◇愛人形の快楽
粘度のある卑しい視線が
「いい、わ、プン、プン......とても、強く、なって、いる、わね。その、髪、と、姿、はフ、レーム、を突、破し、たの、ね? 素敵」
奇妙な句切りで細切れになった言葉を吐き出す女性【リリス】は灰色の長髪を引き
「ッ!」
クチをとろけさせるリリスとは対照的な表情を浮かべるプンプン。リリスの言動が、リリスという存在が、プンプンにとっては毒や病、呪いのようなものであり、プンプンが生きる目的でもある。
大妖怪に匹敵する実力と、妖怪の中で最も神格に近い種......
そんな魅狐族に産まれたプンプンは、物心つく前に竜騎士族へ預けられ、育った。
魅狐の中でも特別視される家系に産まれ、竜騎士族ではトップクラスの家系に預けられ、愛情を惜しげもなく注いでもらい育った。
平和的に平凡に、大人になって結婚して子供を授かり過ごすと思っていた人生が、一夜にして跡形も無く消え去った。
今プンプンの視界で胸焼けを誘発するような表情を浮かべるリリスによって。
「......───ッ!」
湧き上がるのは敵意ならぬ、殺意。
膨れ上がる殺意を弾けさせるように雷で空気を叩き、不規則な動きでリリスを翻弄し、背後を取る。
プンプンの身体能力と
「素敵───で、もまだ、足り、ない」
嗤って対応する。
───コレにもついてくるか。
と、プンプンは沸き立つ殺意の中でも冷静にリリスを誘導する。
リリスという人物の戦闘力については把握しきてれいない部分の方が多い。しかし、
「強く、なった、のは、わかる。けれど、こ、こから、先、じゃ、足り、ない、わよ。プン、プン」
糸くずのように短く切った言葉で「ここから先じゃ足りない」とプンプンの実力を評価しつつ、リリスは鳥籠のようなスカートの骨組みを一本抜く。可愛らしいスカートの形状を維持するための骨組みは、抜けば貫通力のみを重視して作られた飾り気のない刺突武器。
「!? エストック───ッ!」
スカートの装飾だとばかり思っていた腰付近のリングは、指をかけ素早く抜けるようデザリアされた隠し武器。シルキ大陸では暗器と呼ばれ、それは卑怯でも姑息でもなく、見抜けない予想出来ない方が悪いと言われるほど当たり前かつ立派な戦闘技術のひとつ。
シルキでは目立った動きそこしていないクラウンだが、ニンジャなどを観察した際にリリスはクナイの収納力と殺傷力に惹かれ、自分に合う形で取り入れていた。
武器自体に飾り気がない理由は、見抜かれず、抜きやすく、使い捨てであり補充可能、という実用性を重視した結果であり、ディテールに拘るゴシック系やドールを愛するリリスも飲み込むほどの実用性の高さ。派手さは欲しいがそれを超える殺傷力は魅力しかない。
ぬるり、と奇妙な動きで距離は既に詰められ、妙な切先を持つエストックがプンプンの頬を掠めた。
「おし───い?」
眼球を狙った刺突をプンプンは回避するも、正面から見たエストックの形状が細い針剣ではなく、筒状になった注射針のようで、見た目よりも幅広い刀身を計算に含める余裕が無く頬を掠める結果となった。が、ダメージを受けたのはプンプンだけではない。
「そうだね───」
プンプンは振りのない雷線のような打撃をリリスの腹部にヒットさせていた。威力こそ低いが牽制には申し分なく、これもシルキ大陸で鬼が攻防の最中に細々と挟む体術の癖のようなもの。目的はダメージではなく、相手のリズムや集中力を崩す事にある。
初見で受ければ、
「───それじゃあ、これは? おしい?」
「───!?」
次へ繋げる隙は簡単に出来る。
衝撃に気をとられたリリスへプンプンは容赦なく雷撃蹴を放ち、威力もそれなりに重視した体術が人形少女の胸にヒット。リリスは地面を擦りながら最初の攻防はプンプンに軍配が上がった。
