残念絵巻 義経編

桜雪

第1話 遮那王からのジョブチェンジ

『平家にあらずんば人にあらず』とうそぶかれた時代があった。


『牛若』と名付けられた『源 義朝よしとも』が九男きゅうなん幸運に見放されたような稚児の物語。


「これを持ってお逃げください」

差し出された稚児には似合わぬ立派な太刀。

「なにを言う!一緒に都まで逃げよう!」

それがしには、御曹司をこれ以上、お守りすることは出来ませぬ」

そういう、男の背中には数本の矢が刺さり、おびただしい血で衣が濡れている。

それがしがこの2年間、お教えしたことに嘘偽りはございません、あなた様は間違えなく源家げんけ棟梁の血筋を受け継ぐお方、どうか源氏の再興を……我らが悲願を……お聞きくださいませ……遮那王しゃなおうさ……ま」


「くっ……」

太刀を託された稚児、名を『遮那王』成長した『牛若』である。


「いたぞ!」

野太い声と草木をザザザとかきわける音。

「許せ!」

事切れた男を埋葬すらできず、捨て置くことを詫び、足早に山を降る遮那王。


母、『常盤御前』が僧として生きることを条件に生かされていたが、源家の武者としての宿命はそれを許さず、今、旅立ちの刻を迎えた若武者。


生け捕れとの命が、遮那王を都まで落ちのびさせていた。


息を切らしながら、橋の下で身を潜める遮那王、見つかるのは時間の問題である。


橋の上が慌ただしい、追手が真上に迫っていた。


WonderfulワンダフルSwordソードデスネ」

日も落ちた逢魔おうまとき暗闇からヌッと姿を現した巨体、

真っ黒な顔に白い歯が不気味な黒人。

「黒鬼……」

遮那王は、人非ざるモノを初めて目にした。


はち切れんばかりの筋肉、2mを超える巨体、錆びた薙刀なぎなたを右手に携え橋の下から姿を現した黒鬼。


「いたぞ!」

橋の下へ平家の追手がワラワラと降りてくる。


(ここまでか……)

せめて武士らしく、捕えられ寺に戻され僧として暮らせば、生き永らえることはできる、しかし武士として源家再興を託された遮那王、源が血筋を誇り死を選んだのである。


「寄るな下郎!」

遮那王が一喝すると、平家の追手が一瞬、動きを止める。

「我は牛若うしわか 義朝よしとも九郎くろうにて、源家げんけの血筋を引くもの 今、この場にて名を改め義経よしつねと名乗る! この場で元服いたす」

と向上を述べると、太刀を引き抜き長く束ねた髪をシャンと切り落とした。

(悔いはない)

牛若、あるいは遮那王として捕らえられれば、僧に戻れるが、元服してしまっては源氏の武士、幼いとはいえ武士として扱うしかない。

つまりは殺すしかないのである。


「そうか、その方が話が早い、その太刀は褒美として頂戴いたす!」

追手の1人がジャリっと錆びた刀を抜き、義経に斬りかかる。


ザグッという音がした、飛びかかった追手が宙にブランと浮いている。

背中から血まみれの刃先、その先で光る白い歯。

黒鬼である。


黒すぎて、誰も気づかなかったのだろうか。

川にヒュンと死体を投げ捨て、黒鬼はこう言った。


「ミナサン、ボウリョク、イケナイヨ、BOYボーイ、コワガッテルヨ」


追手一同、

(お前に怖がってんじゃねぇの……お前のほうが怖えぇよ!)





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る