◇進む選択



 黒青というより黒紫に近いイフリーの星空。昼間とはがらりと変わった表情を見せる大陸で星の絨毯を滑空する妖精の翅、極微細な粒子を散らし光の筋を描き泳ぐ姿は景色と相まって絵画のように見る者の視線を集め心を奪う。


 しかし当の本人はとても絵に出来るような表情をしていない。

 眉根を寄せ肩甲骨あたりから広げられた硝子細工のような翅へ細い神経を張り巡らせるように意識を向け、ぐらりと身体が揺れる。


「!? ───ッ!」


 小さく毒づくように舌を鳴らし安定を失った身体を立て直すべく大きく旋回上昇し、落下を免れる。


 半妖精ハーフエルフのひぃたろは青髪の魔女エミリオ同様に、自分の身体の根付く違和感の原因究明と克服を試みていた。

 どうにも翅の調子が悪い。

 以前使っていた翅───創成魔術エアリアルはこのような違和感など無かった。

 エアリアルは短い詠唱で翅を広げ、翅が具現している間は魔力が消費され続けるといったものだった。しかし今のひぃたろはその上位互換とも言える独自の翅───フェアリアルとなっている。

 詠唱が必要ないという点だけでも大きなアドバンテージとなり、広げるも閉じるも瞬時に行える。魔力消費は翅を広げる際にエアリアルの半分程度しか消費せず魔力消費コストパフォーマンスにも優れ、他にも様々な点でエアリアルよりも有能となっているが、いかんせん操作の難易度が大幅に跳ね上がった。


 数秒間ならば強引にでも制御可能だが、それでは翅である意味が全くない。

 今のひぃたろは飛ぶ、、ではなく跳ぶ、、であり、飛行ではなく落下に近い。

 脚力を強化し高く跳べば翅である意味もなく、直進する速度が欲しいならそれこそ翅である意味がない。

 宙を自由自在に泳ぐ事が出来て初めて翅としての効果を、価値を発揮する。



 落下を免れたひぃたろは徐々に高度を下げ、地面へ足をつけランディングしつつ翅を消滅させた。


「───......ふぅ」


 自覚する以上に操作が繊細であり、強引に主導権を握れば大きく傾く。落ち着いて集中すれば操作できるかもしれないが、それでは全く意味がない。あくまでもひぃたろはこの翅を戦闘の中で利用する武器として求めているのだ。今のままでは飾り物でしかない。


 フォンポーチから水を取り出し、渇いた喉を潤し一息ついていると乾いた破裂音が小さく響く。

 パチ、パチ、と何度も響き、次は少々大きく、バチ、と。

 接近すると大岩の影に確かな気配と、よく知った声が。


「うーん......なんで出来ないんだろう......」


 銀色の髪の毛と同色の尾を扇状に広げながらも、頭の上にある形の良い獣耳は萎え下がる。


「プンちゃん?」


「ん? あれ? ひぃちゃんも外にいたんだね!」


 名を呼ばれ振り向いた表情はどこか不貞ふて腐れている様子だったが友人の姿を見るや、その表情も消滅する。


「何かあったの?」


 それでも耳───のような感知器官───の先は萎えたまま下がっている事に本人は気付いておらず、ひぃたろの質問に耳は更に萎え下がる。


緋朱あか色の雷を自分で出したいんだけど、全然コツがわからなくて......うーん。ボクどうやって出せたんだろう?」


 ボク、という一人称が妙に合う銀髪の狐。

 魅狐ミコと呼ばれる種族であり、最初は金髪だったプンプンだが、今では常時銀髪で狐耳と九本の尾が出現した状態。顔にも薄っすら緋朱あか色の模様が浮かんでいる。

 変化系能力の名残りといえば納得出来るが、プンプンは魅狐ミコとしての力が覚醒している状態。この先の領域へ今足を踏み入れるべく “緋朱色の雷” を我が物にしようと研鑽していた。


「そういうひぃちゃんは何をしてたの?」


「私は......私も同じようなものよ」


 プンプンもひぃたろ同様に自分の身体に根付いた違和感───というより変化───に戸惑っている最中らしく「あーやっぱりみんな似たようなものなんだね」と何処か安心したような声音で言い、背中から地面へと豪快に寝転がる。


 半妖精も魅狐も、自分だけが持つ特性に手間取ったり悩まされたりしていた。この二人だけではないだろう。同期───問題児世代バッドアップルの冒険者でこの1年半を派手に生き抜いた者は少なからず自分に起こる変化や根付く違和感と直面するタイミングであり、同時に、ここで進むか退くかの選択が問われるシーンでもある。


 直感的に、本能的に気付いている。

 ここで退けば───諦めれば平穏な生活を送れるだろう、と。

 しかし進めば、今まで以上に大変な生活に、今まで以上に複雑で目まぐるしい日々が始まる、と。


 そうわかっていても、二人は進む道を迷わず選んでいる。





 半妖精ひぃたろと魅狐プンプンがイフリー荒野で自身の問題へ挑んでいた頃、トラオムの街の宿屋でもひとり自身の問題に眼を眩ませていた。

 灯りもつけず暗い室内で、強烈な違和感に顔をしかめる。

 テーブルの上に置かれたロンググローブを視る視界がぐにゃりと歪むみ、瞳の奥に鈍痛が木霊する。眉間へ伸ばした腕は滑らかに磨き上げられた義手。


「痛っ......」


 痙攣するまぶたを閉じるも、瞼に隠れた眼球はどこへ向けてよいものなのかと行き場を失う。右へ向けても、左へ向けても、奥で脈打つ鈍痛は決して消えない。


「最近無理しすぎちゃってるのかなぁ......」


 元ドメイライト騎士でありながらも同時にギルド【ペレイデスモルフォ】のマスターとして暗躍し、現在はどちらでもない冒険者ワタポとして生活している女性。

 彼女もまた自分に降りかかる問題と直面し、文字通り眼を眩ませていた。


 酷い痛みが頭痛へと派生する前に、茸帽子の錬金術師アルケミストが調合してくれた鎮痛剤を投与し、ベッドへ身を投げる。


 ワタポもまた、退く事を選ばず進む事を選んでいた。



 近日行われる【地殻調査】に向け、体調の確認と調整を。

 その先で確実に待ち構えている【魔結晶塔マテリアルタワー】の攻略へ向け、今は少しでも身体を休める時であると同時に、少しでもこのを理解する時でもある。



「......このまま少し眠ろう」


 それでも無理をするのは今ではない。

 きっとこの先、否応なく無理を通す瞬間がいくつも待ち構えている。


 だから今は、今だけは、休もう。



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