◇548 -深淵の警鐘-
蜂のような顔に蚊のようなクチ。
体高はあるのに尻尾は細く、蠍のよう。
そして翅がある。
様々な虫を混ぜたような虫に、わたしの心は惹かれた。
それから沢山の虫を知り、恋をし、愛し合い、わたしが魔女として求める
◆
創成 魔術の地属性【タイタンズ ハンド】が同時に砕け散り、身体が反動に軋む。
細胞レベルで軋み突き刺さる痛みが体内を巡回し、右足の凍結が砕け散る。直後、灼熱と化した痛みと共に血液が溢れ落ちる。
隙間魔術で転がる足を拾いあげ、切断面を塞ぐようにつけ再度凍結。緊張の糸が解けたのか、切断される瞬間より今この瞬間の方が何倍も痛みが強い。
止血───切断された足はなんとか凍結で繋いだものの、黒鉄と地属性の創成反動が今も色濃く体内を巡回する。
「痛ッ、はぁ、はぁ......ッ」
全身が小刻みに震える中、鈍い痛み吐血。嗚咽と共にどろりと重い血液が何度も喉を押し上がり床に散らばる。
「............チッ」
黒鉄───地属性と炎属性に闇属性を混ぜた創成魔術。属性調和が非常にシビアなうえ、三属性分の反動が遅れてくるとは......しかしあの魔術は使える。
理論的に可能とは思ったが本当に “創成魔術” を創る事が出来たのは驚いた。失敗していればあの瞬間シェイネに殺されていただろう。和國から帰還してから1ヶ月、毎日何時間、何十時間も自分の魔力や魔術、知識や発想と向き合っててよかった......魔術反動まで考えていなかったのは笑えるが。
『、タンザァァ、ナイトォォォ......許さな、い』
闇奥で蠢く気配と共に切り切りの声をシェイネが吐く。ギギギ、いう渇く擦り音は人でいう歯軋りみたいなものだろう......既に
『まだ生きてたのか害虫......どうだった?
ズルズルと地を這い姿を見せたシェイネは、右胴体───肺から臍にかけて抉れていた。
わたしの【タイタンズハンド】は連撃特性も兼ね備えてある。初手は同じ超重撃で挑み、砕ける瞬間に能力で重連撃へと【急速変更】する事で一撃入れる事が出来た。剣術でいう【キャンセルプラス】みたいな感覚で魔術そのものは変えず特性、性質的なものを変える能力の使い方。
『お前の、命を喰わせろ......黝簾......命を......』
『はっ、雑食超えて悪食だな。アレもコレって手出すと全部半端になるんだぜ? それに、喰いたきゃ狩りして喰えよ。
シェイネの複眼が燃えるように発光した。わたしも両眼を
痛烈な上級魔術の撃ち合い、地、炎、風、水が噛み合い混ざり合っては休む事なく展開される魔法陣。
シェイネが得意とする地属性には風属性をぶつけ風化させ、わたしの風を利用しシェイネは炎を業炎えと変え、それわたしがすかさず激流で叩き消す。狙いや形を変え一歩踏み込むべく互いに何度も魔術を放つ。一瞬の油断が、散漫、誤判が死に直結する魔女の
リードを狙い、ミスリードを誘う魔術の猛襲。
ここで他の魔女よりも大きなアドバンテージとなるのが、わたしの魔力量と
魔煌する瞳を揺らし、能力───多重魔術を使う。
魔女にとって最も最悪の敵は魔女。
その中でもわたしは最悪という言葉では到底収まりきらない敵だろう。
『消えろ琥珀の魔女』
魔法陣の展開と共に魔力が震え確かな音となり反響する───警鐘、葬鐘、導鐘、のような魔音。
灼熱の魔法陣から獄炎を纏う龍焔が現れ、周囲を灰燼させる。
炎属性 創成 魔術【ヘル フレアドル】。
暴乱の魔法陣から塵風を着込む鳥旋が、近付くモノを粉々に刻む。
風属性 属性 魔術【グリム シルキ】。
『二重で、創成......魔......』
シェイネが放った地属性最上級魔術を粉々に粉砕する【グリムシルキ】と、周囲を焼き払う【ヘル フレアドル】。その炎にさえ意識を向けず、シェイネは焼き溶ける身体でわたしを見詰める。
3つ目の魔法陣からは地属性 創成 魔術【タイタンズ ハンド】が炎を殴り消すように連撃で放たれる。体液を撒き散らし潰れるシェイネは既に原型を留めていない。
最後の魔法陣は流動する青。
地響きをうねらせ魔法陣から水龍が現れ、咆哮と共に渦を巻く無差別極まりない激流葬と化す。
水属性 創成 魔術【ルメナージュ リヴァイア】。
横暴に、豪快に、清々しささえ感じるほど一掃する激流により、わたし自身も飲まれ混ぜられた。
抗う事を許さない水量と水渦、手足が捩じられ骨は砕け、水刃が肉を斬り刻む一瞬地獄は終わる。術者補正としてこのダメージで済んでいる。対象となったシェイネは......。
