◇魔眼裸石 2



 酒場には喧嘩がつきものだ、というのはもう古いだろ。迷惑を考えろ迷惑を。

 と思いながらも言葉にはせずブヨブヨでろでろした謎の肉......かも不明なモノをクチへ押し込む。味もぱっとしない謎のナニカだが嫌い判定にはならなかったので食う。


「まさかキミが地界ちかいに来てるとは驚きだよ」


「ちゃんと許可証もあるから問題ねぇだろ?」


 再会を喜ぶようにノールリクスと謎の男はジョッキをぶつけ合い酒を流し込む。この男は一体誰なんだ? と思いながらもわたしは質問せず食べ物を胃へ押し込む。

 自分でも珍しいと思う程、今わたしは腹が減っているらしい......らしい、と言うのは正直言って空腹の自覚がなかったからだ。思い出してみれば数日まともに食事をしていないので、そりゃまぁ腹も減る。というのに空腹の自覚がなかった事に妙な不安を感じずにはいられない。


「......のぉ、ゲルリドラの尻尾煮込み......本気でウマいと思っとるんか?」


「ん? なんだそれ?」


「それじゃよそれ、今お前が食っとくそれじゃ」


 フォークの隙間をでろでろと抜けるこの食べ物がゲルリドラの尻尾煮込み、というらしい......、


「味はこれといってしないな。食感は見たまんまだ。噛む回数も減るし本気出せば飲めるから楽で食ってる」


「楽でて......まぁええか。それよりノル、そろそろ紹介してもらえんかのぉ?」


 自分のジョッキを既に綺麗にしたキューレは一息ついた、と言わんばかりに話題を建てる。ここにいるのがノールリクスとロン毛だけなら好きに話してもらっていいが、わたしとキューレもいるうえにノールリクスが後から乱入してきたこちら事情としてはロン毛の紹介を手早く済ませてもらいたい所だ。


「おう、悪ぃな。邪魔しちまったなら席を空けるがその前に自己紹介はしておきてぇ。もう察してると思うが、俺は外界がいかいから来たヴァーシノンだ。よろしく」


「ヴァーシノン? ヴァーシノン......ヴァーシノン......」


 この名前にわたしの解凍脳が反応する。

 まだぼんやりする記憶の奥底が今少しだけ反応したような感覚......どっかで聞いた事あんぞ? という感じのアレだ。


「ウチはキューレじゃ。そんでお前さんの名前をブツブツ呟いとるのがエミリオ。こう見えて魔女じゃぞ」


 わたしの紹介もサラッと済ませてくれた友に感謝しつつ、この男の記憶を全エミリオ総出で探り、ついに思い出す。


 ヴァーシノン。

 外界では超がつくほど有名な人物で、傭兵みたいな雇われ戦闘員をしているヤツだ。

 魔女界にも外の話は度々入ってくるし、その中にコイツの名前はたまにあった。つまり、外界の大物だ。


「魔女か......魔女にいい思い出が無ぇから構えちまうな」


「なにお前、魔女に絡んだ事あんの?」


 空になったジョッキや皿が下げられ、新たな料理が運ばれて来る。わたしはその中からケーキを選び、ついでにコーヒーを試しに注文しておいた。


「俺がさっき見せた魔女の宝石、あれはヴァーシノンと一緒に戦った魔女のモノなんだ。片眼を潰した所で残念ながら俺達は負けた」


「そうだったな、ありゃマジに死ぬかと思ったぜ......地界お前ん所の3人が援軍引き連れて来てくれなかったら今頃俺達はここにゃいねぇ」


 耳を疑う言葉にわたしはケーキを食べる手を止め2人を見る。

 コイツらは外界で魔女と戦り合って今も生きてる。それ自体は珍しい事じゃないが、魔女と戦闘して今現在も生きてる存在は珍しい。魔女ってのはどいつもこいつも “やられたらやり返す” を強く持っているうえに度合いがイカレてるからな。


「さっきの魔眼裸石マギルースがその魔女の片眼か? どんな魔女だった?」


 色々と聞きたい事が出てくるが、ひとつずつ片付けていこう。テーブルの下でキューレに「記録よろしく」の意図を存分に含めた手文字───勿論今考えたオリジナルの手文字───で合図を出し、親指をこっそり立てた。これで、後から内容を洗う事が出来る。


