武具と魔法とモンスターと

Pucci

◆ Ep───Pr ◇



 いつの時代も、崩壊を招くのは人だ。

 知識を得て知識を求め、感情を知り感情を伝え、個を持ち個を確立させる。それが人という生き物。

 いつの時代も、どんな時代でも、人が創生と崩壊を招く。無欲な神ではなく欲深き人が。


「......なんだ、かんたんじゃん!」


 同族を、自分よりも遥か上の実力者だと認められた “魔女” を、小さな魔女が一方的に蹂躙していた。

 フラフラと揺れる小柄な影はぶかぶかな丸帽子を被り、探究の果に “深淵” へ辿り着いた。魔女達が何千年をという長い歳月を費やすしても覗ける者は一握り程度と言われている魔の深淵を、何の称号も持たない、まだ下級とも言えない魔女が、深淵を踏み荒らし、玉座を足蹴にするように。



───神様という言葉が譜や記号ではなく存在する者を指すなら、それはきっと、どうしようもなく幼い子供。物を知らない子供でなければならない。



 コミカルな月が青黒の空に浮かび続ける外界がいかい───魔女界。

 気が遠くなるような寿命を持つ魔女達でさえ辿り着けない魔の深淵に、ひとりの子供が辿り着き、新しいオモチャで遊ぶように、その力を試していた。

 基礎もおぼつかない魔女子が、長年魔を極め宝石名を授与された大先輩の魔女を相手に。


 産まれた血が恵まれている。

 母魔女も、その母の母にも、恵まれている。

 系譜に恵まれている。

 そんな声が彼女に向けられたのは最初だけだった。

 彼女は産まれてすぐに、親だ系譜だという声を吹き飛ばすほど───泥を塗るような───言動を繰り返した。

 それも本能的に。

 誰だ何だと言われても全く気にせず、期待も失望もお前らが勝手にしてる事で自分には関係ない、と言わんばかりに、好き勝手に振る舞い生きていた。


 とても明るく、人懐っこく、とてもふざけた魔女だった。


 そんな魔女の少女が、なんの拍子か───恐ろしい程の力を鷲掴みにし、崩壊する事なく振るった。


 一夜にして、などという言葉では長すぎる。

 たった数十分で魔女界で自分より遥か強者と認められている魔女達を屍へとかえてみせた。



「......? なんでにらむ? こえーよ」


 特級魔女数百名に包囲されている、下級以外の称号である魔女子は年相応な仕草で質問を投げるも、誰ひとり答えない。


「エミリオ!」

「エミー......」


 魔女子は自分の名を呼ばれ、笑顔で振り向いた。


「オババ! と......やさしいママン!? やさしいママンだ! わたしをころさないほうのママン! みてみて、わたしつよくなったしょー!」


 大魔女オババはエミリオの祖母であり元天魔女。天魔女ママンとは魔女界最強の実力者が持つ称号で、言わば支配者。その座に現在ついているのがエミリオの母魔女。

 他にも四大しだい魔女4名と残りの宝石魔女達が到着し、エミリオを見て驚かずにいられなかった。


 自分達を軽く越える、圧倒的な魔力量。

 濃度も並の魔女では感知した時点で嘔吐するほど濃く冷たい。


「ママンどうした? ダイジョブか? やさしいママンだよな? ......まわりのみんなコワイかおしてるぜ?」


 無邪気な声に纏わりつく、強烈な魔力が特級魔女達や宝石魔女数名に恐怖を与えた。

 恐怖に舐められた魔女達は抗うように魔術を放つ。


「コラ、やめろナリ! 死ぬ気わさ!?」


 グルグル眼鏡の魔女が他の魔女達を止めるべく声を響かせるも、全てが遅かった。


 敵意を感知したエミリオは、敵なら倒す、というシンプルな思考で対応し、数百の特級魔女を殺した。

 3名の宝石魔女は臍から下を突然失い、声も出せない激痛に内臓を溢し地面を這う。


「みた!? すごい? わたしすごい? バーンってぶっころせる! わたし、ほめられたくてつよくなってみたら、かんたんだったぜ! ねぇママン......わたしすごくない? まだすごくない? まだわたしをころしたい?」


 母親に甘え褒められたい、とエミリオは子供のそれと同じように言うが、内容があまりにも......。


「......、、、エンジェリア今日の調子、、は?」


 元天魔女であり現在は大魔女という相談役のような立場にいるエミリオの母エンジェリアの母魔女は娘の調子を確認する。

 小さな魔女子が最強魔女の調子を確認する程の相手という事にエンジェリアは眼を見開く。


「不思議と能力人格、、、、は奥に引っ込んでるわ。それより、エミリオはそこまで......それ程まで......」


「エンジェリアたん、エミリオちゃんは......魔の深淵に普通に入って魔境で横になってるレベルっちゃ。簡単に言うと───堕ちたメリクリウスよりも、邪神コインを集めたシンシアよりも強いナリ」


