◇10歳病
数隻の船がイフリーポートに到着し、必要物資が次々に降ろされ配られる。
そんなイフリーポートを上から、箒に立ち乗りした状態で観察するわたしはクソ海賊から2日前に受けた打撃傷に舌打ちする。
「あのクソ海賊............」
殴られたのはまぁいい。殴り返せなかったのが、とてつもなく───惨めだった。
手を出せなかった。
あの海賊も色々と背負って、今も必死に生きている。海賊だけじゃない。ワタポやプンプンも、
そこで物資を受け取る船乗りAも、あっちで馬車に乗った軍人Cも、それらを見ている港街の住人Bも、きっと人には解決出来ない何かを腹に抱えて生きている。
「おーい! おーーーい!」
「......?」
港へ顔を向けつつ、意識はどこかへ飛ばしていたわたしを発見した人影が、声を出し手を振っていた。
トレードマークのキノコ帽子、キノコ型の杖を背負った人物を目指し、わたしは高度を下げる。
「しし屋、来てたのか」
キノコ帽子の
「来てたノダ! バリアリバルにエミたんいるって聞いたけど見当たらなかったから心配したよ」
「あー、イフリーからウンディーまで飛ばされてたんよ」
ダプネの空間でイフリーからウンディーまで飛ばされ、今こうしてイフリーへ戻り、デザリアへ向かう途中でこの港街を発見。わたし達の時とは大違いな───入国歓迎ムードに驚き、観察していたが......フォンに届いていメッセの【地殻】やら【魔結晶塔】ってやつに本格的に触れるつもりか。
「しし屋、他に誰と来たんだ?」
地殻ってのはわからないが魔結晶塔は、まず間違いなく【レッドキャップ】と【クラウン】も絡んでくる。
「猫ちゃんズと来たノダ! でも
発言に合ったゼスチャーを織り交ぜながら言うしし屋をわたしは何も言わずただ見て、聞いていると、
「それでね! エミたんに───? どったの? 元気ないねぇ?」
「んえ? わたし?」
「うんうん」
しし屋は会話を打ち切ってまでわたしの事を気にかけ始めた。何かお願いがあったんじゃ? と思いながら、腹の中にある痛い引っ掛かりをわたしはそれとなくしし屋へ話す。
「嫌な事......ってより、辛い事があった。あと何だろ......疲れた」
「ふむふむ。誰かに相談したりお話したりした?」
「一応、軽くなら......でもやっぱ全然楽にならねーんだわコレが」
「ふむむ......そうだエミたん! ジュース飲もう!
そう言ってわたしの手を引き、しし屋は日陰へと進む。拒否する事も、手を払う事も簡単に出来るがわたしは不思議と受け入れ言われるがままに。今は用がないであろう木箱の山へ進み、適当に座るとしし屋はキノコ帽子をポンポン叩き、フォンを取り出す。たしかあの帽子は収納力が理解不能なほど高い帽子だったか......。
「はい! エミたんはコレでいい?」
差し出された瓶にはラベルなどなく、中には黒っぽい液体───よりも驚いたのは、フォンから取り出した飲み物が冷え冷えだった事だ。
「サンキュ、つーかコレ......なんで冷えてんの?」
基本的にフォンポーチに収納されているモノは常温。装備も消耗品も食材も常温で管理されるので食材などはすぐに冷蔵庫へ収納するのが基本であり、買い物でゲットした場合はフォンポーチに収納さえしない。飲み物は......腐るよりも不味くなるって印象だが、これはさっき買ったのかと思える程冷えているが、船の中に瓶の飲み物は売っていない。
「フォンの新機能! 食材とか素材とかを長時間ポーチに入れておけるように熱い所と冷たい所があるノダ! あ、でもエミたんのは無いかも。何にフォンをよく使うかで欲しい機能を選んで追加出来るようになったから、私はまず温度ポーチを選んだノダ!」
「へぇ......後で見てみる」
「うんうん」
初耳───というかフォンというものに対して今まで真面目に気を向けた事がないわたしは「結構色々やってんだな」と他人事のような感想しか湧かなかったが、どうせ知ったなら後で触ってみるのも悪くない。
冷えている瓶の栓を抜きながらそう考えていると、プシュ、と心地良い音がこの飲み物の正体を教えてくれた。
「コーラじゃん。センスいいな」
「でしょー! それでエミたん。私の帽子の中で今はお昼寝してるけど、ちっちゃい子達を覚えてる?」
炭酸の刺激を喉へ突き刺していたわたしへしし屋は話す。帽子の中のチビっ子の事はよく覚えているので頷き、一息つく。
「あの子達は元々、私やエミたんと同じサイズで、私が生産した薬でサイズを小さくしてるんだ。小さくしちゃうと記憶も戻っちゃって、本当に子供みたいになっちゃうけど、元々は私達と同じくらいの歳で、冒険者なんだ」
「......奇病か?」
