◇悪魔の種類



 人間───人間種族と一括にいっても、男性がいて女性がいて、髪も瞳も肌の色も文化も違う。

 他の動物も、生命も、同じだ。一括にするには種類が多すぎる。


 その中で悪魔族という種類は中々に面白い。

 まず “悪魔” というジャンルの生命になるには “自分の種類を深く怨み憎んで絶命する” 必要がある。それから天秤にかけられ後天的に悪魔となる。つまり、悪魔という種類は蓋を開ければ様々な種類が存在している事になる。

 そこからどの悪魔に後天したのかで悪魔族の○○種、という形でカテゴライズが変わる。


 今、イフリー大陸に完全な悪魔は存在しない。

 しかし、悪魔に限りなく近い存在ならば、ひとりだけ。







「───? なんですか、これは......」


 正面から全身を叩かれるような圧に、デザリア四将の十字が足を止めた。眼の前にいる女性から発せられる圧力、ついさっきまで怯え泣き出しそうな顔を浮かべていた女性が、だ。


「───ィィィイイイッッ」


 耳鳴りのような寄音をあげ、持っていた短剣を手放し両手で頭を抱え奥歯を強く噛む。フラフラと揺れる身体は膝から崩れ地面へ視線を突き刺しながら髪を鷲掴みにし「ィイイィイイィィイ───」と奇っ怪な声を吐き続ける。

 武器も持たず前も見ず、両手は髪を、足は身体を支える事を諦め地面にへ座り込む。敵を前にこのような姿を晒すのは自殺行為でしかないが、十字はこれ以上近づけない、近づけば無事では済まない、と全身が警告していた。


 距離を取る。そう判断し、一歩下がった直後だった。今の今まで眼の前で耳障りな奇声を吐き出していた女性が、その声と共に一瞬で消えた。まばたきの間もない、一瞬で。

 十字の背筋を冷たい気配が撫で、確信する。自分はここで死ぬのだと。凍りついたように動かない身体とは裏腹に心音は爆心、眼球さえ動かない戦慄の中で十字はイノチの終わりを迎える。


 女性は消えたのではなく、一瞬で背後へと移動していたのだ。眼を反らす事もせず、まばたきさえ拒否し、女性を捉え続けたにも関わらず、女性は十字の認識を超え、背後へと。


「化け物ですか、貴女は」


 女性が自分の背後に居る、と認識した瞬間、止まっていた時間が動き出すかのように硬直していた身体もまた動く。しかし、全てが遅い。

 動ける、と確信した時には既に十字の胸は貫かれ、眼下に見える腕が心臓を握っていた。





「───なに、今の......」


 トラオムの入口にある宿屋で半妖精ハーフエルフのひぃたろは異常な気配を感知した。

 鋭く尖った殺意と泣き喚く子供の弱さを混ぜたような───本来絶対に混ざる事のない異常な気配を。


 部屋で眠るシルキ勢とプンプン、再生術に耐えきった事で意識を落としているワタポは無論、感知していない。

 ひぃたろは街の中心部へと意識を向け、感知術を広げる。落ち着いて感知すれば様々な事がわかる。戦闘中や移動中、騒がしい場所では落ち着く事が不可能となるが、今この場では落ち着いて集中力を絞れる。

 どちらかと言えばひぃたろは感知術は苦手な方だ。むしろ感知術が得意な人物を探す方が難しいと思えるほど、感知、看破はおそろしい集中力を要求される。


「キューレの感知、看破の水準の高さに隠された病的なまでの努力が少し見えた気がするわ......」


 落ち着いて集中できる環境下でもやはり広く感知を広げ拾うのは神経を大幅に削る。半妖精は眉を寄せつつも自身を拡張するという違和感に耐えつつ、トラオムの中心部を探る。


───気配は当たり前だけど多い。


 ひぃたろが感知を広げている街はギャンブルの街。深夜という時間帯の中でも眠る事を知らない住民達は一喜一憂するように気配を上下させる。


「感知なんてとてもじゃないけど出来ない......チッ」


 舌打ちで毒づき、フォンを手に装備を整える。何が起こるかわからない以上は常に警戒を怠らない。これは当たり前であり、今のような状況で装備や消耗品の確認と調整も基本。冒険者として活動する以上は “確認不足や準備不足で失敗する” という事は絶対に排除すべきだとひぃたろは常々思っていた。勿論、どちらも満足に行えない状況がある事も理解している。それを踏まえた上で、日頃からどう行動し思考を回転させるか。ここが冒険者としての大きな分かれ道だと言える。


「......ひぃちゃ?」


 装備と消耗品の残量を確認し、純妖精エルフの宝剣を腰へ下げたタイミングでワタポが意識を戻す。


「どうしたの? 腕が痛む?」


「ううん、大丈夫。それより、どこへ行くの?」


 シルキ大陸へ行っていた頃は装備していなかった外套を羽織り、黒眼帯で左眼を隠す半妖精へワタポは問う。


「この街の中心部で異常な気配が湧いた。ワタポはここで休んでいて───と言いたい所だけれど、今まで感知した事無い気配だから......悪いわね、調子が戻ったら後で来てもらえるかしら?」


「───うん。わかった、必ず行く」


「頼りにしてるわ」


 ひぃたろはワタポへ頷き、宿を出ていった。

 異常な気配を探るなどひとりでは危険すぎる。止めるべきだったか、とワタポは思ったがそんな気持ちも「後で来てもらえるかしら?」というひぃたろの言葉が吹き飛ばした。


 ワタポは頼られたんだ。

 今まで間接的に頼る、流れ的に任される、といった事は何度もあったが、今回は直接的に、それも正面から言われたのだ。


───頼られたいってワケじゃなかったけど、やっぱり頼られると嬉しい。


 義手を動かし、微かに残る再生術の余韻に眉を寄せつつ、もう少し休んでから行こう。と決め装備の調整を始めた。




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