◇雨玉のひととき
───お前本当に人間か?
わたしのとんでもなく失礼な質問への反応は、呆れか図星か、小さな鼻笑いだった。
「火傷部分に普通じゃ見えないレベルの攻撃が残ってる。スリップ系に限りなく近い別の何か」
清緑の瞳には何かが見えているのか、火傷部分を視線で撫でながら何かを考えるヨゾラ。スリップ系───残留して継続的にダメージを与えるタイプの攻撃───に限りなく近い何か......毒に近いが毒とも言えない攻撃が残ってるって事か。言われてみれば納得出来る。痛みの質もただの火傷とは違って、熱もそうだ。外側は勿論、内側にも同時にゆっくり広がるような痛み。放置していたらいずれ死ぬ、ってのが漠然とわかる。
「ひとついい?」
「あ? なんだ?」
「貸しをつくったら何を返してくれる?」
......む、そう言うって事は、このヨゾラには治せるって事だな? しかしタダでは治してやる義理はない、と。そりゃそうだ。どこの誰かも知らないヤツが野垂れ死のうが焼け死のうが関係ないもんは関係ない。助けを求めるならそれ相応の対価を支払うのが当たり前だ。
が、わたしに支払えるモンはない。特に金なんてない。だが諦めるのは死を意味する。
「何が欲しい? 金なら今すぐは無理だけど払える」
わたしには金がない......
「金もいいね、でも私が今欲しいのは “ペドトリスファラー” っていう花なんだ。聞いた事ない?」
「悪いな、花や葉っぱは全部同じに見えるタイプなんだ。全く聞いた事ないぜ」
ペドトリスファラー......なんだそれ? 一応覚えておいて、後でキューレや他のヤツに聞いてみるか。金よりも花を選ぶって、その花結構いいお値段するのか? するなら是非欲しい。
「そ。メティは何が欲しい? リヒトさんは?」
「おいおい、なんでそいつらにも聞くんだよ? お前だけじゃねーのか?」
「私だけでもいいけど、傷を治したり手をくっつけたりは私じゃ無理。そしてその痛みを普通に体感するか、一瞬にするか永遠にするか、も魔女の答え次第かな。勿論、私に対しての答えじゃなくね」
意味がわからねぇ......が、これだけはわかった。
この3人───いや2人の中に治癒再生を使えるヤツがいるって事だ。このチャンスは逃せない、逃したら本当に死ぬ。
「おーけー、とりあえず言ってくれ。わたしとシャーマンが可能な限り応える」
「私もか? エミ、私もなのか?」
シャーマンを巻き込む事には成功した。これであの2人のご要望案の対象にシャーマンも加わる。どうせならシャーマンに全部任せる勢いのご要望を言え、言え!
「別に何もないし、何かしてあげるつもりもないよ? そもそも2人にもこの国にも興味がない」
ないない尽くしの子供、メティはあっさり取引を蹴った。悪気や挑発心、敵対心からの発言ではなく、本当に心からそう思っているというのは伝わった。
「私は......情報が欲しい、かな? 青白くて腕が4本、トゲトゲした尾が2本ある羽を持つ......人型モンスターの情報とか持ってませんか? あ、右眼が青で左眼が黄色です! あとは、十字と羊の頭蓋が描かれている服を着てる人、とか?」
「人型......私は知らない、エミは?」
「ぜんっぜん知らん」
モンスターも十字骨も知らんが、この3人のうち2人───ヨゾラとリヒトが探しているものは知れた。ここから上手く......
「花の情報もモンスターの情報も十字骨も、わたしは持ってないけど、
わたしは知らないが、わたしの知り合いはどうかな? という......切るには少々弱く苦しいカードだが切らないよりマシだ。とにかく話題を変えさせないよう気を付けつつ会話を続ける事が大事。
「そうか、魔女は冒険者だったな」
「おう、その言い方だとそっちは冒険者じゃねーんだな? 騎士や軍には見えねーし......犯罪者か?」
笑いながら失礼な事を言ってみた所、まさかの返事が、
「そうだよ。私が
「はぁ!?」
「犯罪者!? エミ、下がれ!」
わたしとシャーマンは同時に驚き、警戒も多少したが......下がれと言われても動くと痛いし、会話した感じ今は別に危険な行動を取るとは思えないし、警戒する必要はないと勝手に判断する。
ここで犯罪者が暴れて殺されたら......そこまでだったって諦めるしかない。それだけ今のわたしは戦闘も逃走も不可能に近い状態で、コイツらに頼らなきゃ結局は死ぬ。どっちにしろなら頼って断られて死ぬ方を選ぶだろ。
「別に何もしないって。私の
「ほーん......ま、いいや。その話はまた今度暇な時聞くとしてだ、火傷とか右手とか治してくれんのかハッキリさせたい」
コイツら3人が犯罪者だろうが聖人だろうがわたしには関係ない。今重要なのは治してくれるのかくれないのかだ。ここをハッキリさせなければ次の手段を考えるフェイズにも移行できない。
「冒険者のパイプは確かに魅力的かも......欲を言えば自分が冒険者って立場になれればいいんだけど無理だし......」
む? ここじゃね?
「どうだろ......無理って切り捨てるのは早い気すんぞ。ヨゾラも2人も、100パー無理ってワケじゃないんじゃね?」
「何をして誰に犯罪者認定をされたか、だねエミ」
「んだな」
さぁ考えろ、これ以上こっちから何も言わないから質問してこい。そこへ条件を添えて返事してやるから、早く、早く!
