◎小人さんを探して。


 この世界には、小人さんがいるそうです。

 わたしはまだ見たことありませんが、それでも彼は見たことあると言っていました。

 小人さんに会ったことあるんですか! と問いかけると、「う、うん。たぶん」と答えていました。彼が言っていたので本当なんだと思います。


 わたしは見つめます。この世界の中、どこに小人さんがいるのでしょう?

 本を見つめます。これは、小人を見つける絵本なのです。

 彼はもう見つけたといいました。話したといいました。だけどわたしはまだ見つけられません。唸っても、声をかけてみても、小人さんは見つからないのです。


 どうしたらいいのでしょうか。

 もしかして、わたしは小人さんに会う資格がないのでしょうか。

 彼は出かけてしまいました。

 ひとりで小人さんを探します。ベッドの上に広げている本を眺めながら、わたしは小人さんを探しています。


「あれ?」


 声に出して気づきました。

 もしかしてこのページにはいないのでしょうか。

 念のために次のページを見てみます。

 隅から隅まで探しても見つかりません。

 小人さんはどこにいるのでしょうか。

 もう一ページ、もう一ページと、わたしはページをめくっていきます。十四ページで裏表紙になりました。ちょうどわたしの歳と同じです。偶然ですね。

 じゃなくって。


 小人さんは見つかりません。

 どこにいるのでしょうか?

 本を見ているのに疲れたので、わたしは一度立ち上がると部屋の中を見渡しました。

 そのとき、視界の隅をなにかが横切ったのです。

 もしかして小人さん?


 わたしは部屋を隅々まで眺め、それだけでは飽き足らずに、ベッドの下、クローゼットの隙間、テレビ台の下を探します。どこにもいません。気のせいだったのでしょうか。

 部屋の中を歩き回って、探し回って、疲れたので一度ベッドに腰掛けます。

 隣に顔を向けると、そこにちょこんと小さいひとがいました。

 緑のとんがり帽子に、白いひげを蓄えたおじいちゃんは、なんということでしょう。小人さんです!


「やっと会えました! 小人さん!」

「やあ」


 小人さんは目を優しげに細めて声を出しました。

 なんということでしょう。この小人さん、喋ります!

 いやいや。小人は、小さいひとなんですから、喋ってもおかしくないです。だけど驚いて心臓飛び出るかと思っちゃいました。びっくり、どっきりです。というか本当にどっきりです。小人さんはどこからやってきたのでしょうか?

 訊いてみることにしましょう。


「小人さん小人さん。あなたは、どこからやってきたのですか?」

「そこからだよ」


 小人さんが指さしたのは、なんということでしょう、わたしがいままで読んでいた本でした。

 本の最後のページにある、煙突屋根の小さな家に住んでいるみたいです。いや、小人さんサイズの家なのでわたしには小さく見えますが、小人さんにはちょうどいいサイズなのでしょう。わたしも小さくなって入ってみたいです。


「小人さん小人さん。なにをしに出てきたのですか?」


 質問攻めです。気になることは、訊くに限ります。彼が教えてくれました。

 この世は、未知なものがいろいろと広がっているのです。だけどひとつのところにいては、それはなにひとつわかりません。少しでも気になることがあるのに、なにも訊かなければ胸がもやもやしたままです。同じです。未知なものを知っても、また未知なものが現れる。そしてそれを知って、知ってを繰り返したら、知識の幅が広がって、この世の神秘をいろいろ知ることができるそうです。そうして人は頭が良くなっていくらしいのです。

 小人さんはとてとてと歩いてくると、わたしの膝の上に乗り、差し出した掌にちょこんと飛び乗りました。かわいいです。


「あんたとお話がしたくなったんだよ」


 かわいいおじちゃんです。わたしもお話したいと思っていました。


「あんたは、どうしてわしを探していたんだい?」

「小人さんに会いたかったのです」

「どうして会いたかったんだい?」

「……どうして? 理由は、自分でもよくわかりません。だけど、小人さんを見つけたらこんなにも幸せな気持ちになりました。それだけじゃ、ダメですか?」

「ふむ。よい」


 ああ、おじいちゃんが口ひげを触りました! かわいい仕草です! 天使みたいです!


