◇ヒュアツィンテ



 この世界は、どうにもならない事の方が何倍も何十倍も多い。予告なんてなしに突然それが起こる方が多い。


 だから、ちゃんと一瞬一瞬を見て、聞いて、受け止められるようにならなきゃダメなんだ。


 辛くても、苦しくても、悲しくても、何でも。


「......ごめんな。やっぱわたしじゃお前を助けられないし救ってあげられない。だからって逃げたりしないぜ......友達だろ? ───ッ!!」


 バーバリアンミノスへ届くハズもない言葉を送り、見事にその言葉を押し退けて突進が炸裂する。受けきれるワケもなく、わたしは無様に吹き飛び転がる。とてつもない衝撃と激痛、喉をせり上がり吐き出される血。


「───痛ッ......この、剣は、」


 必死に立ち上がり、手に持っている剣をバーバリアンミノスに見せ語る。勿論バーバリアンミノスにわたしの声など届かず、次の攻撃が放たれ再び倒れる。


「......剣は、チビドラの、角が、メイン素材、なんだ───ッ!」


 立ち上がり、語り、再び倒される。


「............その、チビドラ、も、今はもう、生きてない......ッ」


 何度も。


「............リピナの......友達の、親友も、姉ちゃんも、ッ」


 何度も。


「............昔の、知り合いも、友達に、なれ、そうだった、ヤツら、も、ッ」


 自分でも馬鹿だと思う。話した所で意味はないし届くワケもないし、聞いてもくれないってわかってる。それでも、


「..................みんな、もう、居ないんだ......死んで、居ないんだ」


 わたしは自分の力の無さを嘆かずにはいられなかった。あの時、わたしにもっと力があれば全員救えた、全員助ける事ができた、なんて思っちゃいない。


 でも、力があれば、強ければ、賢ければ、なんらかの過程でその結果を少しでも変えられたかもしれない、予想出来たかもしれない、と惨めな後悔を吐き出さずにはいられなかった。


「......何度も、言うけど、わたしじゃ......お前を救ってやれないし、助けてやれない......友達って、言ってくれたのに......友達って......」


「......トモ、ダチ」



 酷い耳鳴りが虚無感を煽る中で沸騰するモノがある。


「............バーバリアンミノス......わたしは、お前を、友達だと、思ってる」


 不思議とバーバリアンミノスの攻撃が止んだ。何度も何度もわたしを打ちのめした攻撃が、ピタリと。


「......無駄に暴れる友達を、シカト出来るほど大人じゃねーんだ。友達を誰かに任せるほど、面倒臭がりじゃねーんだ! ............無理矢理でもわたしが止めてやっから、来いよボスババ」


 誰かを傷つけるお前を見たくない。

 誰かを殺すお前を見たくない。

 誰かに傷つけられるお前を見たくない。

 誰かに殺されるお前を見たくない。


 お前はそんな外見なりしてるけど、結構優しくていいヤツなんだってわたしは知ってる。

 知ってるからこそ、お前を落としたくない。

 救えない、助ける事が出来ないならわたしが。なんて考えが......ないワケじゃない。


 でも、そういうのも全部、全部置いといて、友達だろ? 最後くらい頼れよ。お前が背負ってたもんをわたしが背負ってやるから、暴れたくないのに無理矢理暴れさせられて......それも止めてやるから。


「............」


 力がなくてごめん、弱くてごめん、賢くなくてごめん、お前を助ける事はわたしには出来ない。


 でも、


「............お前みたいにされるヤツをこの先出さないように、マスターってのをぶん殴ってやるから、お前はもう、もう......暴れるなよ......っ」



 霧棘竜───霧薔薇竜の剣【ブリュイヤール ロザ】を身体の前で構える。強く握らず、でも弱すぎず。

 薄っすらと無色光を着込む刀身。それを見たバーバリアンミノスは瞳を揺らし、武器を投げ捨て、今度は四肢を使い深く屈み頭を上げた。最初の突進とは違い、今度は全力の突進が来る、と簡単に理解出来た。


 速度も、威力も何もかもが今までと違うんだろ? それがお前らバーバリアンミノスの必殺なんだな。頭で突っ込む、なんてそうそう使うワケにはいかないよな。


 お前はバーバリアンミノス達の先頭な立ってみんなを引っ張ってたよな。みんなを助けるためにお前がそのマスターってヤツの前に名乗り出たんだろ?


「............他のバーバリアンミノスは、ちゃんと助けるから」


 わたしの声を合図に力強く床を叩き、雄々しい角でバーバリアンミノスが突進攻撃を開始した。


 薄い無色光───この剣術に属性は必要ない。


 ワタポの能力からヒントを得て組み立てた視力強化魔術【ペレイデス ピプラ】を使い、動きを捉え、一歩踏み込む。

 踏み込んだ足へ加重移動しつつ身体を低くし、タイミングを見て、グリフィニアから教わった “サルニエンシス家の剣術” 華剣のひとつを使った。


 教えてもらっていた時は一度も成功しなかった単発剣術【華剣 ヒュアツィンテ】はわたしを裏切る事なく発動され、バーバリアンミノスは抵抗なく通過する。

 華剣 ヒュアツィンテ は罪人を処刑する際に使われていた剣術だとグリフィニアは言っていた。時代が流れ、ヒュアツィンテは罪人を処刑する、ではなく、痛みも苦しみも与えず終わらせる、に特化し完成した単発剣術であり、使う場面が来ない事を願う剣術。ともぼやいていた。


 その意味がわかった気がした。


 もう一度使えと言われればきっと発動しないだろう。そしてもう二度と使う場面に遭遇したくない、と心からの思える剣術【ネリネ ヒュアツィンテ】がバーバリアンミノスの命を静かに終わらせた。



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