◇十字



 ヨゾラがエミリオをモンスターパレードへ文字通り投げ飛ばす頃、トラオムの街に残っていたメティとリヒトはデザリア軍の前に立っていた。


「こんばんは、夜中なのにお仕事ですか? 大変ですね」


 硬い笑顔を貼り付けた表情でリヒトがひとりのデザリア兵───十字に添えられた羊の頭蓋、というハイセンスな刺繍を施されたローブ姿の兵───へ挨拶を投げ掛けた。

 十字に羊の頭蓋......十字兵の背後に立つ混合種キメラ達がリヒトへ警戒ではなく警告のような視線を向け一歩動くと同時に、リヒト側からも少女メティが一歩、混合種と同じ色の視線をぶつけリヒトの隣へ。


「こんばんは、見ない顔ですね。こんな時間に何か......あぁ、観光ですか?」


 混合種達の前で手をひらり上げ、ひと振りで混合種の動きを制し十字兵がリヒトへ挨拶を返す。ここでもし十字兵の会話相手が魔女エミリオや魅狐ミコプンプンならば返事で十中八九詰むだろう。十字の「観光ですか?」という質問に2人ならが間髪入れず「観光」と応えてしまうからだ。


 今のイフリー大陸はイフリーポートから一切先へ進めない。どれだけ重要な用だろうと全てイフリーポートで処理する。それが不可能ならば出直してもらう、といった理解に苦しむバリケードが張られている。つまり観光は不可能。たった1回のなんて事のない応答の中で既に探り合いは始まっていた。


 見ない顔ですね、という言葉にも意味が含まれている。「自分はイフリー大陸の人々を把握出来ている」というハッタリか牽制か。そして立場......屈強な兵を文字通り手のひと振りで制した権力と実力の提示。それだけに留まらず十字はダメ押しで時刻を刺した。ここにもミスリードが隠されていて、ギャンブルの街トラオムという場所は深夜だろうと昼間だろうと関係なく盛り上がっている。「こんな時間に」という言葉には警戒が自然に混ぜられている。


 力と立場の提示で牽制、深夜という時間に紛れ込ませた警戒、大きなミスリードはこの街の喧騒が見事に覆い隠している。

 たった1回の応答で十字兵はリヒトを追い込む。勿論まだ詰みとは言えないが、ほぼほぼ詰みと言える状態へ、たった一手で。


 対象の実態把握。これを優先し見事な攻めを行った十字───だが、この手のやり方は対象によっては全く通用しないという点を配慮していなかった。動揺させ実態を見抜く、という十字の目的は慎重。言い換えれば回りくどい。


「あなた───魔人、、に触れましたね?」


 一瞬で空気が凍り付く。

 神、魔人、賢者、祖龍......それらの存在を実際に認識している者はいない。度を越えた妄想から妄言が溢れ、創作された空想。

 と何十年も何百年も言われ続けている中でのリヒトの発言。こんな事を例えばウンディーのバリアリバルにある集会場で話せば大爆笑される類の、空想に夢みる子供でさえクチにしない言葉。だが、リヒトの言葉は十字兵の瞳孔を刺激した。


 デザリアの兵達は勿論、四将も炎塵の女帝さえも気付いた事のない、十字兵の魔人触れ。誰かに話した事など一切ない部分を見ず知らずの初対面に突き刺され射抜かれた。


「......あの女は私が......俺が殺る。他は殺れ」


 十字兵が自分の事を俺と言い直した瞬間、混合種達は素早く行動へ。女───リヒトではなく隣の少女をターゲットに混合種が見た目通り人間離れした脚力を披露し、一瞬でメティの前へ移動。少女を蹂躙するのは心苦しい、などと思う者は誰ひとりのいない。

 女子供だろうと、この街......この国では排除対象となった瞬間から容赦しない。そう育てられてきたのが現在のデザリア上級兵。歪んだ育成の賜物か、混合種のひとりは躊躇も容赦もなく、メティへ強烈な蹴りを送り、少女の身体は予想通りの飛距離を叩き出した。


「仲間の子供が死にますよ? 追わなくても?」


 混合種達は吹き飛ぶメティを追った。少女相手に十数という混合種が、肉食獣が獲物へ群がるよに。既にその姿は遠く、助けるならば今から全力で追わなければ遅い。


「追いませんよ」


 しかし、リヒトはその場を離れようとしない。


「......まぁいい。ところで、魔人について何を知っているのですか?」


 十字兵はメティを追うリヒトを背後から一撃で仕留めるつもりだったらしいが、その目論見もあっさり無意味なものとなった。しかし、1対1を作り出せただけでも上出来だと判断し、もう姿が見えない混合種達へ「片付いたら楽に殺してやろう」と胸中で告げていた。魔人というワードを耳にした時点で、混合種達をひとり残らず殺す事には変わりない。それだけ十字は魔人という存在に対して徹底しているのだ。


「何をって......まさか、あなた───魔人に触れただけ? それとも、少し見た事ある程度?」


 質問に質問を返すリヒトへ十字は苛立つ。その内容にも苛立ち、自分の中で確定させた。


「もういい。四肢を潰して聞き出します。それでも話してくれないのならば脳をマスターに解析して貰えばいいでしょう」


 物騒な事をクチにする十字兵へリヒトは、


「......どっちにしろハズレだったかぁ」


 既に興味を失っていた。触れただけでも見かけた程度でも、リヒトにとってはハズレ。自分の時間を使う必要性さえ無い、ただのハズレ。しかし十字にとっては真逆だろう。


「何をブツブツと?」


「え? あ、はい。お名前は?」


「......名前? そんなものどうでもいいでしょう? それより魔人について何を知ってるか話してくたざい」


「え? 何も話す事はありませんし、先程自分でもういいと言ったじゃないですか?」


 揚げ足取りのような発言だが、リヒトにそのつもりは毛ほどもないが、これ以上ない効果を発揮し十字はリヒトを完全に討ちに来る。ローブの内側に仕込んでいたクローともグローブともいえぬ武器を両手へ装備し、見た目からは想像出来ないキレのある体術でリヒトを引裂こうと。


「わっ......びっくりした。速いね」


「!?......見えています?」


 素早い動きから繰り出された打撃───とは言えない右腕の裂き。それをリヒトは必要以上に距離を取った回避でやり過ごし、短剣を抜いた。


「うーん......短剣コレで終わればいいなぁ......今の精神状態で槍斧アレ使うと迷惑かけちゃうだろうし......でも能力ディアを使うのは嫌だなぁ......」


「随分余裕そうですね。ま、私は本気で殺しに行きますのでご勝手に」


 デザリア軍、四将 十字。

 螺弾、腐肉、嫉妬と並ぶ中で十字という薄い印象の称号を持つこの男だが、十字とは墓標、墓標は対象の死を意味している。今までこの男が取り逃がした対象はゼロ、任務完遂率は言うまでもなく100%を誇る。

 そんな男が本気でリヒトを殺す対象と認識し、獣型モンスターの鉤爪のような武器を装備装着している手で十字を切った。


「いきますよ」



 男の声にリヒトは、酷く怯え今すぐにでも泣き叫びそうな表情を浮かべ、右眼の色を変えた。




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