◇海賊ドクロ



 たった1日、正確に計れば24時間も経っていないが、バリアリバルの街は懐かしさを与えてくれる。

 が、雰囲気がどことなく冷たい。


「......何があったんだ?」


 街についてすぐリピナは忙しそうに去っていったので、猫ズの面々にこの冷たさの原因を訊ねると、隻眼の猫人族るーは短く答えた。


「死んだヤツはいにゃいけど、怪我人が大量ニャ」


「怪我人!? 爆弾野郎はもういねーだろ!?」


 ワタポ達が【炎塵の女帝】を討伐したのは間違いない。爆破を付与された人間がどうなるのかまでは予想出来ないが、イフリーで騒ぎを起こしていた身としては、あの状況で爆弾人間を放つのはほぼ不可能だ......無理をして数体の爆弾人間を作れたとしても、くらなんでも到着が速すぎる。


「そっちじゃにゃいニャ。エミリオ達がイフリーにぃ向かったくらいにぃ、私達にも別の依頼が入ったんニャ」


 わたしの事をフローと呼んでいたゆりぽよだが、本物のフローの存在が明らかとなった今、エミリオと呼ぶようになった。わたしはどう呼ばれても自分が呼ばれていると認識出来ればそれでいいんだが......やはりフローって名前で知人を呼ぶのは気が引けるらしい。

 と、そんな事を考えている暇はない。今わたしが知りたいのは、怪我人達の原因だ。


「依頼って?」


「プンにゃんがぁー蹴飛ばしたぁー依頼ニャ!」


 常時酩酊状態と言ってもいいリナが上機嫌に───いつもと変わらない酔い状態で───言い放った言葉がわたしの記憶を捲った。

 プンプンが蹴った依頼。一番新しい記憶では、上の世代が指揮棒タクトを握っていた【外界の侵略者ストレンジャー】討伐クエスト。

 意見の食い違いと言うよりは指揮者コンダクターとの気持ち的な、感覚的なすれ違いでプンプンが降り、ひぃたろやワタポ、わたしも降りたあのクエストか。


「撃退はしたニャ。でも、討伐は出来にゃかったニャ。死者は出てにゃいけど怪我人は沢山。俺も数時間前までコレだったニャ」


 るーは語り、左袖を捲くって見せた。そこには痛々しい傷痕がくっきりと残っている。傷の形状から度合いを予想すると......あれは左手が吹き飛んだ───千切れた感じか。


「......傷痕は消さないのか?」


 既に大丈夫そうなるーへ、大丈夫か? と声をかける必要はないと判断したわたしは話題を傷痕に向ける。治癒術───再生術も含めて、傷痕を綺麗に消す事は可能だったハズだ。


「傷痕は別にぃ気にしてにゃいけど、消せにゃいみたいニャ」


「なんで? 特種な攻撃かなんかか?」


「んにゃ、ぽよもリニャも傷痕まで消えてるニャ。俺は小さい傷はイケたけど大きい傷は無理だったニャ」


 るーの能力ディアが関係しているのか?

 いや、それはない。るーの能力ディアは変化系能力で今の見た目───猫人族だというのにまるで鬼族のような見た目───になっているのが変化状態。強化系に近い効果の中に鬼のような特性が加算される能力。見た目が能力変化状態のままなのは今のプンプン───常時銀髪緋朱眼の九尾───と同じ理由で、SFの開放突破に成功したからだ。るーの強靭な肉体が治癒や再生を拒否した......ってのはありえない。実際腕や他の傷は治ってるし。


