とある男女の近親相姦(旧題・ある愛の主張)

軌跡

間違った僕の反省

 僕は湯式ゆしきりょう。高校二年生で、ある女子生徒に片思いをしている。

 すぐに告白できれば良かったんだろうけど、相手は学校でもかなり人気の美少女だった。彼女と家が近いというメリットはあったものの、学校中の男子生徒がライバルだから生かせるかどうかは難しい。僕自身、普通の容姿ではあったのだし。


 それでも、多少は嬉しい情報があった。


 彼女――三月みつき瀬名せなは、どうも恋人がいないらしい。

 それどころか、告白を片っ端から、情け容赦なく断っているというのだ。おかけで女子生徒からの評判はよくないが、男たちはもちろん違う。瀬名の美貌もあって、噂では他校の生徒も告白したとかなんとか。


 しかし一向に瀬名は頷かない。……こうなると、いくつかの推測が成立する。


 彼女には、好きな生徒がいるんじゃないか? 彼女は頑なに、自分の気持ちを守っているんじゃないか?

 それが自分だと思うほど、僕は自惚れているわけじゃない。――が、少しぐらいは可能性があるんじゃないかな、とは思ってしまった。


 なので善は急げ。僕は隙あらば瀬名と話す機会を作り、徐々に彼女との距離を縮めていった。


 知的で大人びた瞳、モデルのような抜群のスタイル。特に胸の大きさは男子生徒の間でも話題になっていた。

 ちなみに彼女、弟が一人いる。彼をダシに好感度アップを稼ぐ生徒もいたそうだが……作戦は見事失敗に終わったそうな。


 やはり正面から挑むしかない。僕は地道な努力を繰り返し、いつの間にか瀬名は僕と付き合っている、なんて噂が流れるようになった。二人は家が近いから、幼馴染なんだ、とも。

 そんな噂に反論する余裕はなかった。正直、邪魔ものを蹴落とすにはちょうど良かったし。


「どうしたの? 湯式ゆしき君」

 

「えっ?」


 机の上でボーっとしている僕に、麗しの姫君が声をかける。

 僕は明確な返答することが出来ず、しばらく硬直していたと思う。彼女の美しさに見惚れたわけでもなかったのに。

 

「ご、ごめん、ちょっと眠くてさ」


「寝るなら家に帰ってからにしたら? もう授業は終わったんだし、アナタ、部活やってるわけでもないんだし」


「う、うん、そうするよ」


 慌てながら、僕は教室を去る彼女の後姿を見送る。

 しかし気持ちは落ち着かない。突然の想い付きだったが、僕は一つの区切りを迎えようとしている。


 告白しようと、決意したのだ。


 僕は教室を出た彼女を直ぐに捕まえた。一緒に帰ってもいい? と尋ねると、ええ、といつも通り素っ気なく返す彼女。――ちなみに、登下校を共にした男子生徒は現在、湯式良ただ一人である。


 帰り道では、これといった雑談はしなかった。普段なら適当な話題を出したのに、今日は緊張感が邪魔をしてさせなかった。


 そして、家の前。


「じゃ、また明日ね」


「――ま、まって。僕、瀬名さんに少し話したいことがある」


「は?」


 わずかな沈黙。脈絡のない提案だったからか、瀬名は目を点にしていた。

 

 しかし彼女は、小声で何かを頷いて。


「いいわよ。散らかってるけど、文句は言わないでね」


 どうも、家に入っていいらしい。


 僕は定型的な挨拶をしたあと、小動物のように警戒しながら家の中に入っていく。っていうか、玄関じゃなくてよかったのか?

 案内されるままに向かったのは、家族団らんの空間である居間だった。僕と彼女以外には誰もいない。告白するには最適の環境だった。


「で、話って?」


「……」


 正面の椅子で、瀬名がスラッとした足を組む。スカートとニーソックスの間にある絶対領域が強調されて、僕の心臓は更に跳ね上がった。


 言う。


「あ、あのさ、僕――」


「私のことが好き?」


 まさか。

 先手を取られるなんて、思わなかった。


 混乱のあまり声が出せない。これは成功したと思っていいのか? 話によると彼女、すぐに興味がないと言ってくるらしいけど。

 僕は生唾を飲み込んで、話を続ける。


「う、うん。だからその、瀬良さんの気持ちが聞きたい。……僕は出来れば、君と将来を過ごせればいいと思ってる」


 特に考えたわけでもない、ありきたりは台詞。ああ、こんなことなら事前に台詞を練ってくるんだった。

 僕は瀬良の返答を待つ。これ以上やれることは何もない。今は沈黙を守るだけである。


「ごめんなさい」

 

