◇片鱗



 魔人───悪魔族、魔人種。

 平たく言えば悪魔種族だが、単純に派閥が違う。


 まず、悪魔というのはどの種族からでも産まれる。自身の種を怨み憎み絶命した際、悪魔へと後天する。どの悪魔に後天するかは運と言われているが “誰でも悪魔になりうる” というのがポイントと言われている。


 次に、魔人。魔人という種族も後天と言えばそうなるが、適切な言葉を当てるならば “侵食” となるだろう。


 侵食───イロジオン。

 奇病の一種で、瑠璃狼ローウェルのカイトが狼の姿をしていたのがまさに侵食。女帝も侵食にカテゴライズされる奇病。

 魔人種の侵食が末期を迎えた結果、魔人へと後天する。


 悪魔はその者が決めた意思、、で。

 魔人はその者が秘める価値、、で。

 これが大きな違いだ。



 今、地界イフリー大陸の街、トラオムにいる女性【リヒト】は魔人の刻印であり奇病の根源である右眼の瞳を発眼はつがんさせた。

 グリーンイエローの右眼に縦長の瞳孔。魔人の瞳、十字兵から感じ取った魔人の気配、この2つが普段平静を装いながらも抑制し続けていたリヒトの中にある不安定かつ衝動的な感情の蓋を開こうとする。

 魔人の瞳を使わなければ感情の蓋が疼く事もなかっただろう。しかし、それは出来なかった。

 人という生き物はたったひとつの事で簡単に崩れてしまうほど弱く脆い。例えば友人からの言葉、例えば身内の不幸、など様々かつ些細な事がトリガーとなり弱く脆い部分が崩壊してしまう。

 今回、リヒトが魔人の瞳を発眼させるにあたったトリガーは “十字をきる仕草” だった。


 心の奥深くに今もねっとりとへばりつく記憶悪夢


 光を失った虚ろな瞳で、渇いた唇を震わせ何かを唱読し、揃って十字をきるローブ姿の大人達。

 その大人達に囲われるよう、小さな自分が生温かい仔羊の首を無理矢理抱かされた形で床に座っているビジョンが、明確に浮かんだ瞬間リヒトは右眼の色を防衛的に変えてしまった───防衛で行った行動が、崩壊を招くとも知らず。





 肉食系種族の細胞を組み込まれた人間は、約70%の確率で拒絶反応を起こし肉体よりも精神が先に死滅する。それでも30%は適応するのだとイフリーの研究者は知り、何人、何十人、何百人と試し作り上げたのが混合種キメラ兵。

 好戦的モンスターの細胞を埋め込み、自我を失う事なく強制的に変化系能力、、、、、を得た混合種兵達はその力を惜しむ事なく利用し、少女メティを無惨にも殺すべく群がろうとしていた。


「ダメだよ、それ、、


 強烈な蹴りを受けた少女だったが、まるでダメージがなく立ち上がり忠告するように混合種達へ指をさす。

 我慢でどうにかなる手応えではない。普通の大人の蹴りでさえ少女が受けるには強大すぎるというのに、メティが受けたのは混合種の蹴りだ。我慢など微塵も通じない域だというのに、何事もなく立ち上がり表情ひとつ歪めていない。

 この異常に蹴りを放った混合種が声をあげ、他の混合種達もピタリと停止する。


「......効いてないのか?」


 混合種は恐怖さえおぼえ、メティへ質問した。

 蹴り───脚には確かな感触と反動があった。盾や鎧など防御特化の何かを攻撃した際は相応の反動が脚に伝わるがそれもなく、確実にヒットしていたと今もなお思う。それでも、メティは吐血さえしていない。


「効いてない、じゃなく、届いてない、だよ?」


 まさかわからないの? と言わんばかりの表情で答えたメティの前に薄っすらと何かが波紋を揺らす。


「水がさっきの攻撃を止めてたんだけど......気付かなかった? ま、いっか。それじゃあ次は私の番ね」


 トラオムの住民達は、少女が半人半獣の化物共に襲われている、と認識し現状を見ていた。誰もが「少女は殺される」と思って疑わない。しかし、混合種達には全く逆の思考が流れていた。自分達は「少女に殺される」と。

