◇嫌な予感



 微粒子を排出するそれは翅───創成の枠に含まれる魔術【エアリアル】だった。

 純妖精エルフなどが扱うタイプの創成魔術だが、純妖精が使うものとは色が違う。


「───あっぶなぁ......大丈夫?」


 半透明という点は類似しているが、色はクリアブラックにライトホワイトのライン。散る微粒子も黒を白が包み、そもそも翅の形状が違う。純妖精エルフは......妖精種の翅は細めの、想像しやすい妖精の翅だが、

 これは幅広く丸みのある───蝶の翅。つまり、


「ワタポ、助かったぜ」


 瓦礫の雨からわたしを救い出してくれた相手を確認する事なく名を呼び、礼を言う。

 魔力感知をすれば知った魔力ならば特定出来るが、瓦礫の奥───最上階から滝のように降り注ぐ異質なマナには感知系技術を妨害する特性があるらしく、妨害を掻い潜るのが少し面倒だった。


「全く、一番派手厄介な所に毎回いるわねエミリオ」


「この街......ここで何が起こってるの!?」


 ワタポの手を借り立ち上がったわたしは、一度友人の顔を見て真っ直ぐ礼を言い、今声を出した2人を見る。

 半妖精ハーフエルフ魅狐ミコ、と共にシルキの妖怪ズも。


影牢カゲロウは別の所に行ったよ。外には瑠璃狼ローウェルもいたけど、凄い怪我だった......街も嫌な意味で騒がしくて、ここで何があったの?」


 シルキ大陸の眠姫こと妖怪眠喰バクの すいみん が外の状況や他のメンバーの無事を簡潔に言った。これでわたしの質問は必要なくなり、スムーズに話をすすめるため狙ったのかは不明だがシルキ勢は情報提供と状況整理をセットで流れるように行う癖みたいなものがある。


「何があったかは詳しく知らねー。でも、この上に女帝がいて、その女帝を起動させたのがレッドキャップのリーダーだ。さっきまでここにフィリグリーがいた」


 簡潔、と言うには雑さが目立つ説明を終えたわたしは体力回復ポーションをワタポにせがみ、飲み干した。混乱に近い状況だがここにいるメンバーは幸い回復済み。女帝をやるなら今しかない。


「とにかく女帝をここから出さないようにしないとマズイっぽい。炎塵は覚醒種アンペラトリスで、女帝モードは燃費が悪いからすぐ捕食したがるらしい。つっても全部クソ団長の情報だから信用度は低いけどな」


「ううん、エミちゃの言う通りだよ。女帝種は後天的に得た力で決して努力で得た地力にはならない。いくら覚醒種アンペラトリスでも必ず代償は必要で、そのひとつが燃費の悪さだよ」


 まだ静かな刀身───赤銅色の刀身を持つ長剣を抜き、ワタポは天井を睨む。

 ワタポ自体は女帝ではないが、氷結の女帝と呼ばれるSSS-S3トリプルの覚醒種を追っているだけの事はあり女帝に詳しい。


「燃費の悪さ......女帝って確か共喰いを行った種だよね? それってつまり、人なら人を食べて補給するって事? ヒエェ......背筋が凍る」


「雪女が何言ってんだ」


 アヤカシ、雪女のスノウへわたしはツッコミを入れつつ一度深めに呼吸した。

 フィリグリー戦での熱を冷ます事なく、かと言ってそれを引き継ぐ事もせず、自分自身に火を焚べる。


「へぇ......」


「あん? なんだよひぃたろハロルド


「騎士学校から戻ってきて、少しは冒険者らしくなったみたいね。今自分で自分を切り替えた......違うわね、スイッチを入れたって所? どっちにしろ前のエミリオには無かったクールタイムであり、切り替えスイッチだわ。悪くないんじゃない?」


