第37話 潮の町
「潮の匂いがするわね」
俺と屋台を背中に乗せたメリネアが風に身を委ねながら告げた。
「と言う事はそろそろ海が見えてきますかね」
ギリギス国を出た俺達はバードナから奪った荷物を持って旅を再会していた。
旅の途中に寄った町で荷物を売りながら食料と交換して歩き続ける。
そんな生活を一週間くらいした所でメリネアが飽きた。
ドラゴンである彼女にとって人間の速度でのろのろ歩くのが面倒になったのだ。
「たまには空を飛びたいわ」
ずっと人間体だった所為で窮屈になったらしい。
そうした理由から俺はメリネアに乗って空から海辺の町近くまで行く事にした。
「やっぱり空は良いわね。風を感じて、時折遭遇する鳥や魔物を食べて翼を羽ばたかせる」
いまなんか物騒な単語が飛んだ気がする。主に空の住人にとって。
「貴方様もまた空を飛べるようになると良いわね。そうすれば一緒に空を飛べるのに」
「…………そうですね」
共に空を飛んだ事を思いだして懐かしい気分になる。
「また一緒に飛びましょう」
「でも、貴方様を乗せて飛ぶのも悪くない気分だわ」
◆
町の近くへとやって来たメリネアはそっと森に下りる。
街道に下りると人間を驚かせてしまうからだ。実際には驚くどころではないが。
そして森から街道へとやって来ると、遠くから土煙が近づいてくる事に気付いた。
「なにかしら?」
「さぁ」
年の為荷物を載せた屋台を道の端へ寄せてから進む。
だんだん土煙が近づいてくる。
その頃になると土煙の正体も見えてきた。
それは騎士団だった。
重厚な鎧に身を包んだ騎士の集団がこちらに向かって走ってきていたのだ。
「そこの荷車止まれ!」
騎士の集団から静止の声がかかったので大人しく止まっておく。
騎士達が近くに寄ってくる。
が、そこで予想外の事が起こった。
「ヒヒーン!!」
「うわ、どうしたんだ一体!?」
「落ち着け!」
騎士達の馬が一斉に叫びだしたのだ。
「まさか、例の魔物が近くに居るのか!?」
すいません、魔物は知りませんが原因は間違いなくウチの嫁です。
明らかに馬達はメリネアに怯えている。
宝石龍であるメリネアの本性に。
「どーどーどー」
「落ち着けラロッド」
「そうだ良い子だ」
意外にも騎士達がなだめると馬達は大人しくなった。
流石軍馬、魔物との戦闘の為に訓練されているって訳か。
良いなぁ、軍馬欲しい。そう考えるとイルミナの時に売った軍馬が惜しくなってくる。
あの馬がいれば今頃旅が楽だっただろうなぁ。
「この近くにドラゴンが現れたとの報告があった。何か見ていないか?」
騎士達がランスを構えて周囲に目を配る。
なるほど、メリネアが目当てだったのか。
目立つもんなぁ、全身が宝石で出来た真っ赤なドラゴンなんて。
「いえ、私達は見ていません」
「そうか。ドラゴンでなくとも危険な魔物である可能性が高い。空を飛ぶ魔物は非常に危険だ。暗くなる前に町まで行くと良い」
「町まではどれくらいで付くのですか?」
「馬ならば四半時だが、荷車を引いていくのなら昼間までにはポナリの町に着くだろう」
「ありがとうございます」
丁寧に教えてくれた騎士に礼を言って俺達は町へと向かった。
◆
「活気のある町ね」
「ええ」
メリネアの言うとおり、ポナリの町は非常に活気に溢れた町だった。
肌の色の違う人、耳や尻尾の映えている獣人、鱗の生えた蜥蜴人など多くの種族が町には溢れかえってい
た。
「獲れ立てのイワシはどうだい!」
「今日は良いマグロが入ったぜ!」
海の町だけあって魚屋が多いな。
「マグロ」
メリネアの視線がマグロにロックオンされている。
「じゃあ買いますか」
「良いの?」
とか良いながら今すぐかぶりつきたい感じだ。
「そう言う約束でしたしね。暫くはこの町でのんびりしましょう」
「ええ、そうしましょう!」
とても良い笑顔でメリネアが賛同する。
「すみません、そのマグロを一匹頂きたいのですが」
「兄さん商人かい? 氷魔法が使えないとコイツは内陸まで運べないよ」
見覚えのない顔だから旅人と気付いたのだろう。海魚について教えてくれる。
「刺身は氷魔法がないと内陸で刺身にするのは無理だ、痛んじまう。どうしても刺身が喰いたいのなら町で取れたのをその場で食べた方が良い。商品として運ぶのなら向こうの通りにある店に塩漬けや酢漬けにしてる店があるからそこに行きな」
「教えてくれてありがとうございます。でもこのマグロはここで食べる為に買うんですよ」
「一匹丸々か?」
「ええ、よく食べる人が居るので」
「だったらここで食べてけよ。捌いてやるからさ」
「良いんですか?」
「ああ、美味そうに食べてくれれば客が増えるからな」
中々に商売上手だ。
「ではコレを1つ」
「毎度金貨500枚だ」
「高っ!」
商人の言葉に驚かされる。
「マグロは高いよ。金がもったいないのならそっちの安い魚を沢山買いな」
「……」
メリネアが俺の袖を掴み視線で訴えてくる。
この食いしん坊め。
「いえ、このマグロでお願いします」
「毎度。このショウユとワサビもつけて食べると美味いぞ」
明らかに日本人が教えたであろう食べ方だ。
代金を渡すと早速店主がマグロを裁き始める。
「ヘイ一丁。お連れさんは後から来るのかい? その人等の分は後で捌くか?」
「言え、俺達だけですのでドンドン切ってください」
「何?」
店主が怪訝そうな顔をする。
だが店主は直ぐにその理由を思い知る事となった。
「お代わり」
あっという間に食べ終わったメリネアがおかわりを要求する。
「お、おう早いな」
店主が切ったマグロを纏めて醤油とワサビにつけて一口で食べる。
「お代わり」
店主が汗をたらす。
「豪快なお嬢さんだな」
「ははは……」
凄まじい勢いでマグロの刺身を食べるメリネアと急いでマグロを捌いていく店主。
それは餅突きの杵と臼の呼吸の様にシンクロしており、その流れるようなダンスを珍しがった商人や旅人達が眺めていた。
◆
「コ、コレでおしまいだ」
最後の一切れを切った店主から最後のマグロを受けとったメリネアがこれまたあっさりとマグロを口の中に収める」
「とうとう最後の一枚まで食っちまったぞ」
「マグロ一匹を一人で食い尽くしちまった。何て嬢ちゃんだ!」
見物人達が無責任にメリネアを称え始める。
やめてそういう無責任な煽り。
「金貨500枚が一時間も経たずに……」
「どんな胃をしてるんだ」
ドラゴンだもんなぁ。
「満足されましたか?」
「ええ。それじゃあ昼食にしましょうか」
「「「「まだ食うの!?」」」」
その日、ポナリの町に美食の女神と呼ばれる一人の女の伝説が生まれた。
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