◎すれ違い向かっていく先は。(ロンの場合)

 赤毛に緑色の瞳の青年――ロンは、傍から拳銃が見えないことを確認すると、路地裏から出た。

 途端に空気が変わり、静かなところから騒がしいところに放り込まれた影響に、頭痛を覚える。ロンはイヤホンをつけると、音楽を流すことなく歩き出す。


 少ししてロンは足を止めると振り返った。

 さっきからひとつの視線が、じっと自分を見つめているのに、そろそろ痺れを切らしたからだ。


「なんだよ。アンタさ、さっきから俺のこと眺めやがって……なにか用があるんだったら、言えば?」

「あれ? 気づいちゃった?」


 振り返った先、そこで驚いたような顔をした少年が頭をぽりぽりと掻く。

 ロンは少年の容姿に少し違和感を覚え、だけど気のせいだと言い聞かせて無表情を保つ。いや、口元に笑みを忘れてはいなかった。

 線の細い顔立ちをした薄い茶髪の少年は、にっこりと微動だにしない置物のように笑っていた。


「気づくもなにも……。アンタ、ずっとあの少女の後をつけていただろ。まあ、見守っているだけのように思ったから危険はないと思って見逃したけどさ。……なんで、おっさんたちに絡まれているのを黙って見ていたんだよ」

「え? ああ、それも知ってたんだね。うーん、困ったなぁ。なんていうか、その……いざとなれば僕がどうにかしていたけれど、きみがとんでもなく物騒なものを隠しながらおっさんを凝視していたから、どうにかなるかなーと思ったんだよね」


 あはは、と少年が甘い笑みを浮かべる。

 ロンは眉を潜めて笑みを消した。


「俺のことに気づいていたのか?」

「うん」

「いつからだ」

「そうだね。……あの子がおっさんたちに絡まれる前からかな。おっさんたちが通行人の財布を掏ったのに気づいたんだろ?」


 ロンは口を噤む。

 その通りだ。あの男共が通行人の財布をまるで手品をするかのような自然な動作で掏ったのに、ロンは気づいた。

 だから目をつけていて、少女が絡まれたのにも気づくことができた。

 少年が笑みのまま面白そうに呟く。


「どうやら、きみは犯罪者が嫌いみたいだ」


 おかしいね、と彼は首を傾げた。

 ああ、その通りだ。ロンは、彼の言葉の意味に気づいた。


 自分は犯罪者を嫌っている。

 だけど同時に罪を犯している。

 犯罪者を断罪しようとしているが、それは犯罪者を殺すことで償わせているのだ。

 同じようなことをしているのだろう。

 それでもロンは、それを正しいことだと思い行っている。

 この世から〝悪〟を無くすためには、すべて消すしかないのだから。

 それに自分はある目的を持っている――。


「ああ、犯罪者なんかだいっきらいだ。たとえ小さなことでも許せない。盗撮、誘拐、窃盗、殺人……どれも同じぐらい最悪だよ」

「うん。そうだね。虐待とかも嫌いだろ?」

「最悪だ」

「ふーん」


 人に訊いておきながらどうしてこの少年はこんなにも適当に言葉を返すのだろうかと、ロンは頭に来たが冷静を保つ。

 こいつはまだ子供だ。見た目からして、十五歳になってないぐらいだろう。声変わり中なのか少しハスキーなので、もし女装でもしようものなら女の子に間違えられてもおかしくない。

 そんな子供に怒りをぶつけたところで無意味だと、ロンは自分に言い聞かせる。

 道路の真ん中に立っている二人をうっとうしそうに通行人が避けて行く。


「それにしてもきみ、銃の扱いすごいね」

「あ? あんなもの撃つだけだろ。簡単だ」

「いや、すごいよ。あんなに的確に、狙ったところを撃てるだなんてね。……僕には無理だったなぁ」

「あ?」


 僕には無理だった?