 アメジスト色の瞳が楽しげに笑った。悪意も敵意もなく、ただ友人と遊ぶ子供のような色合いで。


 次の瞬間、混合種達の意識はぷっつりと途切れ二度と繋がる事はなかった。


 身の丈に合わない槍杖を、槍の方を地面に向け杖の方を混合種達へ向けメティはクチを尖らせ「ただの混ざりだった」と残念そうにぼやき水に濡れた地面を進み首の無い混合種の遺体へ視線を落とし、


「───言ったでしょ? それじゃダメって。モンスターを混ぜるだけじゃ混合種キメラじゃないんだよ?」


 どぷどぷと流れる鮮血を顔色ひとつ変えず眺め、デザリア兵の遺体へ「混ざりは何の意味もないよ」と言葉を落とし、リヒトの元へ戻るべく足を動かした。



 一瞬で混合種兵の首を撥ねた攻撃は水の刃。

 蹴りを水の壁で受け止めた際に、その水を四散させ付着させていただけの話。

 メティの能力は “水を操る” でありながらもその水は自分で出したモノが対象となる。

 影牢カゲロウの影と同じく縛りがある分、その縛りの中では相当幅が利く能力のひとつ。


「〜〜〜っ......眠い」


 少女は可愛らしいアクビをして月を眺めた。

 月明かりが少女の背腰にある幅広の尾、、、、のような薄いシルエットを照らしたが、それは次第に消えてなくなった。





 モンスターパレードの管理を統括している管理室で、女性はモンスター達の檻を解放すべくアレやコレやと並ぶスイッチを眺める。


「......どれが正解?」


 女性が訪ねた相手は室内に転がり痛み悶えるここの管理者達。全員が鼻をおさえ涙粒を溜めている理由は、女性───ヨゾラが管理者達をとりあえず殴って黙らせたからだ。

 エミリオをコロッセオへ投げ飛ばした後、ヨゾラも別ルートでモンスターパレードに潜入し、廊下で出会った管理者を脅し、この部屋まで案内させていた。


「ねぇ? 寝てんの?」


 ブーツの爪先で倒れる管理者の指を踏み、折った。激痛に悲鳴をあげる男へヨゾラは「起きてんじゃん」と笑いながらいい、首を踏み付ける。


「どれがモンスターの檻を開けるスイッチなの?」


 鼻を粉砕され指を一本折られ、まともに会話出来る状態ではない管理者へ容赦なく質問を飛ばすヨゾラ。すると別の管理者が、


「私が教える、だから、助けてくれ......」


「おぉ、賢明。いいよおいで、お前はもういい」


 踏み付けていた管理者を蹴り、声をあげた管理者を手招く。どのスイッチが檻の解放か、どのレバーがコロッセオの穴を塞ぐものか、色々と聞き出し知りたい情報を得たヨゾラは最後に、


「デザリアのボスってどんな人?」


 最も気になる事を質問した。ヨゾラは女帝種だあり覚醒種。同じ覚醒種がこの大陸に存在している事を、微かにだが確かに感じていた。


「オルベア様は、とても勇敢でいて、国の人々を大切に思ってくれる方だ」


「へぇ、オルベアっていうんだ。そのオルベアがボスになってからさ......村や街は何個無くなった?」


「......は?」


「いやだからさ、イフリーの村や街が何個無くなったって聞いてんの」


「......、......2つ、災害で滅んだ。それがなんだというのだ!?」


「オッケー、もういいよ。おつかれさま」


 ヨゾラは労う事と共に立ち上がり、管理者達を全員気絶させた。


「何百人喰ったんだ? オルベアさん」


 モニターに映る魔女エミリオと砂泥モンスターの試合を観戦しながら、ヨゾラはオルベアへの期待を膨らませた。




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