はぐれもの

 時代の進歩が、新しいものの普及が、人々から感動を奪っていく。

 末永さんは、自分の孫に古きよき時代の話をよくしていたらしいの。けれでもそのお孫さんは、全然興味を示さない。遠い過去の話なんて興味がないのでしょうね。携帯電話をいじりながら、話半分に聞いていた。適当にあいづちだけ打って、末永さんの話にはまったく興味を示さなかったそうよ。孫がわしの顔をみて話を聞いてくれないって、わたしに愚痴をこぼしていたわ。よほど寂しかったんでしょうね。まったく相手をされていないような気がして。

 昔と比べて、人の表情から感情を読みづらくなったとも言っていたわ。おそらく機械とばかり相手をしているせいで、表情が硬くなっていったんだろうって。自分とまわりの人間との間に、見えない分厚い壁が存在しているように感じたらしいわ。あんな機械、みんな壊れてしまえばいい、無くなってしまえばいいって、口癖のように末永さんは言っていたわ。

 そして六十代後半になった末永さんの脳には異常が起きはじめていたそうよ。同じことを何回も喋ったり、五分まえにやっていたことがわからなくなるといった症状が、日を増すごとにひどくなっていったらしいの。そしてだんだんと、家族から相手にされなくなっていった。そしてある日、末永さんを施設に入れようと家族が相談しているのを立ち聞きした。それを聞いて、自分はまだ元気だ、施設に入る必要など無いと抗議した。けれども聞く耳もたれなかった。暗黙の多数決。小さな意見は大きな意見に飲まれてしまう。

 自分は家族に邪魔にされている。迷惑をかけているのだ。そう悟った末永さんは、死を決意したの。そしてこの森にやってきた。そして、少年の霊と出会ったの。そして、さっき書いたとおり、少年の思うがままに、原稿を書き続けてきた。同情したのよ。生まれ付いて霊能力があったせいで拒絶された自分と。また、流行についていけずに孤立した自分と。そして、わたしと出会った。わたしも末永さんもその少年も、同じだったのよ。

 ひょっとしたら、この森を訪れる人すべてが、同じなのかもしれないわね。細かいいきさつは違っても、結局は<孤独>という、同じ共通点に到達する。<キヅキの森>は、はぐれものを呼び寄せるのかもしれないわ。命を落としたはぐれもの達が、新たな仲間を求めているのかもしれないわね。

 末永さんから、わたしはいろんなことを教わった。読書の習慣がなかったわたしに読書を進めてくれたり、小説を書くことを教えてくれた。自分の心の中を文章に綴ることで、心のもやもやが開放されることも教えてくれた。

 でもわたしは、小説家になり自分の小説に集中するあまり、最近では末永さんの相手をしなくなってしまった。寂しかったでしょうね。そしてとうとう、末永さんをあんな風に、死なせてしまったのよ。事故なのか、自殺なのかはわからない。でもわたしが末永さんに気を配っていたら、あんなことにはならなかったかもしれない。悔やんでも悔やみきれないわ。結局わたしも、最後には末永さんを拒絶してしまったのよ。』


 原稿はそこで終わっていた。隣で喜与味が、悲哀の顔をしている。彼女の目は涙でにじんでいた。

『読んでくれてありがとう』

 志摩冷華は、原稿用紙の端にそう書いて、微笑んだ。


 気が付くと、さっきまで本を読んでいた学ランの少年の姿が無かった。僕らが志摩冷華の原稿に集中している間に帰ったのだろうか。

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