「普通に考えて無理でしょ。Cランクくらいなら吠えたりするけどSSS-S3なんて最大級の危険度だよ? 誰も相手にしない」
「私もSS-S2だし、どうにもならないと思う」
「よくわかんないから、どうでもいいよ私は」
諦めてんのかよ! おいおい冗談じゃねーぞ! こっちはもうここで上手い具合に話をまとめて治してもらいてーんだよ! くっそ......押してダメならコイツらは諦めて別の手段を考えよう。
「何をしたかによるけど、犯罪者って言っても色々いるだろ? 一撃じゃそりゃ消えないかもだけど、ちゃんと話を聞いて考えてくれるヤツをわたしは知ってるし、それでダメだったらどうせ犯罪者のままなんだし......強引に逃げるくらいお前らなら出来んだろ? だからもう頼むから早く治してくれ」
何でもいいから早く治してほしい。その後に話せばいいだろ......このわたしが逃げるとか思われてんのか? まぁ逃げるつもりだったけども、今はもうそんな気さえない。
逆にコイツら3人を仲間にして
「まぁそうだな。それでいいよ私は」
「うんうん、私もそれでいいかな? ダメ元でもそういう機会があるなら利用してみたい」
「ソラねぇとリヒトねぇがいいなら私も!」
「お!? 決まりだな!? んじゃ早速治してくれ、我慢出来る限界を何度も突破しててそろそろ爆発しそうなんだ、サクッと頼むぜ」
「......、ま、いいか。んじゃ早速───魔女はそこに座ったままでいいよ」
しゃ! しゃしゃしゃ! 治るぞ右手もくっつく───......?
「......は?」
「なに......が?」
シャーマンと同時に言葉がポツリと溢れた。
身体中にあった火傷も、内外から焼くような熱も消え去り、右手は再生術であるべき所に。焼け千切れた部分に傷跡は残っているものの痛みもなく指先まで思うように動く。左手も酷い火傷は痕さえなく本来の感度......何が起こった?
「......、......まぢに何したの?」
「言うと思う?」
「思わないけど聞くだけ聞いた。とにかく助かったぜ、ありがと」
......本当に何したんだ?
◆
ヨゾラ、リヒト、メティはエミリオの傷と腕を痛みなく治した。
まずリヒトが
再生術の痛みも本人が認識出来ないほどの一瞬に与えた事で、感覚的には無痛で終わる。勿論感覚的なので、肉体には再生術の疲労が残った状態だ。
「......、......まぢに何したの?」
「言うと思う?」
エミリオの質問に対しヨゾラは質問で返すという、本来ならば絶対に選ばない返事を選んだ。その理由は、エミリオがどう出るかの確認だ。
まだ質問をしてくるか、何も言わず身体の感覚を確かめ逃げるか。
「思わないけど聞くだけ聞いた。とにかく助かったぜ、ありがと」
エミリオが出した答えは、身体の感覚を確かめつつ礼を言い───とりあえず出しっぱなしの装備をフォンへ収納する、だった。
「凄いな、何が起こったか私も全然わからなかった......」
バーバリアンミノスのシャーマンも驚いているが疑う素振りはなく、エミリオの身体を確認しては2人して「治ってるな!」「治ってる」と言い合う。
普通の人間───普通の感性を持つ存在なら必ず恐怖する場面で2人は一片の恐怖も見せず、右手で頭をガリガリ掻き「すげー完璧だ! ちょ背中かゆい、頼む」「頭を掻くな......他に確認方法あるだろうに......」と遊んでいるようにも思える。
「なぁ、誰が何をしたのか細かく言わなくていいからさ、治癒再生を誰がしたのかだけ教えてくんね?」
フォンを操作しつつエミリオは言い、帽子を取り出して装備、満足気な顔で3人を見て返事を待っていると───
「私だよ」
意外にもメティが自ら言った。他人───ヨゾラとリヒト以外には全く興味を持たないメティが、自らエミリオの質問に答えたのだ。
「おぉ、そうか。メティだっけ? サンキューな! お礼にこれやるよ! あ、さっき言ったお前らの犯罪者ランクとは別だから貰ってくれ」
そう言って渡してきたモノは───水玉型で硝子細工のような......綺麗な飴。
「なにこれ?」
「ウンディー大陸にある雨の街名物、
自信満々に渡してきた雨玉。メティは3つ取り出し3人で一緒に舐め、
「......! 凄い甘い凄い美味しい!」
「美味しいね!」
「.....私甘いのそこまで好きじゃないけど、そこらへんの飴よりは美味しいかもね」
メティは眼を丸くし雨玉をクチの中へ、リヒトは舌に残る甘味な余韻を楽しみつつ雨玉の中を流動する黄色部分が何なのか観察、ヨゾラはクチに合わなかったらしくメティへ渡す。
「うめーだろ!? な!? ......、......わたしも食いてぇ......」
自分でお礼と言いながら渡してきたくせに自分も食べたくなったエミリオと、初めて見る雨玉とやらに興味津々のシャーマンを見兼ねたメティが残りの2つを2人へ渡す。数秒大人ぶって遠慮するエミリオだったがリヒトが流動する黄色部分をひと舐めし「黄色が通ると酸っぱいんだね!」と驚き声を。
その味を想像したエミリオは大人としてのプライドを一瞬で捨て、ありがたく雨玉を子供から頂戴し、シャーマンと共に決して可愛いとは言えない笑顔で堪能する。
「......不思議なヤツだな、てか酸っぱい顔それ笑わせに来てるたろ」
ヨゾラはよくわからないが、今この瞬間がほんのちょっぴり楽しいと感じた。
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