第36話 没落

 大商人バードナのパーティに招待された客の多くが倒れた。

 突然の事にパニックに陥る会場であったが、即座に警備員と招待客の護衛が対応し、屋敷の中の人間を全員拘束し犯人の逃亡を妨害する。

 倒れた招待客達はお抱えの回復魔法使いが治療する事ですぐに回復した。

 毒殺を警戒して回復魔法使いを控えさせるのは貴族や大商人にとって必須なのである。

 その後の調査によって料理に睡眠薬が盛られていた事が判明し、大規模な盗賊団が招待客を誘拐するつもりだったのではないかとの推測がなされた。

 と言うのも、毒で殺さずに眠らせたと言う事は、何らかの意図で利用するつもりだったと考えられたからだ。

 それを踏まえて警備員達は俺達スタッフを集め尋問した。

 それは犯人を捕まえて客の怒りを和らげる為……いや、犯人に怒りをぶつけさせる為だった。

 何しろこのパーティは貴族や大商人しかいない正真正銘のVIPのパーティである。

 そんな大物ばかりが集まる場所で、参加者の大半に薬が盛られたのだから警備員達の責任は重い。

 特に責任者の命が危ない。

 そんな訳で少しでも責任を軽くする為に彼等は必死で犯人を探した。

 料理人、料理を運ぶ使用人、ソムリエ、食器を用意した使用人、パーティ会場を設営した使用人。

 だがこんな状況で自分が犯人だと自白する犯人など居る訳がない。

 必然的に犯人を決定する流れになっていく。

 そうなると犯人として相応しい説得力を持った生贄が求められる。

 そんな訳で料理人、、料理を運ぶ使用人、ソムリエ、食器を用意した使用人が候補に絞られた。

 その間に別の警備員達が食事を詳しく調べた事で、酒に薬が入っていない事が分かりソムリエは解放された。まぁ解放と言っても第一候補から外れたってだけだが。

 更にその中から料理人が外された。

 と言うか料理人は外さないと不味かった。

 俺達はバードナが邪魔者を始末する為の宿のスタッフだ。

 そんな俺達を犯人にすれば宿のオーナーにも飛び火する上に、道連れとして今までの悪事を暴露される危険があったからだ。

 そうした理由から俺達はバードナの一存で候補から外された。

 後で気付いたんだが、もしここで同僚達がメリネアの事を喋っていたら俺が犯人と断定されてもおかしくなかったと思い至ってぞっとした。

 だって独身男の所に明らかにつりあわない絶世の美女がやって来て一緒に暮らしてるなんて幾らなんでも怪しすぎるだろう。

 まぁ同僚達が言わなかったのは間違いなく保身の為だろう。

 自分達もオーナーに従って罪を犯しているのだが痛い腹を探られたくないのは当然の事だ。

 結果、警備員達は使用人の一人を犯人に仕立て上げた。

 もっとも、その犯人は後ろめたい仕事用の浮浪者上がりの使用人であった訳だが。

 何でそこまで知って居るのかって? そりゃ簡単、俺の死体を引き取りに来た男の一人だったからだよ。

 俺に手刀を叩き込まれた男ね。

 こうして事件は一旦収束した。

 事件は盗賊団の一員が従業員として入り込んでパーティ会場に薬をばら撒いたという事になった。

 めでたしめでたし……と言う訳にはならなかった。


 ◆


 それから暫くが経ち、大商人バードナの店はボタクール商会の経営は非常に苦しくなっていた。

 パーティで賊に薬を盛られた件は内密となったが、人の口に戸は立てられない。

 ボタクール商店のパーティで人が倒れたという噂がひそやかに流れ、ボタクール商店の仕入れた食材が売れなくなったのだ。

 日本でも食中毒が発生した店は客が激減して大変な事になる。 

 お偉いさん達をもてなすパーティで食中毒を出すような店が客にまともな物を出す訳が無い。

 バードナ自身は人格者の評価を得ているが、あの店には馬鹿息子であるリルガムが居た。

 利益を出すためならどんな卑劣な事もできる。

 バードナが知らずともリルガムが勝手に安さだけがとりえの質の悪い仕入先に変えたかもしれないと。

 噂は悪意をまとって王都中に流れた。

 勿論噂の出所は俺ではない。

 俺は疑いの目を向けられない様に真面目に仕事をしていたからだ。

 まぁ俺が働いている宿も食中毒事件が原因で今やすっかり閑古鳥だ。

 泊まるのは何も知らずに遠方から来た金持ち客くらい。

 オーナーも頭を抱えている事だろう。

 更に悪い事は続く。

 ボタクール商店の扱っていた商品と同じ物を他の商店が販売し出したのだ。

 完全にボタクール商店つぶしである。

 あるいは警備員の怠慢で薬を盛られた事への報復であろうか? 

 多くの商店が都合よくボタクール商店の扱っている商品を互いにかち合わない様に仕入れ、ボタクール商店よりも安く売り始めた。

 結果、ボタクール商店から客が消えた。

 客が来なければ商品は売れない。

 商品が売れなければ金が入らない。

 金が入らなければ役人達に鼻薬を嗅がせる事はできなくなる。

 バードナは王都の商人達から包囲された。

 逃げ道は無い。

 こうなるとバードナに残された方法は少ない。

 1つはこの国から逃げ出して新天地で新しく商売を始める事。

 もう1つは商売から足を洗う事だ。

 バードナの稼いだ金なら彼一人が余生を過ごすだけの金は用意できるだろう。

 少なくともギリギス国と周辺国での商売は不可能だ。

 そしてバードナは逃げる事を選択した。

 この状況では過去に行った悪事が誰かの口から漏れる心配がある。

 そして金が稼げない以上役人に鼻薬を嗅がせる事が出来ない上に薬を盛られた件で貴族達の印象は最悪。

 現に大手貴族との取引を停止されてもいた。

 しかしこのまま逃しては意味が無い。

 俺はバードナの逃亡に付いていく事にした。

 幸いにも料理長達が同じ理由で王都を逃げる事にしたからだ。

 宿のオーナーもこれ以上の経営は不可能と判断し、バードナと一緒に逃げる事を選択した。

 恐らく異郷の地でコレまでと同じ様にバードナの邪魔者を始末するのだろう。

 悪事の利益は甘い。オーナーはその蜜の味を忘れる事が出来なかったのだ。

 そうして、全財産を詰んでバードナは俺達と共にギリギスから夜逃げしたのだった。


 ◆


「はい、おしまいっと」


 俺は睡眠薬で眠ったバードナ達を始末した。

 全員を始末する為に遅効性の強力睡眠薬入りの食事を食べさせて眠らせる。

 そうして意識をなくしたバードナ達なら、戦えない俺でも殺すのは用意だった。


「おしまい?」


 バードナ達の後ろからこっそり付いてきていたメリネアがやって来る。


「ええ。終わりました。じゃあ次の町に行きましょうか」


「次はお魚が食べたいわ」


 干し肉に飽きたらしいメリネアが魚を所望してくる。


「では次は海の町を目指しますか」


「お魚楽しみだわ。大きなお魚が居るといいのだけれど」


 メリネアの希望は叶う事になる。

 次に目指した町では全長50mを超える大魚と遭遇する事になるのだから。

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