「詳しい原因は?」


「聞いたけど難しくて覚えてにゃいニャ」


 はじめに原因を言わなかった辺りで思っていたが、予想通りの答えが返ってきた。おそらくリピナが診たんだろう。隙を見つけて聞いておくとして、


「そんなに怪我人が出たのか? 上のヤツらもいたのに」


「上の世代がいにゃかったら何人も死んでたニャ」


「そーニャ。私達は大丈夫でも重症者は死者に変わってたニャ」


「ユニオンに行ってみるといいニャ」


 るー、ゆりぽよ、リナはそう語り、何か用事があるらしく他の冒険者達が待っている門へ向かって行った。戦場となった場所の調査か......ついていきたい気持ちはあるが、それよりも他の冒険者や傷痕の事を知りたいわたしはここで猫ズと別れる事に。

 時間にすれば1日も経っていない街への帰還、ユニオンへの出入りだが、全く整理出来ていない自分の頭の中や沈んでいる冒険者達の雰囲気、街の人達も不安そうな気配を隠しきれていない状況では満足に情報を集める事が出来るのかも怪しい。

 と、愚痴っぽいクソ思考のままユニオンへ到着したわたしは、自分の想像がいかに小さかったか、想像力が浅かったのかを知らされる。



 忙しく行き交う人達は額に汗粒を滲ませながら、本当に忙しそうにしている。

 統一されている格好から、リピナのギルド【白金の橋】メンバーと......もうひとつの統一班は黒色の連中。どちらも倒れ苦しんでいる冒険者の治療に駆り出されていた。

 猫ズが言っていた「怪我人は沢山」の沢山の度合いをわたしは少なく想像しすぎていたらしい。

 壁に寄りかかり痛みに表情を渋らせる冒険者、床に倒れたままの冒険者、椅子や床に座っている冒険者は治療済みか? 治療済みだとしても包帯には血が滲んでいたり、治癒術での治療を終えた冒険者も残る痛みの余韻に悩まされている......怪我人の量も度合いも沢山のレベルを軽く越えている状態。



「湿気たツラだねぇ。無茶苦茶をする魔女とはとても思えない」


 視界に広がる想像以上の現実にフリーズしていたわたしへ声をかけてきたのは───上の世代の......海賊女だった。名前は確か......、


「......海賊グミー」


「ゼリーだよ! それにキャプテン・ゼリーね。なんだい海賊グミーって......」


「ゼリー、お前も怪我人か?」


 装備にダメージはある。浅いが傷も複数確認出来るが状態としては軽症も軽症だ。


「必要な物を運びに来ただけさ。アンタはイフリーへ行ったんじゃなかったのかい?」


「行った......でも色々あって飛ばされたんだ。それよりお前時間ある?」


 この状況でリピナや治癒術師ヒーラー陣に声をかけるのは流石にウザすぎる。手っ取り早く情報をくれそうで、最低でもこの状況の原因を知る相手となれば、この海賊女が今は一番手頃だ。


