺が勝手にやった事だ。気にするな」


「……分かった。お前がそう言うのならはこれ以上俺が言う事は無い……」


 納得がいかないにしろ、イシクダキは俺の顔を立てて引いてくれた。


「なんにせよ冷静になる事だ。ヤツは警戒していたお前達が反応できない速度で襲ってきた。それに対抗する手段を考えないと仲間を失い続けるだけだぞ。それともマーメイドは真正面からバカ正直に突っ込む事しかできないのか?」


「何だと!?」


 俺の挑発にマーメイド達が殺気を向けるが、今度はそれをアカヤリが静止する。


「我等マーメイドを甘く見るなよ! たかが鳥の魔物など容易に撃破してくれる! 先ほどは油断していただけだ!!」


 売り言葉に買い言葉、これでアカヤリ達は無謀に突っ込んでいく事無く、バンカーホークを倒す為に策を練ることだろう。

 つーか正体不明の敵を退治しに来たのに油断したってのはダメじゃね?

 まぁ良い。俺達はマーメイドの魔物退治を特等席で見させてもらうとしましょうか。

 たまには俺が前線で頑張らなくても良い戦いがあっても良いよね。


 しかしあの鳥、どこかで見た事があるような気が……気のせいだろうか?

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