第59話 魔なる王子
「ルシャブナ殿下のおなーりー」
謁見の間の奥、玉座後ろのカーテンの横に居た騎士が、王子の登場を告げる声を上げる。
布のすれる音がした後、誰かの足音が聞こえてくるがそれを確認する事は許されていない。
一兵士でしかない俺には王子と顔をあわせる権利などないからだ。
「面を上げよ」
覇気に満ちた声が命じる。
俺はその声のままに顔を上げると、視線の先の玉座に若い男が座っていた。
彼こそが魔族の王子、王位継承権第一位ルシャブナ王子だ。
病で倒れた国王に代わって国を指揮し、ガイア征服を目論む諸悪の根源。
正直今すぐ切りかかって殺したい。
コイツの所為で俺は殺されて様々な身体を渡り歩く事になってしまったのだ。
確かに憑依する事を全く楽しんでいないという訳ではないが、それでも自分が殺される原因となったのだから憎くない訳が無い。帰る場所を奪われた怒りは確かに在るのだ。
だがそれは出来ない。ただ殺したいというのなら、俺が殺されても俺を殺したヤツの身体で再度襲えば良い。
傍目には只の乱心かクーデターにしか見えないだろう。
だがそれが出来ない理由があった。それは謁見の間に居るある男が原因だった。
魔王四天王、土のマーデルシャーン。
別名拷問のマーデルシャーンと呼ばれるその男は、敵対する相手にありとあらゆる拷問を行って情報を引き出すとされていた。
もし俺が殺されずに捕まったら、この男にあらゆる拷問を受けて【憑依】スキルの事を喋ってしまう危険が大きすぎるからだ。
そしてマーデルシャーンも強硬派の一人。俺が王子暗殺を行えば間違いなく背後関係を洗う為に拷問をするだろう。
それゆえ、今は大人しくしているしかなかった。
●
でだ、何故俺が王子とあっているかと言うと、それは魔王四天王マズロズが死んだからだ。
僻地に飛ばされたとはいえ、マズロズは間違いなく魔族有数の戦力。
これまで四天王が戦線に出て敗北などした事がなかったというのに、まさかの訃報。
上層部は乱れに乱れた。コレが平時ならば即権力争いに発展するのだが、今は戦時。
とても権力争いどころでは無い。
何しろ、魔族の内情はこの戦いに勝たねば元の魔力が枯渇しかけた世界に帰るしかないからだ。
だから四天王を撃退する程の戦力の存在は、魔族にとって恐怖そのものだ。
例え俺がタナボタで倒したといっても、人間という種に、四天王を打倒しうる力を持った存在が居ると確定したのだから。
実在したのなら、これからも現れると考えるのが必然。
で、そんな事実を隠したいのが上層部の、正しくは強硬派の考えなのだが、上層部には穏健派も居る。自分達が知っている以上穏健派も知っていると見て間違いは無い。
そうなればマズロズの死を隠す事は穏健派にとって強硬派の力を削ぐ好機となってしまう。
だから上層部は俺を英雄に仕立て上げて、人間などおそるるに足らず、魔族の強き者は四天王だけにあらずと宣伝する事にしたのだ。
こうなると四天王の権威が下がるんじゃね? と思うだろうがそこはそれ、苦肉の策という奴である。一応次期四天王候補という噂を流す事にするからそれっぽく振舞えと上司に厳命されたりもした。
で、話は戻る。四天王を倒した相手を倒したのだから、箔をつけなければいけないという理由から国王代理である王子と面会する事になったのだ。
「此度の活躍見事であった。四天王マズロズが打ち倒された事は残念ではあったが、その代わりにお前という英雄が誕生した。これからも励めよ」
俺は感謝の言葉の変わりに深く頭を下げる。
王族に対して許可なく話しかける事は厳しく禁じられているからだ。
ぶっちゃけ平民がうっかり機嫌を損ねて処刑されないようにという配慮でもある訳だが。
大臣か紙を広げてそれを読み上げる。
「イドネンジア方面部隊小隊長バグロムには百人長の地位を授けると共に褒美として魔金貨100枚を授けるものとする」
百人長、それは魔族軍隊の階級だ。一般兵は単に兵士、兵士を纏める小隊長は一人長、小隊を複数纏める隊長は百人長、更に百人長を複数纏めるのが千人長と呼ばれる。以下同じ様に万人長が上に居て、その上が将軍、さらに上が四天王となる。四天王は将軍よりも上だが、皇帝直轄の戦力なので、半分は独自戦力として理由があれば独自行動を許される。
