異世界をビッグデータの力で無双する
「うっ、ここは……」
先程まで、オフィスでデータ解析業務に勤しんでいたはずの私は、気が付くと、見知らぬ大草原に一人立ち尽くしていた。遥か遠くには、巨大な島が空に浮遊しているのが見える。ここが地球でないのは、明白だ。
「何てことだ、これが最近トレンドの異世界転移というやつか」
突如、現代日本とかけ離れた異世界に飛ばされたら、普通の人間は困惑するだろう。しかし、私は冷静だった。なにせ、私には異世界を生き抜くための圧倒的な課題解決スキルがあるのだから。
私の仕事は、いわゆるデータサイエンティストと呼ばれる職業だ。
簡単に言えば、ビッグデータを機械学習やデータマイニングの手法によって解析することで、ビジネス環境におけるクライアントの意思決定支援を行うという、最高にクールな職業である。
他の転生者や転移者と比べ、データの分析に関して、私は絶大なアドバンテージを持っているのだ。
膨大なデータを集め、活用する事で、あらゆる局面において、常に最善のソリューションを選択できる、これこそ最強のチートスキルではないだろうか。
ところで、異世界に来た人間が、成功するか否かは、3年後を見据えた明確なビジョンを持ち、早急に自らをブラッシュアップできるかに掛かっているとされている。それができなかった転生者や転移者は、悲惨な末路を迎えることになる。
異世界に飛ばされた現代人の90パーセントは、一年以内に死亡するというデータさえあるのだ。
「まずは、データを集めないとな」
私のデータサイエンティストとしての本能が騒ぎ始めた。
ビッグデータの力で、異世界を無双する。
そして、3年後には、美少女を集めてハーレムを作り、農園を経営しながら、スローライフを送るのだ。そのためにも、この世界に関するデータが必要不可欠だ。
「おっ、あんなところにゴブリンがいるではないか」
少し離れたところに、一匹のゴブリンがくつろいでいるのが見える。これは、チャンスだ。ゴブリンは、異世界転移・転生をテーマにした作品の88パーセントで、初心者が経験値を稼ぐためのザコとして扱われているという、統計学的なデータがあるのだ。
私は、自らの異世界ファンタジー作品の読書経験を元に、瞬時に脳内でクラスター分析を行った。クラスター分析では、対象がどんなグループに分類されるかを解析できる。今回は、ゴブリンが一体どのくらいの強さのモンスターに分類されるのかを調べた。
【ゴブリン モンスター強さランクF どうしようもないザコ】
やった、どうやら、私の予想通りのようだ。
ゴブリンは、最低ランクのモンスターだ。
このゴブリンには悪いが、私の経験値とデータ収集のために、死んでもらおう。
いきなり、戦闘に入るのは危険だという意見も一理ある。だが、異世界においては、ASAP(よく分からないが、出来るだけ迅速に行動すること的な意味)を徹底する事が重要なのだ。
私は、近くに落ちていた石を拾い、狙いを定めてゴブリンに投げつけた。
石がゴブリンの頭に直撃した。
一瞬よろめいた後、私の方を振り向くゴブリン。奴は、怒りの表情を露わにし、私に向かって突撃してきた。
私は、かつて通信教育で学んだ空手を思い出し、応戦の構えを見せる。まさか、こんなところで役に立つ日が来るとは。
私の最初の獲物になることを光栄に思うが良い!心の中で、そんなセリフを吐きながら、奴の攻撃に備えた。
勝負は、一瞬だった。
ゴブリンが跳躍し、私の脳天を棍棒で叩き割ったのだ。
「なんて事だ……ゴブリンがこんなに強いなんて、聞いてないぞ……」
固く重い棍棒が、何度も私の体に振り下ろされる。肉が潰れ、骨の砕ける音が、草原に響く。
先程まで感じていたはずの激痛も今は感じない。目の前がぼやけ、意識が闇に落ちていく。
ああ、まだ死にたくない。
しかし、残酷にも、私の人生はここで終わってしまった。
*
真夜中の暗いオフィスの中で、目を覚ます。
いつの間にか、眠ってしまったらしい。
三日間、一睡もせずに働き続けているのだから、無理も無い話だ。
それにしても、ひどい悪夢だった。
広い部屋の中心には、巨大なスーパーコンピューターがある。
私は、現実に引き戻された。
そう、私はデータサイエンティスト。
といっても、データの分析は全てスパコンがやることだ。
このオフィスで、何のデータかも分からない膨大な数値をひたすら入力し続けるのが、私の仕事なのだ。
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