◇少し戻る色



 日も落ち始める夕方、微量の気温低下の中でイフリーの首都デザリア───から一番近い街トラオムに集まる人影達。

 特異個体の女帝種。その女帝種の覚醒個体【覚醒種アンペラトリス】がデザリアの街で姿を晒したあの夜から約3日。

 地界ちかいの四大陸は今、ゆっくりと回り始める。バラバラだった歯車が互いを押し回すように、個の力だけではなく、集の力、全の力で。


 わたしが冒険者になって1年半が過ぎた今、あの頃は自分がこういう場にいる事なんて微塵も考えていなかった。

 適当に冒険して、クエストでお金を稼いで、程よく適当に生活して、たまに刺激的なクエストを受けて───なんて想像していたが、全然違った。


「浮かない顔だな。そんな性格だったか?」


「? ───お前ら......そうか。今回のノムー勢はお前らか」


 声をかけてくれた面々を見て、もう既に懐かしい気持ちが湧いた事に少し驚いた。

 ノムー大陸から今回の招集に乗ったのは【騎士学校オルエススコラエラ】で出会った面々だった。制服ではなく騎士服になっているのは全員が正式にドメイライト騎士団へ入団したからだ。


「やっぱりエミリオちゃんも来てたんだねぇ! その魔力を分解して分解して細かく知りたいけど───残念。今回はもっと解析すべき現象がイフリーここで起こってる。ま、仲良くしようよ」


「相変わらずだな残念女」


 残念女ことシンディは騎士団で偉い立場らしいが、どうにも研究馬鹿で危険な香りもする。ノムーよりイフリーにいた方がその知能を使って良からぬ事が出来たんじゃないのか? と思うが言わないでおく。

 最初に声をかけてくれたのはグリフィニア。サルニエンシス家という剣が凄めな家系出身で、わたしが騎士学校へ潜伏した際は教員をしていたが今では残念女レベルの騎士。元々騎士団から声がかかっていたらしいし、グリフィニアなら上級騎士くらいじゃなきゃ周りが納得しないだろう。

 そして、


「よぉ、ウェンブリー。トゥナと紅茶男も久しぶりだな」


 わたしと共に騎士学生をしていた3人にも挨拶をする。

 琥珀の魔女シェイネが騎士学校で暗躍していなければここに4人がプラスされていただろう。


「我が名を忘れたのかッ!? 共に魔女の脅威へ立ち向かった戦友の名を忘れたのかッ!? エミルよ!!」


「こら! エミルじゃなくてエミリオだよアスリー!」


「どっちでもいいっての」


 アストバリーがわたしをエミルと呼ぶのは騎士学生エミル君として潜伏していたからで、全部終わってからわたしがエミリオだと知ったからだ。トゥナはすぐにエミリオと呼び直してくれているが、正直どっちで呼ばれても困った事はない。


「久しぶりだね、エミリオ」


 最後に改まるようにわたしへ声をかけてきたのがウェンブリー。騎士学校では同寮となり色々と頼らせてもらった男騎士。

 わたしが騎士学校から去る時に見せていた表情は既になく、どこか頼もしささえ感じる。

 シェイネにいいように利用されていたとはいえ、行動の結果で沢山の騎士学生を失った。友人も。それを乗り越えた───ではなく、受け入れた上で、この顔なんだろう。すげぇな......。


「それじゃあ、私とトゥナとアストバリーは先に行くから! グリフィニアとウェンブリーはエミリオちゃん連れて来てね! 残念ながらその魔女はひとりじゃフラフラして絶対来ないから!」


 と言い残し強引にアストバリーを連れて去るシンディとトゥナ。

 なぜここにグリフィニアとウェンブリーが残されたのかわからないが、わたし的には都合がいい。


「グリフィニア......お前に教えてもらった “サルニエンシス流” あったろ? あの中でどうしても使えなかったやつ......あれ使えたぜ」


「だろうな......表情を見ればよくわかる」


 華剣と呼ばれるサルニエンシス流のひとつ【ネリネ ヒュアツィンテ】は練習中一度も成功しなかった剣術。それが2回も、戦闘中に成功した。


「2人......ひとりはモンスターだけど、2人友達をその剣術で殺した」


「モンスター? それは凄いな」


「......凄い?」


「どういうワケかヒュアツィンテはモンスターに全く効果がない。発動しても毛ほどのダメージも与えられん剣術でな。人間相手にも同じ現象が起こる事もある」


「......?」


 バーバリアンミノスにも千秋ちゃんにも、確実にヒットしてダメージなんて言葉では足りない......命を奪った剣だ。

 その剣術がモンスター相手に全く効果がない?


「あの剣術は特種でな......使う側は相手を助けたい、救いたい、と強く思っていなければ発動さえしない。逆に受ける側は、この人物になら殺されてもいい、この者から与えられる死ならば受け入れる、といった状況じゃなければ全くダメージが出ない剣術なんだ。この限られた精神状態でのみ発動するヒュアツィンテは相手の命を確実に摘む剣であり、一瞬の痛みも相手に与えない剣でもある」


 嘘じゃないのはわかる。グリフィニアは全くと言っていい程、冗談を言わない堅い性格だ。

 しかし......だからなんだ、とわたしは思う。


「───殺した相手が友人だろうと、他人だろうと、悪人だろうと、結果は変わらない」


 沈黙の隙間へウェンブリーが言葉を置いた。


「でも、ヒュアツィンテが発動したという事は相手がそれを望んでいて、相手はエミリオに生きて欲しかったんだろう」


「......随分な綺麗事だな。ま、わたしも似たようなモンだけど」


 人を殺したのはこれが初めてではない。

 それなのに、わたしは今回の件だけを重く見ているズルいヤツだ。

 もっと早く気づいていれば、と考えずにはいられない状況だったんだ。悪人でもないし、なんでコイツらが、と思ってしまう。


「エミリオ......キミはもう少し、救った命や繋いだ命に眼を向けるべきだ」


「......?」


「そういう事だ。さて、私達は行く。遅れるなよエミリオ」


 それだけ言い残しウェンブリーとグリフィニアは去ってしまった。

 待て、と呼び止める事は簡単だったが、不思議何も言えず───わたしは自分の中で何かが色を取り戻すような感覚に、ただ呆然とした。




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