「足りないのはお前の認識力と想像力だ。ボクだけじゃなくみんな、お前なんかが想像出来ないほど強くなってる」
放たれた言葉は事実だろう。
誰もがのうのうと生きているワケではない。強さが稼ぎに直結すると言っていい冒険者ならば尚更だ。
「......、フフ、そうね。聞いた、わよ、プン、プン。星、付き、を、狩る、ギルド、に、なった、らしい、わね」
星付き、賞金首系のモンスターや犯罪者を指す単語のひとつ。バウンティハントを行うギルドは星狩り、星撃ち、などと呼ばれる事もある。
「そうだよ。ボクはもうお前達を見逃さないし、追う理由も合法的に出来たんだ。ボクは星狩りでお前達は星付き。深追いするなと言われている中でも、仕事と言えば追う事も許される。もう逃さないぞリリス」
クラウンやレッドキャップだけではやく、高難度クエストや高ランクモンスターを倒す場合、必ずといっていいほど理由を求められる。無闇に、腕試しの容量で挑む冒険者が多くそういった冒険者は基本的に戻ってこない事から、犯罪者や強モンスターを深追いするな、と法律ではないものの焼き付いたルールが存在し、それらを守らず死んだ場合は自業自得で片付けられる。
それで片付けばいい方だ。モンスターの場合は暴れ続け生態系を大きく狂わせる事も、犯罪者の場合は知人まで手にかける者もいる。
安易な行動が多大な迷惑へと派生してしまう事の方が多いのが、高危険度を持つ存在を対象とする行動だ。
しかし、バウンティハントを生業とするギルドならば「仕事」の一言で全て通ってしまう。そのために “バウンティハント” というジャンルで【フェアリーパンプキン】はギルド申請したのだ。申請が通らなければ以前と同じ冒険者ギルドだが、通れば冒険者ステータスのギルド欄に【バウンティハント】という文字が刻まれ、それは冒険者ランクよりも強大な存在感を放つ場面もある。
汚れ仕事と比喩する者もいるが、プンプンにとってはこの上ない称号だろう。プンプンのターゲットは今も昔も、ここにいる
「逃さ、ない? 私、は、一度、も、プン、プン、から、逃げ、て、ない、わよ? でも、いいわ───」
ぬるり、と立ち上がるリリスは雷撃で焼ける腹部を撫でニヤつく。
「───それじゃあ私を捕まえてごらん? こんな掠り傷じゃなく跡形も無くぐちゃぐちゃにしてみるといいわプンプンあなたきっと出来るわよさぁプンプン! プンプンプンプンプンプンプンプン、プンプン!」
今度は句切りなく言葉を並べ呼吸を荒く乱れさせるリリス。頬をほんのり染めてプンプンを見る表情は初恋相手を見る少女のようだが、スカートの中に手を入れ足腰を震えさせる姿はプンプンにこの上ない不快感を与える。
銀髪の髪を逆立てるように雷の衣を纏い、九尾を扇状に開く。そこでリリスは歪んだ笑みを浮かべ、
「Lassen Sie das Puppenspiel───お人形遊びは好き?」
いつもの言葉をクチにした直後、十本の指を奇っ怪に動かす。
「ぬぬん!? リリスちゃんや! それは後で使うって言ったじゃんかいな! ここで使っちゃ効果薄いんだっちゃ! もぉー! 困った子ナリ!」
地面に寝転がりながら戦況を眺めていた世界一厄介な道化、フローが声を上げ上半身を起こした。しかしスイッチの入ったリリスの耳にはフローの声など届かない。
展開される巨大魔法陣から湧き出るように姿を現したのは、眼を背けたくなるような痛々しい傷と苦しそうな表情のまま死んだのであろう人間達だった。
大人だけではなく、子供も老人も、赤ん坊さえその中に含まれていた。
