◇人型妖精種 ロアレスタ



 バリアリバルから約1時間───といってもクゥや箒、翅や雷で移動して1時間───の場所にある森。人が出入りしている痕跡は入り口付近だけで、その先は道の痕跡さえなかった。わたし達はそこを今まさに進んでいる。

 ギルド【フェアリーパンプキン】のメンバーの他に、キノコ帽子のしし屋、治癒術師のリピナ、錬金生物のだっぷーが同行する中、森の深層へ向かう。


「臭うーね、そろそろかな?」


 しし屋がのろりと喋り指差した方向にある木の表面は、粉砂糖のように白くなっていた。

 木の表面を覆っている粉砂糖の正体はカビ。進むにつれ周囲の草もカビに包まれる。


「そろそろバフするわね。集まって」


 リピナは首から下げていた赤眼鏡をかけ、見慣れない杖をかかげる。足下に魔法陣が展開され陣内の者に様々な耐性を一発で付与する上位補助魔術を顔色ひとつかえずサッと終わらせた。


「ワタポお! 一応コレ飲んでおくといいよお!」


 だっぷーは珍しく上衣を装備しているが、上衣の意味がないのでは? と思う露出の多い防具のポケットからフォンを出し、持続力が高い狼印のポーションを1本ワタポへ。


 この森の名は【サルーリの森】でわたし達が今向かっている場所は【サルーリの秘部屋】と呼ばれている広く開けたエリアであり森の深層。

 この森で発見された───深層へ戻る途中だったのであろう───モンスター【ロアレスタ】がターゲット。るのはワタポだ。


「そろそろ秘部屋よ。予定通り討伐はソロ。でも、見ていて討伐不可能だと判断した場合は手を出すわね」


 ギルマスの言葉にワタポは強く頷き、外していた防具パーツを装備する。


「このタイミングで聞くのアレかもだけど、防具それ......洗練リファインして強化したんだな」


 見た目が以前の防具とは若干違うイコール洗練。そして多分ある程度強化もされているだろう質感。

 ワタポだけではなくプンプンの防具も同じで、ひぃたろハロルドに至っては今装備している外套が初見も初見。


「ちゃんとした実戦て使うのは初めてだけどね」


 ワタポの声から普段の柔らかさが消えていた。スイッチを入れた───という事は、


「この先にいる、離れてエミちゃん」


「おう、頑張れよ」


 草木が邪魔だった道もその場所だけはクチを開くようにぽっかりと空いていた。そこの奥が噂の深層【サルーリの秘部屋】か。


「行くね」


 ワタポは最後に武器を取り出し、フォンをしまった。





 新防具【モノクロームナイト】は抵抗なくワタシの身体を包む。着心地は今までの防具なんて比例にならないくらい、しっくりくる。武器は以前と変わらない【エウリュ クストゥス】。そろそろ武器もワタシ専用のものを作りたいけど、素材の目星がつかないから防具を受け取った時ついでに武器をギリギリまで強化してもらった。

 エンド品にしちゃうと洗練時のベース素材に使えなくなるから許されるギリギリの+9。


 ほんのりと赤い刃を軽く撫で、ワタシは先へ踏み込んだ。

 予想以上に広いエリアの地面は雑草ひとつない土で、周囲の草木はカビに覆われていた。緑からたった一歩で白へと変わった風景に驚いていると、カビをばら撒いている元凶が空からゆっくり降りてくる。


「───情報がないモンスターだ。ワタポ! そのモンスターがロアレスタだよ!」


 プンちゃがモンスター図鑑で確認してくれた声を聞き、ワタシは長剣を構えた。モンスターランクがシングルからは全てがボスクラスの強さや危険度を持つ。そして今回のクエストは緊急であり、大陸であり、女王からのクエスト。

 緊急は文字通りの意味で、大陸はその大陸内で処理しなければならないクエスト。

 大陸内で処理できなければ、このクエストはダブルとなり全大陸に超高難度として配布されると同時に、このモンスターは今よりも放置される事になる。超高難度SS-S2を受注する冒険者......受注出来る冒険者は本当に少ないうえ、モンスターが被害を出していない場合は受注する意味もないとまで囁かれている。気持ちはわからなくもないけど。


