第75話 エルフの国

 エルフの国エルファンスはドワーフの国ドギリズと長い間争っていた。

 エルフは長い寿命と美しい姿、そして類稀な魔法の技術によって栄え、ドワーフはエルフほどではないが長い寿命と頑健な肉体、そして高度なマジックアイテムを開発して繁栄した。

 それほどまでに繁栄を謳歌する2種族であるが、何故かその関係は最悪であった。

 当然何度も戦争を行った。

 人間を始めとした各種族は、それぞれの種族に協力し互いに戦う事もあった。

 魔法とマジックアイテムという技術を見返りに。

 彼等の技術はたとえ時代遅れの古い技術であっても、他種族にとっては喉から手が出るほど欲しい最先端技術以上の業だった。

 間違いなく数世代は技術レベルが違うのだ。

 そうやってエルフやドワーフから授かった技術や知恵を、他種族は秘宝、秘奥と呼び丁重かつ厳重に扱った。

 それほどまでに力の差が有る2種族は世界の2大盟主と言っても過言ではなく、他種族にとっては逆らう事の出来ない恐ろしい存在だった。

 だがその2大盟主も大きな失敗を犯した。

 ドラゴンに喧嘩を売ってしまったのだ。

 当時世界中の種族がエルフとドワーフの陣営に付いた事で、戦線は完全に膠着した。

 同盟を組んでいた他種族もあまりに長引く戦争に嫌気が差し、戦からの撤退を考え始めていたほどだった。エルフやドワーフの長い寿命から来る時間感覚にとっては数日程度の長さでも、より寿命の短い他種族にとっては長く続く戦いだったからだ。

 そうした同盟国の気配を察した両種族は戦力の減少を恐れ新たな戦力の確保に動いた。

 それがドラゴンである。

 ドラゴンは恐ろしい魔物だが、上位のドラゴンは高い知性を持ち、意思の疎通が可能である。

 何よりもドラゴンは強力な魔物だった。

 しかし彼等はアプローチの仕方を誤った。

 ドラゴンを他種族と同様に支配できると考えたのだ。

 彼等は軍隊を引き連れドラゴンの聖域ドラゴンバレーへと足を踏み入れた。


 そして全滅した。


 ドラゴン達は一切の交渉を受け付けずエルフとドワーフの軍隊を攻撃し崩壊させ、それだけでは飽き足らぬとエルファンスとドギリズをも襲撃し国土を崩壊させた。文字通り更地となったのである。

 結果エルフとドワーフは、僅かな生き残り達を引き連れて隠れ住むようになった。

 そうした経緯があってドラゴンバレーは何人たりとも入る事の許されぬ聖域として認識される事となり、国家が崩壊したエルフとドワーフが姿を隠した事によって他種族は仮初の平和を手に入れて戦いは終わった。

