第20話 秀衡逝く…そして

「今…帰って参りました」

「おう…待っておったぞ…義経殿」


病に伏せった秀衡ひでひらが弱々しく一同を迎える。


「その子が義経殿の御子か…抱かせてくれぬか」

「はい…」

静が秀衡に赤子を差し出す。

「よい顔じゃ…」

「佐藤兄弟…三郎・ベン・ケー、よく生きて…義経殿を守ってくれた…礼を言う」

「なんの…しかし…よいのですか?」

三郎が秀衡ひでひらに問う。

「俺たちが戻れば鎌倉が黙ってないだろう」

「鎌倉は奥州に手出しできぬ…頼朝よりともは義経殿を憐れなまでに恐れておるわ…クビを差し出せとウルサイが、兵は向けぬ…」

「いつまでもというわけにはいかない…」

三郎が暗い表情になる。

「なに…逃げたことにするわ、心配するな」

笑う秀衡ひでひら


義経を待っていた…それだけだったのかもしれない。

秀衡は逝く。

息子 泰衡やすひら国衡くにひらへの遺言は、義経を将とし奥州を守れであったという。

だが、義経は奥州を治めることを拒んだ。

「私は、奥州で暮らしたいだけなのだ…皆で笑ってな…見よ、忠信ただのぶの腹話術も上達した…それだけで充分じゃ、皆が笑ってるだけで充分じゃ」

秀衡が与えた屋敷で、静と子供と過ごす…毎日のようにベン・ケーや三郎が訪ねてくる、嗣信つぐのぶ忠信ただのぶも護衛と称して入り浸っている。


あの7年がウソのような穏やかな日々。


それだけでいい…。


秀衡逝くの報を受けて、頼朝よりともは小躍りしていた。

「奥州を討て!」

この命に呼応したのは、2096人の将のうち、わずか56人…。

恐ろしいのだ…義経を目の当たりにした将はもちろん、噂に聞く常勝将軍の力が。

義経の人柄もある…恨まれるような性格ではないのだ。

また家人の強さも伝わっている。

とくに。黒い筋肉だるま、鬼神ベン・ケーと対峙したくないのだ。


「なれば…奥州に刈り取らせるまでよ…」


奥州には鎌倉から圧力が掛けられることになる。

泰衡やすひら殿も国衡くにひら殿も、私は売らぬよ…良い人柄じゃ」


しかし…屋敷に兵が向けられることになる…。

鎌倉の脅しに耐えられなくなった泰衡やすひらが義経に兵を向けた。


数百の兵が館を取り囲む。


迎え撃つは、いつもの面々。

一騎当千とは言うものの、四方を一人が受け持つ…。

「数が…違い過ぎる」


正面を守る、ベン・ケーも身体に数本の矢が刺さる。

「マモレナイ…マモル!」


「そこまで!」

場を制したのは国衡くにひらであった。


館から息絶え絶えに姿を現す一向。

「これは…どういうことだ!国衡くにひら!」

血だらけの三郎が国衡くにひらに掴みかかろうとする。

「すまぬ…兄上を許してやってほしい…」


その言葉の意は皆、理解していた。

鎌倉の圧力は、それほどのものだったのだろう。

「頭を上げてくだされ…この義経の首があればよいのであろう…」

義経が静かに国衡くにひらの手を取る。

「義経殿…」

義経が太刀を抜き、自分の首に当てた。


「ダメ…Boy!」

ベン・ケーが義経を止める。

「放せ!ベン・ケー…余が…余が居なければよいのじゃ…」

泣く義経。

「バカ野郎!お前が居なけりゃ笑えねぇんだよ!皆、お前が好きで…だから戦って…逃げて…お前に死ぬなって言われたから…皆、生きてんだよ…そのお前が死を選ぶな!バカ野郎」


敵に囲まれ…涙する一向…いや泣いているのは彼らだけではない。

さっきまで館を襲っていた兵たちも泣いている。

カシャンと刀や弓が奥州の地面に落ちる。

戦いたくないのだ…義経を討ちたくないのだ…誰もが。


「たぁちゃまが寝てる」

なんとも間の抜けた子供の声。

静が館から子供の手を引いて出てきたのだ。

「たぁちゃま…起きろ」

義経の子は、倒れた遺体を義経と思い揺すっている。


三郎が遺体の顔を繁々と眺める。

そして義経の顔と交互に見比べ…

「似てるな…」


その後…40日以上かけて、首は鎌倉に届けられた。

酒に浸けられた、首を見て頼朝よりとも

「悪は滅びた…」

静かに呟いたという。


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