「いいよ───前も言ったけどアンタの事は気に入ってる。けど、内容によっては貸しだよ」


「なんでもいい、場所変えようぜ」


「そうだねぇ......付いてきな」


 海賊女に誘導させるがままわたしは来たばかりのユニオンを出てバリアリバルの街を進む。

 普段ならほぼ通らないエリアをスイスイ進み、この街にもこんなエリアがあったのか、などと感想を滲ませていると、


「ここさ。入りな」


 決して綺麗ではないが、確りとした造りの大きな建物に到着する。外には大きな空き樽、建物の正面には雑に描かれたバツ印。


「海賊のアジトか?」


「アンタら風に言うとギルドホーム、ギルドハウス、だね。1年以上使ってなかったけど建物が劣化していないのはドクロが管理しているからさ」


 意味不明な事を語った海賊女は扉を押し開き中へ。ギイィとそれっぽい音を奏でて開く扉へわたしも滑り込むと他のギルドメンバーがナイフのように鋭い視線を飛ばしてくる。

 普段のわたしなら煽りや文句のひとつくらい返しているが......今は相手にする気さえ湧かない。


「飲み物を適当に持ってきておくれ。このチビにはジュースを」


 海賊女がお願いした相手を横眼で見て、わたしは息が止まった。


「な、おい! モンスターか!? なんで......」


 壁ひとつを酒棚するという呆れた改造を施されたギルドハウス。その酒棚の前に立っていた相手は、頭部にボロボロの布を巻いたドクロ───スケルトンだった。

 よく見ると他にもスケルトンが丸テーブルを囲ってカードをやっていたり、地図らしき物を人と囲い何かを話している。


「私の仲間さ、気にしなくても平気だよ」


 人と骨が普通に生活している空間......海賊のアジト感が色濃く増す中でキャプテンは海賊帽子を脱ぎ、ふたまわり以上小さい骨へ被せ「預かってておくれよ」と微笑みながら言った。勿論その骨も動いている。


「早く来な」


「あ? あぁ......」


 ガラの悪い人と見た目の悪い骨を横眼にわたしはキャプテンの部屋らしき扉へ逃げ込む。

 中に骨がいかった事に少し安心しつつ、誘導されるがまま長椅子へ座る。すると着席を待っていたかのようにノックが響き、最初に声をかけた骨が酒やチーズなどを配膳しに来た。


「ありがとう、みんなにもちゃんと食べるようアンタから言っておくれよ。勿論アンタらもちゃんと食べなきゃ死ぬよ」


「コイツら食べれるのか!?」


「当たり前だろう。こんな姿でも私と同じ生きてる人間だよ」


「......人間......」


 配膳ドクロはわたしへ一礼し、部屋を出ていった。

 イフリー、バリアリバル、そしてここ......衝撃が強すぎて何をどう脳内で処理していけばいいのか......


「驚くのも無理はないさ。でも簡単な話さ。あのドクロ達はギルドメンバーとそのメンバーの子供達さ。外界のとある島で呪いを受けちまってねぇ......リトル・クレアにてもらったら奇病の1種って事がわかった」


 わたしのバグる脳内を覗いたのか、海賊キャプテンはまずドクロを処理すべく語った。


「奇病ってたしか......治せるのと治せないのがあんだろ? どっちだ?」


「正確には治せる奇病とまだ治し方がわからない奇病、それともう絶対に治らない奇病だね。ウチのドクロは治せる奇病さ」


「治し方は?」


「それは簡単には教えられないよ。無いと思うけどもしアンタがそれを知って行動した場合、下手すりゃアンタもドクロの仲間入りさ」


「はっ、ねーよんな事。ドクロになる気もねぇしドクロに恩を売る趣味はもっとねぇ。勝手に島に入って宝じゃなく呪いを持ってくるなんてアホくせーな」


 配膳ドクロが持ってきたぶどうジュースをグラスへ注ぎながらこの話題を一旦終わらせる。ドクロ達の事や呪いの事は気になるが、今はそれよりも、


「なぁグミー」


「ゼリーな」


「ゼリー、治癒術や再生術で傷痕が消せないって事あんのか? その傷は受けたばかりで時間はそんなに経ってないと思うけど」


 まずは傷痕の事だ。

 わたしも別に傷痕なんて気にするタイプではないが、何か嫌な感じがして仕方ない。


「傷痕......それは特種な攻撃や武器でつけられた傷痕かい?」


「多分違う。お前らがいった侵略者ストレンジ狩りに猫人族の鬼みたいなヤツいたろ? 大剣持ってる男。そいつがその戦闘で腕を吹き飛ばされたらしくて」


「あー、居たねぇ。あの気合いが入ってる猫人族。確かにアイツは腕を吹き飛ばされた」


「そいつの腕は再生術で治ってんだけど、傷痕が消せないらしいんだ。原因わかるか?」


「そんなもん簡単な話さ───人が一生のうちに受けられる治癒術や再生術には限度がある。ただそれだけの話さ」


 あっさりと言ってのけたキャプテンだったが、その言葉はあまりにも衝撃的な内容で───予想もしていなかった内容で───わたしは何度目かのフリーズを起こした。



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