「どんな......か。それを説明するには少し遠回りになるぜ? なんか街が騒がしいっつーか、忙しそうにしてるけどお前ら時間は平気なのか?」


「俺は大丈夫だ」


「ウチも平気じゃ」


「わたしはこの話題が最重要だ。色々聞きてーし遠回りになってもいいから話してくれ」


 実際の所、街というより四大陸でザワついているのが今の地界だ。こんな規模のザワザワに対してわたしが入る隙間なんてないし、難しい話はお偉いさんがするってのがルールだろ。


「そうか。じゃあ話してやるよ。別に話したくねぇとか隠したいって事でもねぇし」


「そうだね。俺も補足約として話すよ」


 そう言ってヴァーシノンという男とノールリクスはその魔女について教えてくれた。



 まず、相手は3人。

 こっち───ノールリクス側───はレイドクラスの人数だった。

 場所は外界で今から半年ほど前。

 ヴァーシノンは当時受けた依頼で【臨月りんげつ】と呼ばれる化物を討伐対象にしていた。

 ノールリクスはリトルクレアのギルド【アンティルエタニティ】からの護衛依頼を受け、教会都市や宗教街と呼ばれていた街の跡地、、へ向かっていた所でヴァーシノンと出会い、共にその街跡地へ向かった。

 そこで3人と遭遇した、と。


 相手は魔女2人とヴァーシノンのターゲットだった【臨月】とやらがいた。

 魔女のうちひとりがクレアのターゲットだったらしく、戦闘に。【臨月】と【清楚なのにどこかエロい魔女】はひとりの魔女を置いて去ったらしい。どうにも置き去り魔女とエロ魔女は師弟関係に思えたとか......うーん。わからん。そもそもエロい魔女ってなんだよ。


「───とまぁそれで魔女ひとり対俺達で戦闘になって、その魔女の片眼をノールリクスがブチ抜いた所で理解出来ない魔術......だと思うが、それを使ってきやがった」


「残念ながらあれは流石に俺も死を覚悟したよ。空間というか......現実そのものを塗り替えるような魔術って存在するのかい?」


「現実そのもの............それは後でいい、お前は助かったんだ? 現実そのものが塗り替えられた的な感じで、どうやってそこから逃げた?」


「援軍がこじ開けてくれたおかげで戻ってこれた、というのが適切かな?」


 ......現実を塗り替える魔術、こじ開けて戻ってこれた............、


「なぁノル、さっきの魔眼裸石マギルースもっかい見せてくれ」


 わたしの申し出に嫌な顔ひとつせず見せてくれたノールリクス。上の世代はいちいちうるせーイメージだったが何も言わず見せてくれたとか......結構いいヤツなんじゃないか? と、そんな事は置いといて、魔眼裸石を手に取った直後、理解した。


「まずその魔女はもう死んでる。んや......死んだっていえばいいか? どっちにしろ生きてねぇぞ」


「どうしてそんな事がわかるんだ? 魔女の勘では納得しないぞ?」


「勘じゃねーよ。この魔眼裸石は使えない。加工も無理だ。その魔女がお前らに使った魔術はとんでもねー魔術で、この魔眼がカチコチの石になってるって事は本人もそうなって死んでる」


 その魔女が使った魔術は間違いなく魔の深淵に足を踏み込んで執行したものだ。

 招かれざる客として、土足で踏み込んで、深淵から魔を持ち出した代償が石化。おそらくその魔女は実力的にも深淵に踏み込むには足りなかったんだろう。【ミセリアスペル】ではなく魔力を持ち出し、その魔力を利用して自分の魔術を使った結果、失敗した。

 シェイネの時とは違って【魔女の瞳】も石化しているのが、その魔女のレベルが足りなかった事を意味している。



「問題はその、エロ魔女だ。師弟関係っぽかったってさっき言ってたけど、エロ魔女が師匠だろ?」


「よくわかったな、その通りだ」


 ヴァーシノンはワインをボトルごと飲みながらそう答えた。

 やはり問題はそっちの魔女だ......確実に弟子魔女がまだ足りない、、、、、、事を知っていて、深淵へ背中を押すように残したんだろう。

 魔の深淵がどれ程のものなのか、窮地に陥れば深淵へ辿り着けるのかをテストしたんだろう。


 魔女の仕返しがない事もこれで納得いく。

 眼の持ち主は既に死んでいて、師匠魔女からすれば弟子魔女は数のうちの1でしかない。


 エロ魔女の目的は自分の魔導の追求と探究。



「......ムカつくな......そのエロ魔女......」



 わたしは無意識にそう呟き、ケーキをクチへ押し込んで飲み込んだ。




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