『──────ハァ、ハァ、死ぬって、ハァ......』
喘ぐように酸素を取り込み呼吸するわたしと、既に死期の手が背に触れているシェイネ。
能力
あの能力は命を喰う事で命を獲て、一時的に喰らった対象の特性を【テイクオーバー】する効果がある。だけではなく【テイクオーバー】が消えると同時にその傷さえ消し去る効果があるらしい。
しかし、傷が消えたとしてもダメージは残っている。肉が焼け溶け骨が砕かれ、全身が捻じれ叩きつけられたダメージは確実にシェイネに残っている。姿形は───以前わたしが焼き飛ばしたクチや鼻も───戻っているが、もう身体は動かないだろう。
『......ア......アァ......アガ......ガッ......カっ、り』
空気を漏らすように喋ろうとするシェイネを他所に、わたしは創成魔術の反動に全身を軋ませる。最上級魔術あたりから反動というものが発生するのは理解していたし、創成魔術を連発した時点で恐ろしい反動を覚悟していたが、呼吸さえままならないとは......。
束ねた神経を無造作に握られ、捩じられ、ヤスリで撫でられるような不快かつ残留度の高い激痛は脳で何度も反響する。
手足の骨折も右足の切断痛も霞むほど強烈な痛みに視界が白黒する。
『、カ......、、、カッたつモり?』
『───!?』
シェイネの声が、今度は言葉としてハッキリ吐き出される。激痛に歪む視界でわたしは───見た事もない形状の魔法陣が展開される。
最悪というものは、悪運というものは連鎖するように続く。
倒れたままのわたしに伝わる、複数名の足音。近付く気配。
『、マ、てタ、よ。にンげ、ン、』
『ッ!? ......るな───来るなッ!』
血と共に叫ぶも、遅かった。
「エ......ミリオ、これは、この状況は一体......」
グリフィニアの声が響いた直後、異型魔法陣が砕けるように消え、シェイネの身体から無数の触手が這い回る。
触手はわたしだけではなく、グリフィニア達も絡め取り、激痛と共に皮膚へ突き刺さり肉へ潜り、戦慄する。
触手は先端から線虫を体内に放ち、線虫は心臓目指し強引に進む。進む速度は遅いものの数は多く肉を掻き進む際の痛みは熱した、ナイフで刻まれるかのような灼熱の痛み。
寄生型使魔。
使役後は関係が途切れるまで激しい痛みが四六時中発生する制約。
こんな割に合わない使魔を
線虫はマナを喰らいながら心臓を狙い、喰らったマナを主へと転送するのが役目。マナは生命、つまり命。
『オいシ、よ、美味し、よ、美味しいよ、みんなの、命がわたしを助けてくれるよ』
言い終えると同時に地属性下級魔術を詠唱破棄で発動させ、わたしはかろうじて回避に成功。この回避がシェイネに道を与えてしまった。
「まて───痛ッ!」
シェイネと騎士達の間にわたしがいた。しかし下級程度のそれも詠唱破棄した魔術をわたしは過剰な警戒で回避してしまい、今シェイネと騎士の間に障害はない。このタイミングを見計らっていたように体内の線虫が酷くのたうち激痛を訴える。
魔女の戦闘はいかにミスリードを誘うか。今まさにわたしはシェイネの下級魔術に、完全にミスリードされ道を作ってしまった。
『やめ───!? ダメだ
『───......っ、グーティ サファイア オーナメンタル』
聞いた事もない詠唱から
絶望の予感が湧き上がる中、その予感は現実に。
特徴的な魔法陣は警鐘───わたしが奏でた鐘音とは違う警告を訴えるような音───を響かせメタルブルーの宝石柱が予測不能な角度や速度、数で突き抜け、学園地下の広間を鋭利な宝石柱が8割程しめる。
馬鹿げた範囲と速度、術者さえ方向以外は操れない、殺戮のみを追求した無慈悲な魔術。
デアエクスマキナ、または、デスクエクスマキナ、強制かつ絶対的な、神のような終焉を人智で組み上げた黄昏の贋作。
決して魔女は神になれない。
決してこれは神の裁きではない。
神を偽り好き勝手を振る舞う子供の業。
勝手を通す力だけをもつ無能の行い。
無責任かつ無慈悲な業深き心の具現。
神域へと手を伸ばす神になれぬ存在へ、魔の深淵を神の聖域と思い込む業深き愚かな魔女へ、不運不幸な魔女へ、ある魔女が比喩を込めて【ミセリア スペル】。
そう名付けた最悪な魔術の系譜。
【グーティ サファイア オーナメンタル】が深淵の警鐘を無視し、解き放たれた。
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