 出来るだけ、言葉は選んでくれたんだろうけど。


 やっぱり、ショックはショックだった。


「――そ、そっか。やっぱり好きな人とかいるの?」


「うーん、そうね。湯式君だったら言いふらしたりもしないでしょうから言うけど――」


 一息。

 彼女は心底美しく、自分の幸せを誇っていた。


「私、弟と付き合ってるの」


「――え?」


「弟が私の恋人なのよ。もうキスだってしたわ。もっと先のコトも、ね」


「な、な……」


 頭が真っ白になった。実の姉弟で恋愛? ありえない。少なくとも日常にあっていい出来事じゃない。


「せ、瀬良さん、正気なの!? 血が繋がってるんだよ!? ご両親だって――」


「父と母からは許可を取ってるわ。少し呆れられたけど、一先ず応援はしてくれたわね。避妊はきちんとしなさい、って言われたけど」


「う、嘘だ……」


 フラれたとか、そういう問題じゃない。明らかな異常事態だ。瀬良にとっても、その弟にとってもいいことは何一つない。


「が、学校にバレたらどうするのさ!? 隠し通せるなんて考えが甘すぎるよ!

 今からでも遅くないんだから、別れて――」


「貴方にとって恋愛は、世間の目を見ながら行うことなの?」


 彼女の声には悪意も、怒りもなかった。

 至極当然の疑問とばかりに、刃のような疑問を振り下ろす。


「私はあの子と、幸せを築くことが出来ると思ったから好きになったの。弟とか家族とか関係ないし、世間がどう思おうが関係ない。まあ、騒がしいのは嫌いだけど」


「な、なんでそんな……」


「私が純粋に生きてるって、ただそれだけよ。近親相姦? そんなの知ったこっちゃないわね。だいたい、知ってる? 古代エジプトの王家は、けっこう近親相姦を行っていたそうよ」


「そ、そんな歴史の知識はいいって! そもそも時代だって違うじゃないか! 今の世界で、こんなの――」


「言ったでしょ、世間は関係ないって。……それに時代で善悪が異なるなら、私たちは時代を先取りしてる可能性もある、ってことね?」


「っ――」


 分かってくる。彼女がコレっぽっちも僕の言葉を聞き入れないって。


 もう立ち去るしかなかった。僕は幽霊にでもなった気分で、フラフラと玄関に続く廊下へ出る。


「……それじゃあまた明日、学校で」


「ええ。――ああ、さっきのことだけど、下手に言いふらしたりしないように。タダじゃおかないわよ?」


「分かってるよ……」


 おじゃましました、の一言もなく、僕は瀬良の家を後にする。


 失恋以上のダメージを受けた僕を、出迎えてくれるのは冷たい風だった。


 なんだろう、恋愛ってなんだろう。


 二人が幸せになって、沢山の人に祝福される――それが僕の描いていた恋愛だった。

  しかし、瀬良とその弟に祝福はない。両親は認めてくれたそうだけど、それ以上に輪が広がることはないだろう。それが常識的な反応だ。


 でも構わない。彼女は勇ましいぐらい、僕に向かって言ってくれた。


 たんだん、瀬良をどうして好きだった理由が分からなくなってくる。それなりに性格を知っていたはずなのに、考えれば考えるほどボヤけてくる。

 

 僕は一体、彼女の何を愛していたのか。


 禁断の愛を聞いた時、頭の中に浮んだのは疑問と怒りだった。常識を破った怒り、予想もしなかった彼女を見た怒り。

 たぶん僕は、僕の中にいる彼女を愛していたんだろう。


 本人たちが良しとするなら、本当は応援してやるべきだったんだ。だから彼女たちの両親は認めた。自分の善悪を押し付けるんじゃなくて、瀬良の人格を尊重して。


「――はあ」


 明日、僕はどんな顔をして瀬良に会うんだろう。


 冷たい風に頬を撫でられながら、我が家への道を辿っていく。 

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