 実に500年前の事である。


 そのエルフとドワーフ達が、再び行動を開始したと高柳さんは俺に語った。


 ◆ 


 俺は背の高い草が生い茂る草原に身を潜めながら隠れていた。


「エルフの森はあの先に広がる森全てです。見つかるとこの距離からでも警告無しで攻撃されますので絶対に立ち上がらないで下さい」


 エルフの国捜索の任を受けて偵察を繰り返していた緑肌の魔族が俺に念を押す様に警告してくる。コレで4度目だ。


「分かっている。うっかり警告を忘れた連中が何人も死んだのだろう?」


「その通りです。彼等の魔法は非常に強力で3km放れた距離からでもこちらの防御魔法を貫いて頭部を狙撃します」


 何処の凄腕スナイパーだよ。


「また見付からずに森に到着しても、警戒魔法が森の全域に張ってある為、一歩足を踏み入れた瞬間にエルフ達が殺到します」


 うーん警報装置も万全ですね。


「エルフの森というのは確かかつてのエルフ国と同じ広さに広がっているのだったな」


「その通りです」


 不思議な事に、更地にされたエルフの国は100年程で数十mもの高さの巨大な木々が生い茂る深いく雄大な森と化したそうだ。

 今も数mはあろうかという巨大な鳥が大木の枝に降りてきたが、枝はビクともしていない。

 そんな豊かな森林資源と土地を狙って多くの種族が侵略に動いた。

 エルフが弱体化した今こそ好機と。

 そして侵略を行った国の騎士団が、ことごとく壊滅し敗走した。

 国の上層部はそれをエルフの仕業と断定した。

 木々の急速な成長もエルフの魔法であり、自国の領土を侵した者達を処分したのだろうと。

 かつて自分達がドラゴンに行われた様に。

 そしてそれはドワーフの国でも同様だった。

 結果、他種族はエルフの国とドワーフの国は健在であると判断し、コレに手を出す事を自ら禁じた。


「警戒魔法を維持するには広すぎるな。魔法が弱くなる時間帯は有るか?」


「ありません。常に同じ魔力濃度で警報魔法は発動を続けています」


 複数人数で魔法を発動し続けているにしても、交代の瞬間は魔法の同調がずれてブレる事は有るし、その範囲は狭い。

 だと言うのに、数十キロはある森の全周を24時間覆い続けるなんて明らかに異常だ。

 高柳さんの言うとおりエルフが怪しいか。

 っていうか……


「何故そこまで怪しい場所を報告しなかったのだ?」


 どう考えてもこんなおかしい場所は報告するべきだろう。

 しかしマーデルシャーンの得た報告書にはそこまでの情報が記載されていなかった。

 明らかに情報が少ない。


「……ペリフィキュア様のご命令です」


「アイツか」


 風のペリフィキュア、魔王四天王の残り2人の内一人。風魔法のエキスパートだ。

 マーデルシャーンの記憶によればペリフィキュアは女の魔族で風樹族と呼ばれる魔法系種族だ。

 あと超神経質。そして行き遅れ。いわゆるお局様である。

 アイツが上にいるんじゃ仕方ない。っていうかここはアイツの担当区域だった。


「ペリフィキュア様の命令で上に提出するのなら確実な情報のみ記載しろ。憶測で物を書くなと厳命されておりまして」


 やっぱりかー。

 どうせ偵察が上手くいかないのも、部下が不甲斐ないからだとか思ってるんだろうなー。

 こんな内容の報告書を出したら自分の力量不足を疑われ他の四天王に手柄を奪い取られる、これだけ怪しい場所なら間違いなく何らかの手がかりを得られる筈だ。というのがペリフィキュアの考えだろう。

 上昇傾向が高強いというか、行き送れで焦る気持ちを出世で誤魔化そうとしているのがありありと見える。

 あー、直接現場に来て良かったー。うっかり現地司令官に挨拶に来ていたら間違いなくトラブルになっていた。だって今の俺はペリフィキュアの同僚でライバルな訳ですから。

 絶対嫌がらせを受ける。


「よく分かった。それでは私が偵察に向かう」


「だ、駄目ですよ!警報魔法があるんですよ!! 隠密魔法の使い手でも察知されて殺されてしまう程に危険な警戒網なんですよ!!」


 話を聞いていなかったのかと緑肌の魔族が俺を制止する。

 こんな時でも立ち上がらないのだからよほど狙撃が恐ろしいのだろう。


「分かっている。だから警報魔法を無視して直接中にお邪魔させてもらうのさ」


「む、無視する!? どういう意味ですか?」


 緑肌の魔族が困惑した様子で俺に答えを求めてくる。


「あの森の警報魔法だが、鳥を感知すると思うかい?」


「鳥……ですか?」


「そうだ、空を自由に飛び、エルフ達の警報魔法なんてお構いなしにやって来る鳥だ」


 緑肌の魔族は鳥をイメージしながら警戒網を突破できるか考える。


「……出来る、かもしれません」


「何故そう思った?」


「森だからです。虫や鳥、獣といった無数の生き物全てに反応してしまったら、常に警報が鳴り響きエルフ達は気が狂ってしまうでしょうから」


 なかなか聡い。流石は偵察員だけの事はある。


「その通りだ。恐らくエルフの警戒魔法は特定の大きさの相手をスルーする様に設定されている。更に空にも警戒魔法は掛かっていない。それはあの巨大な鳥が降りてきてもエルフ達が攻撃しないからだ」


 先ほどの巨大な鳥が降りても大丈夫なら空から行けば森の中に侵入できる。そして警戒魔法は森全域ではなく、森の外周にのみ張ってあるだろう。外側で敵を察知できるのだから内部にまで警報魔法を展開するなど魔力の無駄だからだ。