「......情報通りの姿だね」


 キューレさんから事前に買っていた情報通り、人型でありサイズも160〜170cm、青色の肌に同色の大きな───蝶の羽根を持つ人型妖精種モンスター。


 ひらり、ひらりと地上に向かい降り、十数センチ上で停滞。ワタシと視線が合うやクスっと笑った。笑い声それを合図に土を蹴り上げるように走り、開戦。


 シングルのモンスター。ソロ討伐なんて馬鹿げた事、以前のワタシなら考えもしないし止める側だった。でも、今は、これからは、最低でも、、、、このレベルのシングルとり合えない様子じゃワタシの目的である【氷結の女帝】に剣先を触れさせる事さえ出来ない。


「シッ───!」


 鋭い闘気を隙間から吐き出すように呼吸し、初手はプンちゃから教わった単発万能剣術【狐月コゲツ】で攻める。

 どの角度、姿勢、距離からでも放てる万能剣術をワタシは突きで放ち、ロアレスタは光沢のある甲殻腕で防御した。防御の衝撃を感じる瞬間に素早く突きを引き戻しつつヒットした甲殻を観察。軽めで放った【狐月】で相応の傷痕がついた事を確認し、次の剣術を繋げる、、、


 オリジナルの剣術で三連撃【トライ ペイン】を無属性で刺突する。初手の【狐月】を突きで放った理由は繋げるためではなく、大きく踏み込むため。和國シルキで習った和國剣術は利き足を前に出した姿勢で、攻撃時に利き足で踏み込むのが基本という、フェンシングの要領だと最初は思っていたけど、実際は違った。

 同じ手足を同時に摺るように動かし、滑り込むように距離を詰める。そして素早く逆の足を引き、最初の姿勢を作るのが基本。

 これにより、今ワタシは初手で踏み込んだにも関わらず次手でも大きく踏み込める。勿論相手の動きによっては回避も選択出来る足運び。

 【狐月】の最大の利点はどの角度、姿勢、距離でも発動出来る点───ではなく、次へ繋げる剣術の初動に合わせて軌道を選べる点にある。


 踏み込みからさらに踏み込み、三連突きを肩を入れずに放つ。肘を軸にした突きは威力が低下するものの、速度は恐ろしく速い。この距離なら威力低下のデメリットよりも素早く撃ち込めるメリットが勝る。特に羽根を持つ人型───機動力が高めの対象には有効。


 確かな手応えと共にロアレスタの緑の血液が散り、籠もるような声音の悲鳴を残し下がった。

 威力低下とはいえ元が剣術。硬さも把握した上での攻撃は当然無傷では済まない。


すげい! すげい!」


「シュババって、シュババってぇ!」


「今のは速い......あの子ってあんなに強かったっけ?」


 同行してくれている3人の声を背に、剣術ディレイを消化したワタシは切先に付着している血液を振り払い、剣を向ける。

 数秒前とは打って変わったロアレスタの表情を見て、剣で軽く手招きするよう挑発する。


 緊急討伐指定なうえにクイーンクエストとなっている【ロアレスタ討伐】。今回ひぃちゃが持ってきたクエストは全てシングルS-S1ランクだけど比較的に狩りやすい───同ランクでは下位クラスの危険度と実力───の対象ばかりだ。

 ソロで討伐する事が目的ではなく、能力や独自の戦法で発生する反動を少しでも解明してもらうのが今回の目的。戦闘面において今回のターゲットは余裕があり、討伐のみならばワタシでもすぐ終わらせる事が出来る。


 ナメているようでワタシはこういうの好きじゃないけど、そう言ってられない。

 今後のために自分の手札は確り把握しておきたい。ロアレスタには悪いけど、色々試させてもらう。


「よし、そろそろ使うね」



 青色の翅を震えさせ、ロアレスタは羽ばたく。



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