 少年が最後に囁いたことに、青年は表情を険しくさせる。


「お前、なにをやってるんだ?」

「え? いきなりどうしたの? いまは、きみと話しているだけだけど」


 わざとらしく驚いた顔をする。

 うっとうしい。適当な物言いにイライラが溜まっていくが、歯を食いしばって耐える。

 こいつは子供だ。


「違う。お前、銃を触ったことあるのか、と訊いたんだよ。ガキじゃねぇか」

「ああ、うん。あったかもしれない」

「かもしれない?」

「いや、無かったかもしれない」

「どっちだよ……」


 怒りを通り越して呆れてしまう。

 なんなんだよ。


「どうせオモチャでも触ってたんだろ。ったく、意味のわからんガキだぜ」

「ガキ、ねぇ」

「なんだ?」

「僕が見たところ、きみまだ十八かそこらだろ? ……あまり変わらないんじゃないかな、と思ってさ」

「一年も二年も違えば全然違うだろ。アンタは、どうせまだ十五にもなってないんだろ?」

「え? ああ、うん。そうそう。実は僕まだ十四歳なんだよねぇ。わあ、お兄さん大人だ」

「馬鹿にしてるのか?」

「あ、ごめん。子供っぽい言動をしてみようと思ってね」

「……馬鹿にしてんだろ」


 イライラして思わず拳銃を触りそうになる。

 なんでこんな適当に、人の神経を逆なでするんだよこのガキ。

 大人げないと自分に言い聞かせて、相手は子供なのだから、犯罪者じゃないのだから――自分の道理を守るために、ロンは拳を握りしめる。


「アンタ、名前は?」

「え? 僕? 名乗る必要あるのかな」

「いいから答えろ」

「きみの名前もついでに教えてくれたらいいよ」


 覚えるかわからないけど、ときょとんとした顔をする少年。

 握りこぶしに力を入れて、ロンは睨みつけながら答える。


「ああ、言うよ。アンタの名前が聞けたらな」

「僕はレイ。名字は必要ないからないんだ」

「そうか。レイ。覚えた」

「きみは?」

「俺は……ロンだ。名字は忘れた」

「ふーん」


 適当だ。イライラする。

 ロンは口をきつく結ぶと、レイと名乗った少年を見下ろした。


「レイ。お前みたいなガキに俺の気持ちは分からねぇだろ。だからもう話かけんな。俺みたいなやつに話かけんな。お前の言動は人の神経を逆なでする」

「……ああ、思わずきみみたいな人を見ていたら昔のことを思いだしてしまってね。ついうっかりこんな口調になっただけなんだ。ごめんね。次からは気をつけるよ」

「次もなにももう会うことはないだろうな」

「確かに。そうかもしれないね」


 レイは微笑みを崩すことなく自分の髪の毛をくるくるさせている。


「で、きみはまだそれを続けるつもりなのかい」


 それとはなにを指す言葉か、ロンは察して答える。


「当たり前だろ」

「ふーん」

「この世には犯罪者が多すぎる。一人ひとり、殺し尽くさなければならないんだよ」

「きみひとりでかい?」

「いや、違う。俺には仲間がいる。組織、と言ったほうがいいかもな。俺はその組織に拾われたんだ。そこで人殺しの力を手に入れて、犯罪者を狩っている」

「組織……」


 そこで初めてレイが一瞬、笑顔以外の表情を自然にしたことにロンは気づいたが、余りにも瞬間的なことだったので気のせいだったのだろうと思うことにした。


「その組織はこの世界に散らばっている。国や国境を越えてな。どこにでもいるんだ」

「へえ、随分と大きいんだね。どういう人が、統括しているんだろ」

「さあな。俺は会ったことないが、前に兄弟子から聞いたことがある。噂では若い……」


 そこでロンは口を噤む。

 自分は子供に向かってなにを話しているのだろうか。

 子供だろうが組織の話はなるべくしない方がいい。下手をすると、自分が組織に消されかねない。

 しまったと思い、ロンは周りを見渡す。

 さすがに近くに組織の人間はいないだろうが念のためだ。あまりにも広がりすぎている組織のだから仲間の顔と名前なんてほとんど知らないけれど。


 コホンと咳をして、ロンは少年を睨みつける。

 レイは笑顔のまま首を傾げた。


「そろそろあの子供が来るんじゃないか?」

「え? ああ。戻ってくるかもね」

「行ったほうがいい。あの子は知り合いだろ? いまのあの子には、誰か話し相手が必要だ」

「うーん。なんて元気づけようかなぁ」

「知るか」


 というより俺が原因だ、とロンは眉をしかめる。

 いまここに自分がいるときに少女がやってきたら厄介だな、と青年はため息をつく。

 なんでこんなにも長い間子供と話していたんだ。

 少年を見る。レイは微笑んでいた。彼がチラリと振り返る。そこにはさっきまでいた路地があり、そこからゆっくりとした足取りで少女が姿を現した。


「あ」

「じゃあ、アンタとの話はここまでだ」

「うん。そうだね。もう会うことはないだろうけれど、とりあえずまたね」


 レイは笑みを浮かべたまま振り返り、去っていく。

 その背中を睨みつけた。


「またね、か。会うわけがないだろ、こんな広い世界で二度もアンタみたいなガキに」


 旅をはじめて何年も経っているのにも関わらず、あの少女に逢えないのに。

 ため息をつく。

 ロンは立ち去ろうとして、ふともう一度レイの背中を見た。

 最初に会った時に感じた違和感が、また頭を横切ったからだ。

 ――なんだ?

 ロンは無表情でレイを見つめ続ける。

 そして、気がついた。

 彼の表情、笑み、目元、口元、それから鼻筋、そして身長や年齢。それらがある少女にほんの少し似ていたことに。

 いや、明確にはあんな笑みはしていなかったが、もしあの人が微笑んだらああなるのかもしれない。


「いや、気のせいだろ。ないない」


 それ以前に髪の毛とか瞳の色が違いすぎる。

 自分の目的を達成するために、毎日毎日想い出しているあの記憶に残っている少女の髪は、真っ黒だった。瞳もだ。茶色じゃない。黒だ。

 だから違うだろう。


 ロンは口元に手をやる。

 息が乱れていた。想い出すといつもこうだ。

 人を殺すことよりも慣れはしない。あの人を想い出すときにおこる衝動は。

 くっと歯を食いしばると、レイの背中から顔を背ける。

 その時チラリと視線があった気がしたが、それはレイだったのか連れの少女だったのかは分からなかった。


 ロンは早歩きでその場を去っていく。

 一刻も早く、目的を達成したかった――。

 まだ逢える気はしないけれど。

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