今の話を聞いて一番に思い浮かぶのが【奇病】の存在。上の世代の奇病女【リトル・クレア】から話を聞いて以来、奇病というものが意外にも身近に存在していて、その症状も様々ある事を知った。
キューレの能力ではない、となれば奇病を思い浮かべるのは自然であり、多分それで間違いないだろう。
「ファンガス病、って言うんだけど奇病の一種で140cm以上の身体を持ってる生き物に感染して、10歳以上だと菌が活発に動くノダ」
難しそうな話になってきた所でしし屋はフォンをわたしへ見せる。
そこには【10歳病】という文字があり、それで【ファンガス病】と読む事を知る。
【ファンガス病】
人体───主に人間に───寄生する茸菌。
冬虫夏草のようで、菌が活動するのは140㎝以上の身長で寄生対象が10歳以上の場合。
一度寄生されれば浄化する手段は未だ発見されていない難病であり、菌が全身に細かい根を張り、脳を支配し、最終的に寄生者はファンガス菌を生成する生体基地となり、胞子をある程度放出し、死亡する。10歳以下は寄生されていても菌は全く動かず潜伏状態。そのため寄生されている事も気づけない。
「これの原因、ファンガス病の出どころは?」
一通り読んで気になった点───ファンガス病を最初に出したであろう正体を質問すると、しし屋は表情を一瞬だけだが、深く沈めた。
「
「は? 焼却って、そのファンガス菌っつーのを燃やすって事か?」
「うん。でもファンガス菌を燃やすには自分も燃えないとダメなの。だから、ファンガス菌を外に出す前に自分と一緒に焼却して消すノダ」
こんな内容が飛んでくるなんて、想像もしていなかったわたしは言葉を見失う。しし屋の雰囲気や口調から考えて......多分この
しかし奇病となれば予想や想像だけで判断するのは危険過ぎる......、
「その然菌族ってのはどんな種族なんだ?」
「とってものんびりしてて、とっても優しくて、争ったりするのを嫌う種族だよ」
最悪な組み合わせだ。
いっそ悪い種族なら絶滅させても「テメーらが悪い」で強引に済ませる事も出来ただろう......優しくて争うのを嫌う種族となれば下手に手出しするワケにもいかないだろうし、本人達でもどうしようもないからこそ......仲間に焼却してもらうという答えに辿り着いたのか。
「とても、とても辛いの。私は然菌族に沢山お世話になったし然菌族が優しいって事を知ってる。でも、この子達に助けて貰って、私を助けたからこの子達はファンガス病にかかっちゃった。私のせいなんだ......全部全部、私のせい」
「......しし屋......」
下唇を噛み、視線を下げて黙ったしし屋へかける言葉をわたしは持っていない。
きっと今わたしが想像した以上に、しし屋は辛い思いをしていて、それでもどうにかしようと今を必死に生きて進んでるんだ。軽い言葉やその場しのぎの言葉を投げかけるなど、わたしには出来ない。
「エミたんも色々大変だと思うし、辛い事も沢山あると思う。でも、自分を助けてくれた人や自分が好きだと思ってる人、大切だと思ってる人のためにも......今エミたんにあるその辛い思いの辛いじゃない部分にもちゃんと眼を向けて、生きていくしかないと私は思うんだ。簡単じゃないけど、私達はそうしないとイケナイんだと思う。そうじゃないと───いなくなっちゃった人達が悲しんじゃう気がするノダ! ずっと元気でいなくてもいい、悩んで泣いて苦しんだ、たまに怒ったりしてもいい。ちゃんと生きてるよってしないと、いなくなっちゃった人達は心配で眠れないよ」
......あぁ、そっか。
しし屋はわたしを少しでも元気付けようと、んや、悩んだ苦しんでるのはお前だけじゃない、って事を伝えたくて、ファンガス病の事を話してくれたんだな。
なんつーか、しし屋らしくて、しし屋らしくない。
「辛いじゃない部分にも......だなぁ。その通りだ」
「うん! エミたんはそういう所を無視したりするからダメなんだと思うノダ! 悩むならちゃんと悩んでる事柄を見なきゃダメだよ」
「───......そうだな」
「うんうん。それじゃあ───エミたん! お願いがあるノダ!」
今度は元気よく言い放ち、しし屋は立ち上がる。
「耐熱バフを教えてほしいノダ! 猫ちゃんズがあちちで船から出てこないノダ!」
「............ハッ。クソ猫共はんな事してんのかよ。いいぜ、しし屋なら秒で覚えれるだろうし、ついでに自分にもかけとけよ。今
悩んでる事柄をちゃんと見なきゃダメ、か。
............まさにその通りだ。
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