「ッ───なんで、なんで......」


「お〜〜い! みんなどーしたんだー? わたしのマジュツみてくれないのか〜? あ、わたしのなまえそーだんしてるのか!? さいきょーなのたのむぜ!」


 無邪気に手を振る少女は底知れぬ脅威を深く孕む存在となってしまった。


「エンジェリア」

「エンジェリアたん」


 大魔女とグルグル眼鏡の魔女がエミリオの母エンジェリアの名を呼び、覚悟を決める。


「............これより黝簾の魔女タンザナイトの無力化を行う。状況によっては───!?」


 震える声で命令を下している途中、エンジェリアの人格が強引に変わった。


「───討伐だ。今から黝簾の魔女ミセリアウィッチを討伐する! 瞳と魂の回収を忘れるな! 肉体はどうなっても構わない! わかったらさっさと行きなさい!!」


「......エンジェリア、お前」


「元天魔女、聞こえなかったのかしら? 今の天魔女は私だ。理解したならさっさと行きなさい。フロー! 貴女もよ」


「───、りょーかいナリ!」


「......お前は、お前は何て事を言うんだ! エミリオはフレームアウトしたワケではないんだぞ!? 無力化はいいが、討伐など認められ───」


 元天魔女は娘の肩を掴もうとした瞬間、とても耐えられない重さ、、が全身にのしかかる。


「触らないでみっともない。全く、老害は聞く耳を持たないわね。飾り物の耳なら引き千切って捨ててしまいなさい」


「エン......ジェリア......貴様......ッ」


「これはチャンスなのよ? コレ以上の魔力を持っていて、コレの娘で、色魔力ヴェジマまで持って産まれて、魔の深淵に踏み込んでも原型はおろか意思まで保ってる。私が使ってあげるわ。誰よりも上手に」


 母の顔ではない。

 支配者の顔でもない。

 自欲に塗り潰され、それを隠そうともしない能力人格エンジェリアに愛情も親心も何もない。

 いや......これが当たり前なのかもしれない。

 魔女という種族は我子も使えるなら使う。必要ないと判断すれば捨てる。誰もが自分の為だけに生きている。大魔女も例外なくそうだった。


 しかし、そんな思考や価値観を変えてくれたのはエンジェリアなのだ。

 尊いと感じる心、他者を愛する心を、向き合う事を、手を差し伸べる事の大切さを語ったのはエンジェリアであり、魔女達も徐々に変わり始めていたというのに......


「ほうせき なのに、よっえーな!」


 見た事もない魔術を宝石魔女の魔術へぶつけ相殺しつつ、周囲の特級魔女をターゲットに次なる魔術を驚く速度で執行し、10名程を肉塊へと変える魔女子。


「あ、そーせーマジュツやろうぜ! わたしがおぼえたそーせーマジュツとどっちつよいか、しょーぶしよーぜ! しょーぶ!」



 ここから先は悲惨を極めた。

 魔女の魔術の中でも最上級の位置付けにある【創成魔術】を、魔女として一人前だとまだ認められていない魔女子の少女が執行したのだ。

 魔女力ソルシエール魔煌し燃やし、魔女の歴史で数千年にひとりが持って産まれる色魔力ヴェジマを使い、特級魔女さえも習得に何百年と費やす【創成魔術】を四属性分執行した。


 ここで魔術反動が身を駆け巡る。

 最初にして最大の隙をエンジェリアはずっと待っていた。しかし、


「Q:動くとどうなるでしょう? A:母と娘を知る者全てが消滅する。ナリ」


 グルグル眼鏡の魔女が発動させた他者の能力により、エンジェリアは停止させられる。


「フロー......貴様ァ......」


大魔女様オオババさま、メリクリウスたんの左眼で生産したマテリアをエミリオちゃんにくっつけて、地界ちかいに投げるわさ! それ以外に助ける方法も、今後の可能性も無くなるってエンジェリア、、、、、、が言ってたナリ。その後は───」


「すまない、助かったぞフロー。その後は、喜んで殺されよう」


「私、も......付き合うわよ。フロー、貴女はまた変な能力ディアを......この能力ディア解きなさい! 速く!」


「───りょーかいナリ」



 ガラスが砕けるように、水が凍るように。

 脳が処理出来ない量の現象がエミリオを一瞬にして襲った。



◆◇◆◇◆



 いつの時代も、どんな時代でも、人が創生と崩壊を繰り返す。

 無欲な神は子供のように無責任で、欲深き人は獣のように無責任で。


 それでも、時代は移り変わる。


 この物語は───

 小さな種が芽吹き、

 沢山ある小さな世界が繋がり、

 様々な出会いと別れが集まり、

 ひとつになった時、小さな魔女は大きな決断をする。




 数千年前に燻った火種を、傷痕を、確変を、

 小さな魔女が──────するモノガタリ。




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