「はー? 何言ってんのかよくわかんねーけど、確かに騎士学校では否応なく変化を求められたからな......んな事より相手は女帝だ。全員死ぬ気で生き残るぞ!」


 死ぬ気で生き残る。

 矛盾しているような言葉を強く放ち、わたしは二本の竜剣を手に天井を睨みつけた。





 デザリアの裏側───観光などで訪れた他国の者では決して発見できない、まさに裏と言えるエリア【ラビッシュ】に冒険者のトウヤとドメイライト騎士のヒガシンが到着した。


「おい、騎士の。あまりイフリーで単独行動はやめろ。お前はノムーという敵対している立場な上に、ここはデザリアだ」


「俺なら大丈夫ッスよ。別に襲われたそれはそれで対応するだけッス」


 ノムー大陸の騎士、ドメイライト騎士団 特級隊長まで登り詰めたヒガシンはトウヤの言葉を受け流す。会話するのが面倒だから、といった理由ではなく、彼にはどうしても許せない事があった。

 先程デザリアの街で出会った若い兵が語ったラビッシュの存在。

 そこについては興味はないが “自国が混乱状態に陥っているのに誰ひとり自分の意思でラビッシュとやらを出ようとしない” その姿勢にヒガシンは静かに熱くなっていた。

 元々そういうタイプではないヒガシンだが、彼は自分の意思より組織の意向を全面的に受け入れる受け身を酷く嫌っている節がある。この時点でヒガシン自体が組織───騎士団に向いていない性格なのは言うまでもないが、何かと反発しているワケではない。

 飲み込めない指示は飲み込まない。

 咀嚼できない現実には手を付けない。

 飲み込んだからには完遂する。

 咀嚼したからには最後まで片付ける。


 それが彼であり決して口外しないが、これらの心のあり方は冒険者達から学んだ事でもある。


 組織に所属している以上は組織の駒。

 そんな思考、そんなあり方はもう古い。

 冒険者達を見ていればそう思わずにはいられないほど問題児世代バッドアップルの面々は言わずともそう行動し、中には無茶苦茶な冒険者もいるが上手に世を循環している。


 一際、無茶苦茶加減が目立つ冒険者が「自分で決めた事だろ? ならいいじゃん」と言って自分の意思なら貫き通せ、自分の事は自分で決めろ、という意思を見た。

 影響と言えばそうなるが、ただ安易に浅い影響を受けたワケではなく、自分で知り自分で考え自分で判断し、自分で決断し行動する。この大切さを学んだのだ。


 今のデザリア兵は軍に不満があるにも関わらず軍の言いなりになっている。


 この点をヒガシンはどうしても一言刺してやりたいと行動を起こした。


 しかし、ここはノムーではなくイフリー。

 自国ではなく敵国だ。


「───おい、一度止まれ」


 嫌でも視界に入る範囲まで影を伸ばし、トウヤは無理矢理ヒガシンを停止させる。勿論止まったのはヒガシンの意思でだが、無視して進み続けるなら影で縛っていただろう。


「......どうしたんスか?」


「お前がどうこうじゃなく、お前がノムーってのが一番厄介だって気付け。お前ひとりが勝手にするのは構わないが、その勝手は簡単に敵国の奇襲というレベルまで膨れ上がる事を忘れるな。それが狙いなら止めはしないけど」


「───......そうッスね。そこまで考えてなかったッス」


 気に入らないと思うのは勝手だ。行動するのも好きにすればいい。ただ自分の行動には責任を持つべきであり、考えが至らない程なら周囲が強制的にでも一度は止める。

 トウヤも以前はこんな性格ではなかった。シルキで盲目と呼ばれていた時期は「他人がどうなろうと知った事ではない」という意が常に中心にあったが、帽子の魔女がその考えを多少改めさせた。


 弱いくせに突っ込み、無理してでも無理を通し、滅茶苦茶でいて付き合いきれない行動を迷わずとる魔女だが、その呆れるほどの計画性の無さや簡単に周囲に溶け込む得な性格が、トウヤを少し変えた。


「一度しか言わない。俺と一緒に来い。俺もラビッシュに嫌な予感がしている......下手すりゃ持て余す事態もあり得る」


「嫌な予感?」


「おかしいだろ。女帝......共喰いをやったヤツで支配欲が深い今のトップが兵をただ隔離するだけなんて。昔のラビッシュしか知らないが......少なくともお前より知ってる俺が先頭になった方がいいだろう」


 トウヤの嫌な予感。

 それは予想を超える形で現実になっている事を2人はすぐに知る事になる。


 ゴミ溜めラビッシュで行われている混合種の実験とその成果を、すぐ知る事に。




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