フレームアウト 1



 自身に宿る魔力を宿しているだけではなく、扱う。

 適切な量の魔力を適切な過程で引き出し、使う。

 その過程が詠唱であり、詠唱はただ詠み唱えるだけでは何の意味もない───と言っても譜の細かい意味を知る者は魔女の中でも少数しか存在しないが───適切な魔力を適切な詠唱に交ぜるように詠み、イメージを具現化させるように、唱える。


 魔力を利用した技術、それが魔術。

 これが魔術の概念的な構成だが、今だっぷーはそういった工程を全て飛び越え、カイトの腕を再生術で繋ぎ治した。


 度合いにもよるが、再生術の瞬発力───即効性は低い。そして最低でも怪我を負った時と同じ痛みが伴う。

 しかし、


「だっぷー......これ、は?」


 痛みもほぼなく、即効性と言えるだけの速度でカイトの腕が繋がり指先にまでしっかりと神経が接続されていた。

 腕だけではなく、全身にあった細かい傷も、疲労さえも綺麗に無くなっていた。

 魔術にそこまで詳しいワケではないカイトも思わずにはいられない───これは魔術の枠を超えている、と。


「......錬金術だよお、カイト」


 だっぷーが今まさに使用したのは魔術ではなく、錬金術。

 魔力を理解し利用した魔術ではなく、様々な知識を絶妙に構築した技術。


「錬金術......って、こんな事も出来るの?」


 自分の腕を、指先を見てカイトは驚く。再生術での痛みは覚悟していたし、最悪片腕を失う結果も予想し受け入れ、フィリグリーへと挑んでいたのだが、この錬金術での治療は予想外を遥かに超えている。


「何はともあれ、ありがとうだっぷー。助かったよ」


 現在のメンバーに純粋な治癒術師がいないうえに、まさか本当に女帝と事を構える事になるとはカイトでなくとも思わなかっただろう。

 女帝が───イフリーのトップが何かを企んでいると判明した場合速やかにウンディーへ戻り対応策などを考える、とばかり思っていたがこの国の事態は思った以上に深刻といえる。そこに輪をかけて【レッドキャップ】と【クラウン】が暗躍している環境。

 クエストの名目上は状況によっては女帝とやり合う風だったが、そんな無茶をセツカが押し付けるワケはない。これは完全にセツカの予想を、クエストを承諾した冒険者達の予想を越えた最悪と言える。


 それでも、どうにかするしかない。

 いや、少なくともカイトはウンディーに戻るという選択肢を盛っていない。


「だっぷー、今の錬金術は何度も使えるの?」


「えっと、使えるけど負担はとっても大きい。カイトももう無理しないでよお......」


 錬金術というものは存在こそ有名だが、具体的な手法や技法、明確な効果恩恵などはほとんど知られていない。

 等価交換、危険、中には空想とまで言う者も存在するほど錬金術という名前は独り歩きし、その実態は曖昧なもの。


 しかしウンディー大陸の雨の街【アイレイン】で起こった【雨の女帝】事件で存在が判明した【クラウン】が語った言葉をカイトは忘れていない。

 【クラウン】のリーダーである奇妙な眼鏡の人物はだっぷーを見て「ホムンクルス」とハッキリ言った。

 そしてカイトがだっぷーと初めて出会った時、だっぷーは小さな瓶の中にいた。

 疑っていたワケではないが、この世には奇病という病気とも呪いとも言える未知の魔が存在している。ホムンクルスよりも奇病の方がよっぽど現実的で、カイトは昔のだっぷーが奇病の類だったのでは? とも思っていたが、ホムンクルスという言葉をだっぷーを見てハッキリと告げた眼鏡の人物。

 その眼鏡の言葉を鵜呑みにする気はないし、信用度など皆無な相手だが、カイトは「やっぱりだっぷーはホムンクルスなのか」と納得......再認識してしまっていた。

 だからといってだっぷーへの態度や温度が変わるワケではないが、何かしらの奇病、と、ホムンクルス、では世界の対応はまるで変わってくる。


「錬金術の負担っていうのは?」


「えっと、今カイトにした錬金術はカイトのマナを繋げる錬成陣を使ったのお......だから、簡単に言えば私が使う治癒系はその人のマナ───寿命を対価に結果を得るって事......」


「なるほど、等価交換......納得いったよ」


「......怒らないのお? 私、勝手にカイトの寿命を使ったんだよお? 少しだけど確実に寿命は減ったんだよお?」


「怒らないよ。助かったんだ、感謝してるよ。ありがとうだっぷー」


 怪我の度合い、出血量などから予想しても、すぐに手を打たなければ死んでいただろうとカイトは自覚している。勿論本当にそんな状態だった。

 少しの寿命で助かるなら何の問題もないとカイトはにっこり笑い、だっぷーの頭を撫で礼を言う。


「助けてもらって早速だけど、俺はあの塔へ登る。街の人達はパニック状態だけど塔には近付いていないし、ここで女帝をどうにかしなきゃイフリー大陸全土がパニックに陥る」


 傷だらけになった大剣を拾い、背負うと同時に思う。


「そういえば......千秋ちゃんは?」


「......あれえ? そういえばどこに?」


 激痛に切断されかけていた意識の中でカイトは千秋と共に現れた魔女エミリオの姿を捉えていた。その後の事はハッキリ覚えていないが、エミリオが千秋ちゃんを連れたまま危険な塔を登るとは思えない。


「............あの、いいですか?」


「「 ───!? 」」


 近くの瓦礫に腰を下ろしていた少女はここでクチを開いた。


「キミは......?」


「メティ。狼耳を治せるか? って言われてあの塔から落とされたけど、そこのお姉ちゃんが治したから私は何もしなかった。それで、千秋ちゃんって人は一緒にいた人だよね?」


 少女は淡々と言葉を並べた。

 この状況───塔では理解不能な爆発や瓦礫が降り落ち、街の人達がパニックに陥っている状況でも少女は顔色ひとつ変えず瓦礫の上にちょんと座り、自分がやることはない。と言うような表情で。


「そうだよお、メティちゃんは千秋ちゃんがどこにいるか知ってるう?」


 だっぷーが質問すると、メティ「ん」と短く言い指差す。大きな建物の横にある路地。


「あの路地に千秋ちゃんが?」


「どうしてえ?」


「知らない。でも、バラバラの死体を持って走っていった。それと───あの人そろそろだって言ってる」


「そろそろお?」


「何がそろそろなんだ?」



 メティは何かを考える、または確認するように視線を少し上へと向け、



能力ディアにのまれるの」



 そう言い放った。




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