「あんたは、どうして旅をしているんだい?」


 今度は小人さんからの質問攻めですね! わくわくします。


「きっかけは、彼が誘ってくれたことです。でも本当は、ただ、あの家から逃げ出したかっただけなのです」


 あの家。……うう、思い出すだけで暗い気持ちになります。あの人たちはとても厳しかったんです。ぶたれるのはしょっちゅうでした。自分たちに嫌なことがあると、わたしをぶってくる。腕を、足を、脇腹を、顔は傷が目立つから一度叩かれただけでした。あの人たちの一撃は、どんなに軽いものでも心が痛くなりました。どうしてわたしはここにいるのでしょう。どうしてパパとママはわたしを置いて死んじゃったのでしょう。お星さまになってしまったのでしょう? わたしにわかりません。でもひとつだけわかることは、彼が助けてくれたこと。優しい手を差し出して、地獄からわたしを救いだしてくれたこと。あんな幸福は、はじめてでした。


 いまも幸せです。

 彼と一緒に旅をしてきて、時には嫌なこともあったけど、いまのわたしはとても幸せです。

 あまりにも楽しくって、ああ、ああ、もっと彼と一緒にいたいな。そう思いながら、彼と一緒に旅をしています。まるで恋人同士みたいだなぁ、そう思っては赤面してしまうので考えないようにしています。って、ああ、言っちゃった。


「ふむ。よい」


 おじいちゃんの心の広さ、感服です! わたしがこんなにも恥ずかしいことを言っているのに、小人さんはそれでも優しく微笑んでくれます。天使です!


「では、おじょうちゃん」

「はい?」


 おじいちゃんがまた髭を触りましたよ!


「もし、彼と離れることになったら、あんたはどうする?」

「え?」


 どういう意味でしょうか。

 彼と離れる? 別れる、という意味でしょうか。なにを言っているのかはわかりませんが、わたしはずっと彼と一緒にいるつもりです。彼と一緒に旅を続けて、よくよくは住みやすい土地を見つけて、彼と一緒に住むんです。結婚もしたいです。わたしは彼のことが好きなので、彼もわたしのことを好きだと言ってくれたら、簡単に結婚できるんです。子供は二人ほしいです。最初は女の子がいいです。その次に男の子。二人とも、家族思いに育ってくれると、わたしはとても嬉しいです。

 だから、離れる? なんてこと、考えられませんよ?


「出会いがあれば別れがある。とくに幸せなものほど、別れはつらく苦しいものになるだろう」


 小人さんがわたしの目を見つめています。黒い瞳を見つめていると、どうしてでしょう。頭がうとうとしてきます。瞬きをするのが大変です。小人さんの顔が、見えなくなりました。声だけが、聴こえてきます。


「お嬢ちゃん。見えないものを探そうとするのはよいことだ。だけど見つけてわかるものは、すべて楽しいものだとは限らない。幸せなものだとは限らない。人生は困難な道なのだから、あんたも、相手のことをよく見てみるといい。そうすれば、おのずと答えは見えてくるだろう」


 ああ、優しい小人さん。声だけでもわかります。温かい声が、温かい気持ちが、小人さんの想いが。

 ――あれ?

 そういえば、どうして小人さんは、わたしが旅をしているのを知っていたんでしょうか?



 目を開けると、そこに小人さんはいませんでした。

 ただ開いたままの絵本があります。

 一ページ目から、隅々まで眺めてわたしは小人さんを探します。

 小人さんはどこに行ってしまったのでしょうか。

 十四ページ目を過ぎて、裏表紙になったのに、そこにも小人さんはいません。

 あれ?

 わたしは首を傾げます。

 どうして小人さんを見つけたのに、小人さんと話したのに、わたしはまだ小人さんを探しているのでしょうか?

 不思議に思い、わたしはベッドから体を起こしました。どうやら眠っていたみたいです。

 声が聞こえてきました。


「おはよう、ラナ。長いお昼寝だったね。もう夕方だよ?」


 笑顔の彼がいました! 今日も眩しい彼の笑顔に、わたしはとても幸せな気持ちになります。

 あれ?

 そういえば、彼と初めて会ったとき、彼はいまと同じような顔で、同じ笑みを浮かべていませんでしたか? あれからもうすぐ一年が経つというのに、わたしは身長も高くなって髪も伸びたというのに、どうして彼は成長していないのでしょうか? 成長期がまだなのでしょうか?


 うーん。

 細かいことなので気にしないことにします。

 細かいことを考えると頭がこんがらがって、沸騰して、熱が出てしまうのです。

 だからもういいのです。

 わたしは、いま、とても幸せです。

 充分に満ち足りています。

 だから、わたしは彼の挨拶に言葉を返します。精一杯、想いを込めて。


「おはようございます。レイ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る