第102話 海を砕く者

「食料を集めに行った者達が、突如現れた巨大な影に襲われ、姿を消しました!!」


 集落の外からあわててやって来たマーメイドが、アカヤリに同胞が襲われたと報告をする。


「馬鹿な!? マーマン共が犯人ではなかったと言うのか!?」


 冷静に考えればそうとわかっただろうに、マーマン憎しの感情に支配されていたアカヤリは俺達が犯人ではなかったと分かってもなお真実を受け入れる事が出来ずに居た。


「上から突然現れて、気が付いたら魚を獲っていた仲間達が数人居なくなっていました」


「姿は!? どんな相手だったのだ!?」


 アカヤリが伝えにやって来たマーメイドに噛み付かんばかりの勢いで詰め寄る。


「そ、それが、凄まじい衝撃と泡で視界が遮られ気が付いた時には何もなかったそうです」


 泡ねぇ。


「分かったのはソレが巨大な事と、真っ赤だったというだけです」


「赤い巨大な魔物だと!?」


 赤……ねぇ。


「巨大な影か、さすがに俺達マーマンにそんなデカい奴はいないなぁ」


 イシクダキが楽しそうにアカヤリに笑いかける。


「で、どうするんだ? 俺達が犯人じゃなかった訳だが、どうやって詫びを入れるつもりだ?」


 煽る煽る。イシクダキに同調するように集落のマーマン達がニヤニヤとアカヤリに笑みを向ける。


「あまり煽ってやるな。ソレよりも犯人の姿は見たのか? まずは真犯人を捕らえるのが先だろう」


 あまり追い詰めるとまた面倒な事になりそうだったので、一応フォローしてやる。


「今回の件は貸しだ。マーメイドの誇りにかけて返してくれるよな」


……フォローだよ。ホントだよ。


「…………貸しは作らん。必ず返す」


 苦々しい顔を隠す事もなく答えるアカヤリ。

 プライドが高いからこういう時は踏み倒される心配がなくて良いね。


「では行こうか」


「何!?」


 俺が同行すると言うとアカヤリが驚きの声を上げた。

 怨敵であるマーメイドに対してマーマンが同行を申し出た事に驚いているのだろう。


「今回の件では俺達マーマンも、要らぬ嫌疑をかけられ迷惑を被ったんだ。犯人の姿を拝む位の権利はあるだろう」


「……犯人は俺達の手で倒す。手出しは無用だ」


「ソレで良い」


 自分で倒してくれるのならこっちも楽だ。

 もしも手におえなくて頼ってくるのなら、更に貸しを作れるのでその為にも犯人の手の内を見るのは無駄にならないしな。


「俺も行こう」


 イシクダキが鉄サンゴの槍を持って同行を申し出てくる。


「俺達は闘わないからな。後ろから連中の戦いを観戦するだけだぞ」


「分かっている」


 どうやらイシクダキも自分達に迷惑をかけてくれた真犯人が気になるみたいだ。


 ◆


 マーメイドを先行させて彼等の仲間が襲われた海域へとやって来た。


「犯人がこの辺りで狩りをしているのなら、俺達は巻き込まれる心配は無いな」


 イシクダキの言うとおり、このあたりはマーマンの活動域とは異なる水深100mを越える海域だった。

 このあたりはマーマンでも襲うような危険な水棲の魔物、場合によっては巨大サメなどの普通の生き物が襲ってくる事もある。たとえ戦士であろうとも一人では来たくない場所だ。生息できるのと生息に適しているでは大違いなのである。


「油断はするな。マーメイドが狩れなくなったら俺達の海域に狩場を移す危険もある」


「……それで同行するなんて言い出したのか」


「ああ」


 実際の話、マーマンは明確な町などを持たない種族だ。

 生活方式は放牧民に近く、定期的に集落の場所を移す。

 だがそんな俺達でもマーメイドがなす術もなく狩られる巨大な魔物の存在など見た事も聞いた事もなかったのだ。

 まぁ、俺個人にはそれができる種族を見た経験があるけどね。

 色的な意味でも。


 ◆


 アカヤリ達が仲間の襲われた海域をウロウロしている。


「アイツ等は何をしているんだ?」


 アカヤリ達の行動の意味が理解できないイシクダキが首をかしげている。


「恐らくわざと不規則に動く事で仲間を襲った魔物を誘っているんだろう」


 魚釣りでえさの付いた針をプラプラと揺らしているように見えなくもない。


「成程オトリか!」


 イシクダキが納得したらしく何度も頷く。


「オトリに巻き込まれないように俺達はもう少し下に潜って警戒するぞ」


「分かった」


 アカヤリ達のオトリ操作を見つつも、俺達は周囲への警戒も怠らない。

 アカヤリ達は上から攻撃してきたらしい巨大な魔物を恐れているが、俺達には周囲からやって来る捕食者も警戒しなければいけないのだ。


「アカヤリ達が動いた!」


 イシクダキの言葉に俺は上方に視線を向ける。

 それは丁度マーメイドが襲われる瞬間だった。


「アレは!?」


 赤いシルエット。

 巨大な身体。

 矢のように後ろにたなびく羽。

 海を砕く様に突き進む矢の様な姿。

 イヤな予感。

 扇状に広がった尻尾。

 捕まるマーーメイド。

 巨体に圧倒されて動けないアカヤリ達。

 ソレの巨大なツメがアカヤリ達を襲う。

 違う。


 俺は鉄サンゴの槍にエルフの武器強化魔法を掛け、水魔法で水中銃の様に勢いよく槍を射出する。

 至近距離で巨体に圧倒されたアカヤリ達とは違い、俺は後方で見ていたからこそ、落ち着いて対応ができた。


 槍はソレの足に突き刺さる。

 巨大な足に対して俺の槍は小さな棘でしかなかった。

 だがその棘のお陰でソレはアカヤリ達を襲う事をやめて海上へと逃げていった。


「違うな……」


「何がだ?」


 俺の独り言にイシクダキが声をかけてくる。

 だが俺はその声には反応せず、ただただ違うという事に安心を感じていた。


 アレは俺の妻、真紅の宝石龍メリネアじゃあなかった。

 アレは、アレの正体は……


「バンカーホーク……」


 それこそがマーメイド達を襲った巨大な魔物の正体だった。

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