「......───リリス、お前また......またッ!」
ギリッ、と奥歯を鳴らすプンプンを逆撫でするように、
「鉱山の街の人達を全員殺して人形にしてあげたのよ疲れて汚れる割に稼ぎが低い仕事なんてするよりも私の為に働いた方が幸せだと思わない? 赤ん坊は弱いし邪魔だけど大人を使って投げさせるくらいには使えるわよプンプン」
人間とは思えない発言にプンプンだけではなく、ひぃたろも、ワタポも、デザリア軍の者達も顔を引つらせる。
「ほう......。変わらない......いや、拍車がかかったな。リリス君は」
フィリグリーは元レッドキャップのリリスを理解しているからこそ、驚きはしなかったものの欲望に正直になったリリスを以前よりも警戒する。
「あなたは
ぎょろり、と全員の眼球がプンプンへ向けられ、何十と居る死体人形が蠢く。
砂埃を上げただ “対象を殺す” 事だけを植え付けられた死体人形達は手段も犠牲も
恵まれた体格の男性が赤ん坊の頭を鷲掴みし、首を捩じ切り投げるだけに留まらず、子供も投擲素材へと選択し、大人達が群がり
鉱山の街・オルベイアの人口は多いとは言えないが、規模は村ではない。
プンプンは無闇に人を殺さない。それは当たり前の事だが、プンプンの場合はリリスの人形にされた死体も、人という認識にある。それを知っているからこそリリスは人形を全て召転させ、豪快に使う事を選んだのだ。
死肉人形達は魅狐へ手を伸ばしアンデッドモンスターが腹で震えさせる
操師であるリリスの命令は対象の破壊───
リリスはそう語り、オルベイアの人々を一斉起動させた。
リリスの
命令は単調になるが一本の糸で複数の死肉を操る事が可能であり、それら能力を最大限に発揮するため隙間系魔術をフローに習い、今のように所有権が自身にある“モノ”を召喚するように取り出せる。一見召喚魔術のようにも思えるが、召喚よりも難度が低く“モノ”に対しては召喚よりも大きな効果を発揮するのが隙間魔術。
今のリリスはわざわざ人形を連れて歩くことをせずとも小規模の街の人口程度ならば一瞬でその場に呼び出せる。
死体操作能力【
これがリリスの能力名であり、発想ひとつで様々なバリエーションを発揮する奇っ怪な能力だが、どう応用しても本質は死体操作。
竜騎士族を殺し操り、ノムー大陸の大貴族を殺し操り、イフリー王を殺し操り......様々な場面で人形劇を愉しむ感覚で人の命を奪い死肉を縛り付けてきた能力。今回も鉱山の街オルベイアで暮らす全ての人間を死体人形へと変え、操作している。
「さぁプンプンあたなの進化を変化を私に見せて! 竜騎士人形を壊した時の覚悟が本物か偽物か私に見せて! 私のように沢山の人を殺して見せて! プンプンプンプンプンプンプンプン、プンプン!!」
普段の口調───3文字ほどで句切っては喋る壊れたラウトドールのような喋りは無く、顎が緩んだナッツクラッカーのように感覚をあけず一方的に言葉を吐き出すリリス。
喜びや怒りで激しく口調が変わる人形少女へ耳を向けず九尾の魅狐は、オルベイアの住人達だった遺体人形へ視線を送っていた。
こうなる前に駆け付けてあげられなくてごめんなさい。
魅狐の胸に刻まれる、どうする事も出来ない現実。
「......助けてあげられなくて、ごめんね」
リリスの能力下におかれた人々をプンプンでは助けられない。プンプンだけではない、
しかし、せめてもの救いを、可能な限り苦しみを与えずに、リリスの呪縛からの解放ならば、プンプンにも───プンプンになら、出来る。
九尾の一本が浮世絵のような青銀色の火に包まれた。
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