第100話 マーマン・ザ・シーマン

 海で海水死した俺は、船に穴を開けて俺の死因を作ったマーマンに憑依した。

 マーマンの名はツラヌキ。

 マーマンは大人になった時、己の特技に合わせた名を貰う。

 ソレまで子供は子供達とまとめて呼ばれるらしい。

 マーマン達は群れ単位で家族と考える生活風習だからだ。

 で、ツラヌキの名の由来は手にしたモリでどんな獲物も貫く事からきている。

 今も船をツラヌキ沈んだ船から獲物を頂いている最中だ。

 マーマンは地上と比べて道具の加工技術が低い。

 と、いうのも海では鉄は錆びてしまうし、刃物を研げば研ぎ水が周囲に拡散してしまうからだ。

 だからマーマンの装備は基本魔物の骨などを叩いて武器状にした物や硬い鉄サンゴ同士をぶつけ合って砕いたモノになる。

 だからマーマンは船を襲う。

 マーマン達にとって船とは、便利な道具を運ぶ食べれない魚なのだ。


 ◆


「今日は甘い玉が多く手に入ったな」


 仲間のマーマンであるミズキリが嬉しそうに笑う。

 ミズキリは水魔法の使い手で圧縮した水で敵を攻撃する魔法を得意とする。

 いわゆるハイドロカッターというヤツだ。

 ミズキリが言う甘い玉と言うのは果物の事だ。

 海の中には果物が無いから貴重な食べ物なのだ。


「それに貝を採る道具も手に入った。もっと長持ちすれば良いのだがな」


 こっちはイシクダキだ。名前の通り怪力自慢のマーマンである。

 イシクダキが行っている道具は包丁の事だ。岩肌に自前の天然接着剤でくっついている牡蠣の様な貝を取るのに便利とマーマン達に愛用されていたのだ。

 でも鉄製だから海水に長くつけていれば当然錆びる。

 イシクダキが言う長持ちとはそういう事だ。

 マーマン達と他愛ない会話をしていると、彼等の集落が見えてきた。

 向こうから子マーマン達が泳いでくる。

 マーマンは玉から生まれる。生まれた時は魚に短い手足が生えたような形状をしているが、成長するにつれ手足が長く伸び胴体の形状が細長くなり首が伸びて人間に近い形状になる。ただし全身に鱗が生えている。泳ぐために四肢にはヒレが付いているのも特徴だ。

 しかし完全に水中専用と言う訳ではなく一定時間なら地上でも行動できる水陸両用型生物だ。

 近づいてくる子マーマンは成長途中なので長い手足が生えた魚といった感じか。


「おかえりー」


「おかえりなさーい」


 人間の認識では死んだ魚のような目で一切表情に変化なく明るい声で喋っている不気味な光景に見えるだろうが、マーマン的には元気な子供達の笑顔に見えるのだ。


「おお、ただいま。今日は甘い玉が沢山手に入ったぞ」


 ミズキリが子供達に果物を手渡していく。


「やったー!」


「甘い玉ー」


 子供達は果物を手にすると勢いよくかぶりついた。

 と言ってもマーマンは人間の様に果物を食べれるような歯をしていないので中々噛み砕けない。

 見かねた大人達が回収してきた包丁で何箇所か切り刻むと、子供達は夢中でそこから果汁を吸い始めた。

 中々変わった食事風景だが人間とは身体の構造が違うのでおかしいと言うのは失礼なのだろう。

 俺達は迎えに来た子供達を引き連れて集落へと向かう。

 と言ってもマーマンの集落は人間の村とは違う。

 基本マーマンは遊牧民の様に海底を移動して食べ物のある場所を渡り歩く。

 彼等のベッドは水中なので人間の様に家を作る必要も無い。

 横になった場所がベッドなのだ。

 強いて言うなら危険な大型の魔物に襲われないように、ある程度水深が浅くて隠れる場所の多い岩場を好む。なので大体水深30mほどの浅い海底がマーマンの生息水域となる。


 ◆


 集落の光景は人間の町とは違い、どちらかにいれば野原に座って思い思いの事をしている様にも見える。

 メスマーマン達は海草や貝を食べ易い様に包丁で切ったりしており、オスマーマンは硬い鉄サンゴ同士を叩いて刃物として使う為に割る事で鋭い形状を作り出していた。

 そんな光景を他所に子供達は大人達の視線の届く所で遊んでいる。


「お帰りツラヌキ」


 俺達の姿に気付いたメスマーマンの一人が俺に話しかけてくる。彼女はウミクサトリ、海草取りを生業としている、メスマーマンだ。

 マーマンだからと言って魚しか食べない訳ではないのだ。

 そしてツラヌキの恋人みたいな存在でもある。

 マーマンは卵から生まれる生き物で、生殖は魚と近い方法で子供を作る。

 だから人間のような恋人や夫婦とはちょっと違うのだ。


「ただいまウミクサトリ」


 ツラヌキとウミクサトリはどちらかといえば仕事上のパートナーに近い。、

 それがちょっとだけ他のマーマンよりも親密なだけなのだ。


 だがウミクサトリの様子が少しだけおかしかった。


「どうしたんだ?」


 俺の言葉にウミクサトリは俺が何か気付いた事に気付いた。


「……マーメイドが来た」


「マーメイドが!?」


 マーメイドと言うのはマーマンと同じく水中で暮らす種族だ。

 下半身が魚で上半身が人間という典型的な人魚スタイルだ。その形状からマーマンよりも水中での性能は高く、マーマンよりも深度の深い海域で暮らしている。

 ただマーマンとマーメイドはあまり仲がよろしくない。

 つーか基本的にこの世界の生き物は近くに居る他種族や他集団と仲が悪いのがデフォルトだ。

 だからマーメイドがわざわざマーマンの生活域、それも集落に来るなんてのは非常に珍しい光景だった。


「それで? 何の目的でマーメイドがやって来たんだ?」


 俺の言葉にウミクサトリは機嫌が悪そうに答える。


「同胞を帰せと言っている」


「同胞を?」


 俺の疑問にウミクサトリは頷いた」


「そうだ。我々に攫われた同胞を帰せといってきた」


 うん、久々の厄介事の匂いです。

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