第11話 牛丼令嬢
「なるほど、それで貴方はカナ君達に助けられてここまで逃げて来た訳ですか」
「はい」
俺はビクターさんに問われるままにメリケ国の情報を、貴族令嬢が知っていてもおかしくない範囲で答えた。
大事なのは、可能な限り嘘をつかず情報を与えすぎない事である。
この世界にはスキルがある。
そしてスキルとはデタラメな力だ。
俺が覚えているエイナルの記憶には、とんでもない力を持つ勇者達が沢山居た。
カナちゃんやサクヤちゃんという実例も目の当たりにした。
何より俺の【憑依】スキルという、死んでから効果を発揮する恐ろしいスキルもあるくらいだ。
そう考えると、目の前のビクターさんに心を読むスキルや嘘を感知するスキルが無いとも知れない。
だからなるべく重要な場面では嘘はつきたくない。
少なくともスキルを持っていないと分かるまでは。
全く、嘘はよくないという言葉を、自分の身に及ぶかもしれないリアルな危険として意識する日が来るとはな。
不幸中の幸いなのは、スキルを持つ者は決して多くないという事だ。
強大な力であるが故、それを持っている者は少ない。
だからこそ、メリケ国の王は俺をできそこないとして殺した訳だしな。
「宜しいでしょう。イルミナ=バソーさん、貴方をこの町で保護させて頂きます」
ビクターさんが俺の保護を承知してくれる。まずは第一段階成功だ。
「良かったですね、イルミナさん!」
カナちゃんとサクヤちゃんが一緒になって喜んでくれる。良い子達だ。
「ありがとうございます」
「ですが私達では貴女を養う事は出来ません。多少の支援はしますが生活費はご自分で稼いで頂きたい」
ビクターさんが申し訳なさそうに謝罪してくる。良い人だ。別に自分の責任では無いだろうに、おそらくは俺が貴族の娘だから平民に混じって暮らすのは大変だと哀れんでいるのだろう。
だがその心配は無用だ。
「その件なのですが、少々相談したい事がございます」
◆
「牛丼並み一丁!」
「はい、牛丼並み一丁!」
町の一角、決して人の流れが良いとは言えない立地で、その店は盛況だった。
牛丼イルミナ、それがこの店の名前だ。
俺はあの後、騎士団から盗んだ軍馬の買取をビクターさんに申し出た。
逃げ続ける訳でもない俺にとって、馬の世話と維持は負担でしかなかったからだ。
そしてそれは、俺が商売を始める為の予算を手に入れる絶好のチャンスとなってくれた。
少々意外だったのは、ビクターさんがその申し出を快く受け入れてくれた事だ。
ビクターさんとしても、戦闘から伝令まで幅広く使える鍛えられた軍馬は喉から手が出るほど欲しい逸品だったらしい。
お陰で軍馬はかなり良い金になった。そりゃあ三国志で武将達が名馬を欲しがる訳である。
軍隊が鍛えた戦闘に足る馬がそれなりにお金を払えば手に入る。
それは今日までかけられた教育などの手間暇を金で買う事と同義であるからだ。
この車の無い世界で、チューンナップされた高級車に等しい馬を欲しがらない訳が無い。
そんな訳で、思いがけず手に入った大金で俺は牛丼屋を開いた。
なにしろこの世界には牛が居て、更に米もあったからだ。
日本から召喚された時に誰かが持ち込んだのか、それとも異世界にたまたま同じ植物や動物が存在していたのかは分からない。
けれど居たのは事実である。
俺はそこから、簡単に作れて皆が大好きな牛丼を作る事にした。
社会人にとって、美味しく食べられ腹が膨れる良い事尽くめの料理である。
何より大量に作れるのが良い。
結果は大当たりだった。
この世界で米は外国のようにおかゆにして食べるものだった。
それがモチモチで食べ応えがあって腹持ちも良く、牛肉と一緒に1つの丼でかっ喰らう事が出来る牛丼は労働者達に大うけだった。
直ぐ出来て食べ易く美味く安い。
この4点が忙しく貧しい彼等には魅力的だったのである。
お陰で俺の異世界出店はでだしから好調だ。
何故貴族令嬢の俺が異世界の料理を知っているか、後でカズキ君達に問われそうだが、それは召喚された勇者に聞いたとでも答えるとしよう。
とにかく。俺は漸く異世界で安定した生活を手に入れたのだった。
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