「まさか空から向かうおつもりですか!? 無理です! 例え夜でもエルフはこちらを攻撃してきます。連中には夜の闇も味方にはなってくれません!」


 という事は誰かが夜に侵入しようとして失敗したのか。


「大丈夫だ。一瞬で上空に到着すれば良いのだからな。こうやって……ディメンジョンジャンプ!!」


 次の瞬間、俺は大きな木の上に立っていた。

 ここはエルフの森の中、先ほど巨大な鳥が降りていた枝の反対側の枝である。


「たとえ警戒魔法があっても。転移魔法を使って潜入すれば何の意味もないさ」


 さて、偵察を開始するかな。

 俺は飛行魔法を発動して大木を降りていく。

 エルフに察知される可能性を考えると魔法は使いたくないが、俺が居るのは数十mはある大木の枝だ。

 はっきり行ってこんな大木を降りるのは至難の業である。

 うっかり足を滑らせて墜落死とかゴメンだ。

 それにエルフも警戒魔法を使っているから多分大丈夫だろう。


 ◆


 森の中は暗かった。

 大木の枝と葉が森を隠す為、光が地面まで届かないのだ。


「ドラゴンから姿を隠す為か」


 かつてドラゴンによって国土を焦土にされたエルフ達は、ドラゴンに見つからない様に大地を木々で隠したのだろう。そこまでする程にエルフ達がドラゴンから受けた攻撃は恐怖の対象だったのだろう。

 間違いなくトラウマになったんだろうなぁ。 

 だが疑問も有る。

 コレだけの広さの森をエルフ達はどうやって守っているのだろうか?

 幾ら警戒魔法が優秀でも、ドラゴンによって絶滅寸前にまで追い詰められたエルフでは圧倒的に数が足りない。

 薄暗い木々の下は落ち葉が積もっており、腐葉土の匂いがする為に匂いで判断するのは困難。

 更に周囲には巨大なキノコや大きな草が生えており、隠れ潜むにはもってこいだ。

 幾らエルフと言ってもコレだけ隠れ易い場所が多い森のを完全にカバー出来るのだろうか?

 普通に考えればNOだ。

 ならば何かタネがある筈。

 例えば周囲を動いている大小さまざまな虫や獣が警備員代わりになっているとか。

 ほらあそこのでっかいアリがこっちを見ている。

 チーターっぽい獣が俺に気付いてこっちに向かってくる。

 なるほど、森の魔物が番犬代わりなんですね。


「…………」


 逃げた。

 龍魔法を使って身体能力を全開にして思いっきり走った。

 飛行魔法を使いたかったが、この森の中では危なすぎて使えない。

 だが地の利の差があり過ぎた。

 腐葉土と落ち葉によるすべりやすい足場は、薄暗い森の中である事も手伝って歩みを遅らせる。

 攻撃魔法を派手に使ってはエルフに察知される為に仕える魔法の種類は限られる。

 範囲魔法も木々を傷付けると、巡回のエルフにバレる危険が高い為に使えない。

 結果、単発の魔法は非攻撃型の魔法になる。

 だが相手はこの森の中で生きてきた森の住人。周囲の障害物を巧みに使って攻撃をかわす。

 このままでは追いつかれる。そうなれば圧倒的な多勢で俺は殺されるだろう。

 ここは一時撤退するべきか。

 俺は転移魔法を発動させ、森から脱出した。

 した筈だった。

 だが転移魔法は発動しなかった。


「何!?」


 その動揺が、いけなかった。魔法を発動させる為に止まっていた時間で足の速い魔物達が俺に追いついていたのだ。


 そして、俺は喰われた。


 ◆


 目の前にかつて俺だった魔族、マーデルシャーンの死体がある。

 だがその死体は異常なまでに巨大だった。

 俺の視界にはマーデルシャーンの体が巨大ロボットもビックリの巨体に見えるのだ。

 そして周囲には真っ赤なアリ達が群がっている。

 このアリはさっき見た巨大アリの様な?

 でもあのアリは俺とそう変わらない大きさで……

 周囲を見回せば、山の様に巨大なアリが居た。

 ああ、母上様ですか。

 つまり今の俺はアリの子供に憑依してしまったのですね。

 そしてこのアリの子供の一撃が最後の一撃となってマーデルシャーンの身体を殺した。

 なるほど納得です。


 …………アリかー。

 ………………………………

 …………………………………………

 ……………………………………………………

 \アリだー!/

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