魔族には地球の軍隊みたいに細かい隊分けや複雑な階級設定は存在しない。そこら辺は人間達の国もそうだが。
基本強いヤツが上、平民でも活躍すれば上へいける。実際四天王の中にも平民上がりは存在する。
と、いうより軍隊内に貴族枠と平民枠が最低数ある感じだ。
「マズロズを打ち倒した相手を倒したお前に百人長程度の地位しか与えてやれんのは残念だが、これもルールだ、許せ」
ルシャブナ王子が残念だといいながら俺に詫びる。
その声音からは本気でいっているのか社交辞令なのかは分からない。
「コレにて謁見を終了する。ルシャブナ殿下の退席、一同頭を下げよ!」
騎士の言葉に全員が頭を下げてルシャブナ王子の退席を見送る。
そして再び布の音がした後で後で、大臣が声をあげる。
「バグロム百人長は従者に案内に従い、兵舎へ向かえ。そこで貴公の新たな任務を授ける」
「バグロム様、こちらへ」
俺は従者に促されて謁見の間を出た。
◆
兵舎へとつれてこられた俺は、その中の一室に案内された。
ドアは両開きでエラい大きい。
「こちらでお待ち下さい」
それだけ言うと、従者はさっさと出て行ってしまった。
部屋の中には誰もいない。
仕方がないので部屋の中を観察する。
広さは12畳間くらいか。 個人の部屋としては広い。
というか、ベッドが無い、あるのはテーブルと椅子くらいだ。
何というか地球に居た頃に見覚えがある家具構成である。
いわゆる面談室とかいう類の部屋だ。
「おお、待たせたな!」
突然ドアが開けられ、デカイ声が部屋中に響き渡った。
見れば入り口には3mはあろうかという巨体の大男が立っていた。
男の肌は赤黒く、明らかに普通の人間とは異なっていた。まぁ3mって時点で普通じゃないんだがな。
だが魔族ではそんな巨体は珍しくない。もっと大きいヤツが居るくらいだ。
「俺はボークシャー、階級は千人長だ、人間達がメリッケ大陸と呼んでいる土地にある国をいくつか受け持っている」
「お、私はバグロム百人長であります!」
ボークシャーは笑いながら楽にしろというと、どかっと椅子に座った」
「おう、お前も座れや。早速だがお前には俺の担当の1つであるメリケ国っていう国を攻撃する任務を任せたい。この国は昔から勇者っていう厄介な連中を召喚する国でな。俺達も苦戦しているんだ」
「メ、メリケ国でありますか!?」
「何だ知っているのか?」
しまった、迂闊だった。
「い、いえ。今まで海の向こうの僻地でしたので……」
「ああ、そういう事か。ありゃあ俺達が負けた時の為に、大陸から離れた小さな土地に避難する為の作戦だったって話だ」
「避難でありますか?」
コレはバグロムの知識に無い情報だな。
「俺達が負けたら魔力の絞りカスみたいな故郷に戻るしかなくなるだろ? そうなったら俺達はおしまいだ。だから人間達が滅多に来ない周囲が海に囲まれた狭い土地を確保しておきたかったんだよ。けど担当してた連中が僻地だから最低限の人数でいいだろって兵の数をケチった所為で、現地に商売に来ていた大陸の商人に逃げられて、大陸の連中にバレちまった。マズロズ様が向かったのもその尻拭いだな」
成程、そう言う理由があったからわざわざ海の向こうの島国を狙ったのか。
「まさかそれがあんな事になっちまうとはな」
マズロズの戦死を思い出して神妙な顔つきになるボークシャー。
「だがよくやってくれたぜ! お前の活躍にはマズロズ様もお喜びだろう!」
バンバンと背中を叩かれるとスゲー痛いんですけど。
「でだ、さっそくお前に部下を紹介したい。付いて来い!」
おお、俺にも部下が付くのか! 今までの憑依先だとまともな部下ってエイナルくらいだったからなぁ。
魔族の部下とはどんなんだろうな? サキュバスとか居るかな?
いや、うわきじゃないよ。知的好奇心だよ。
◆
兵舎を出た俺達はその横にある建物へと向かう。
「あれだ、あいつ等がお前の新しい部下だ!」
「誰が俺の部下……」
「そうだ、ゴブリン33、ホブゴブリン12、ゴブリンメイジ3、ゴブリンヒーラー2で計50人のゴブリン部隊だ!!」
……ゴブリンしかいねぇじゃねぇか!!
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