決意

「待ってるぞ…安藤快くん」

 僕は、防空壕をあとにした。外に出ると、夕暮れ時だった。

 森を出て、家に戻る。しかし家は既に、燃えてしまってそこには無い。そこは廃墟と化していた。そう、僕にはもう、帰る場所が無いのだ。

 あてもなく町を歩いていると、スマートフォンを手に持った人々ばかりとすれ違う。スマートフォンの画面ばかりみて、まわりには全然興味を示していない。人にぶつかっても知らん顔。そんな人が大勢いた。僕もスマートフォンを末永に壊されていなかったら、あっち側の人間だったかもしれない。ただスマートフォンばかりを見て、他人と直接関わることを避けて過ごす日々。なんらかの情報を仕入れても、興味がなければ頭から自然消滅する。そう、自分のやりたいことも見つけられないまま、なんの刺激の無いからっぽの日々をただ過ごして、歳をとっていく人生を過ごしていたのかもしれない。そう思うと町を行き交う、スマートフォンに依存している人々が、だんだんと哀れに思えてきた。

 そう、依存しているのだ。スマートフォンに限ったことではない。自分の面倒を見てくれる両親への依存もそうだ。人々は依存から、自力で抜け出すことができない。だから、黒沢シロウ達は、その手伝いをするために、カイカイカイを設立したのだ。人々を依存から解放するために。

 かつて僕のスマートフォンを壊した末永に対する怒りは、いつのまにか消え去っていた。むしろスマートフォンが無くなってせいせいしたと思う。目が痛くなるようなスマートフォンの光を毎日浴びていた僕の目は、毎日のように充血していた。しかし今はそれがなくなった。

 僕の部屋を<キヅキの木槌>でめちゃくちゃにした喜与味や、離婚して僕のもとを去った母、家を燃やして自身もこの世を去った父。それぞれに対する怒りも、すでに僕の中から消え去っていた。もはやそんなこと、どうでもいいのだ。僕には元々、大事なものが何一つなかった。だから、失ってもどうってことはないのだ。そう、これから何をしても、僕は平気なのだろう。

 僕は<キヅキの森>に戻り、例の防空壕へ再び黒沢シロウへ会いに行った。そして、秘密結社カイカイカイの壊し屋に入ることを決意した旨を伝えた。

「そうか、よろしくな。今から君の事を、カイと呼ばせてもらう。ところでカイ、仕事には、見習い、もしくは研修というものがあるよな。君にはしばらくの間、壊し屋の仕事を覚えさせるために見習いとして、こいつと一緒に仕事をしてもらう。」

 すると、シロウの背後にある扉が開き、二十代前半くらいのポニーテールの女性がひとり、防空壕に入ってきた。彼女の唇は、とても分厚かった。

「彼女は笹井だ。君は今日からしばらくの間、彼女と一緒に仕事をしてもらう。頼んだぞ、笹井」

「承知しました」

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