◇546 -ラスト ストック-



 絶叫、絶句、畏れ、怒り。

 それらが巻き上がる中へ、クスクス笑い闇から姿を現したのは、無骨なガスマスクを装備した琥珀の魔女シェイネ。その隣には───異形を極め抜いた異物が触手のような細舌を伸ばし、シェイネの首元から侵入させ胸部を弄る。


『こーらぁ、ダメって言ったでしょ? もー。えっちなんだからっ』


 シェイネは隣の異形を可愛らしい声で叱り、血に濡れた手でガスマスクを外す。

 するとわたし以外の者は全員が息を止める程の驚きを見せた。


「カワイイツラだな根暗虫」


『......、......殺されたいの?』


「そりゃこっちのセリフだクソ虫。んで、魔女語やめろよ。ここは地界だぜ?」


「......、......エミル......アナタ......」


 わたしの正体に気付いてないのか、シェイネはわたしをジッと見詰め黙る。


「そのツラは牽制のつもりだったか? 残念だけどわたしには何の意味もねーぞ。つーか修理しなかったんだな。わたしの整形手術はお気に召したのかな? シェイネ、、、、ちゃん」


『────── 黝簾タンザナイト


 タンザナイト、という名をまたクチにする。その顔面を焼き飛ばした時もわたしを見てそう呼んだ......タンザナイト......青い宝石の名前だった気がするが、そんなもんどうでもいい。

 隠すつもりもない殺意と魔女語、噴火させるように騎士学校を貫く魔女力ソルシエール


「立てウェンブリー! 全員連れて逃げろ!」


『───逃さない。誰ひとり逃さない!!』


 シェイネは裏返る声で叫び、杖を手にする。同時に異形は恐ろしい跳躍で、ウェンブリー達の退路に立つ。


『フェロメトラ・スクリジャビニちゃん。そこの好きに使っていいから逃さいで。殺しても構わない───タンザナイトはわたしが貰う』


 魔法陣が展開され、地属性魔術が放たれる。

 詠唱、展開、発動までの流れはさすがは魔女族。スムーズかつスピーディー。

 忙しく粗く伸び縮みする岩槍へわたしも魔術で対応を選んだが、ここでひとつの失敗に遅くも気付く。

 シェイネは魔女力、わたしは抑制した魔女力───とはとても言えない魔力。

 岩にガラスを叩きつけるように、わたしの魔術は簡単に砕かれ岩槍の波が何も無かったかのように迫る。

 範囲、密度、強度、そして威力も申し分ない上級魔術。抵抗なく食らえば最悪死ぬ。運良く死を回避しても身体が穴だらけになり、手足くらいは泣き別れするだろう。

 現実が、時間が圧縮されたように深く遅く流れる体感なかでも思考はいつも通り、いつも以上に回転する。

 これが死ぬ直前に起こる走馬灯、という現象なのか? と思う余裕があるほど、眼の前の現実が遅い。

 まるでこの、現実そのものに、、、、、、、重力魔術を、、、、、圧しつけている、、、、、、、かのように。


 違和感という言葉では片付けられない、しかし、説明出来ない現象の中でわたしの心は焦り立つ。

 このタイミングでそれは囁くように語りかけてきた。



───落ち着きなさい。この時間、、、、を無駄にするつもりかしら?



 よく知る声。耳にするだけでも腹部で何かが煮える、わたしがこの世界で一番嫌いな声。

 和國での一件で更に嫌いになり、夜楼華が記憶凍結クソデバフを剥がしてくれた事でより一層嫌いになった声───の主は、

 わたしの母魔女にして現在最強の魔女、天魔女エンジェリア。



───まず意識を前に集中なさい。後ろの使魔は無視、貴女の友人も無視なさい。


「あァ!? ふざっけんなババア! テメーがわたしにクチ出すんじゃねぇよ!」


───全てを救うつもり? エミリオ、貴女いつから神様になったのかしら? 全てを救うなんて不可能で、貴女の柄じゃないわよ。手の届く範囲だけでも救いたいと願う事さえ烏滸おこがましい。貴女は自分が思う以上に弱くて小さいのよ。


 突き刺すような言葉が響く。反論した所で現実のわたしは何一つ発言していない。思考領域......いや、もっとピッタリな言葉が......思念領域。まさにそんな世界に囚われているようで、違和感しかないが、現実はまだおかしな現象のままカタツムリの移動よりも遅く進む。


───助けたい、救いたい、ではなく、失うのが怖いなら、、、、、、、、まず力をつけなさい。それが無い者は何も願えない。何も求められない。手を伸ばしても何も掴めない。





 紫羅欄花───ストック。

 色によって意味が変わる花。

 豊かな愛、私を信じて、思いやり、ひそかな愛。


 今よりはるか昔、エンジェリアが旅路でこの花の存在を知り、未完成だった魔術の名前に冠する事を決めていた。しかしその魔術は何千年経っても完成しなかった。何かが足りなかった。

 進歩もなく数百年が経過した頃、エミリオが召喚された産まれた

 魔女の出産は召喚魔術を使う。

 自身の魔力を何年、何十年、何百年......と体内の器にゆっくり注ぐイメージだ貯め、その魔力が性質を変えた時に召喚───出産する。

 痛みもなく、一瞬で。


 エンジェリアの子供、エミリオは───良いも悪いも、恐ろしい才能を持っていた。

 良い意味でも悪い意味でも、誰よりも、母よりも、魔女らしい魔女だった。

 数えきれない程問題を起こし、中には宝石魔女さえも笑えない問題をいくつか起こした。

 しかし住む世界は魔女界。その笑えない問題も、魔女という種では偉大な成果になったり、己を伸ばした結果でしかない。


 可能な限り普通に、強さなんて求めないから、魔女としては平凡に、魔女としては普通に生きてほしい。


 エンジェリアのそう願っていたが、その願いは毛程も届かなかった。


 エミリオが悪いのではない。


 時間が、運命が、エンジェリアが悪い。


 魔女界で起こったある事件で、エンジェリアは2つのものを1日で失った。

 ひとつは大親友とも言える瑪瑙の魔女。

 もうひとつは、自分。


 その事件、エミリオは天魔女の子として必死に頑張ってくれた。他の魔女達に被害が及ばぬよう、必死に。

 結果、エンジェリアが到着するまでひとり戦いぬき、宝石魔女でさえ危うい相手にエミリオは驚く程の結果を出した。


 後始末は天魔女が行い、被害は最小限に事件は終わった───と思われていた矢先、それは起こった。


 天魔女エンジェリアの能力が限界を越えた。

 エンジェリアの能力人格は類をみない凶悪性と支配欲を持ち、エンジェリアより強く賢く、魔女よりも魔女な性格、神秘魔女シンシアさえ可愛く思える程の悪辣さを持つ能力人格だったため突破など不可能。長年押さえ込み何とかやってきたが、弱る所を虎視眈々と待っていた能力人格は容赦なくエンジェリアを呑み込んだ。


 しかしエンジェリアも簡単に所有権を渡すような性格ではない。噛みつき、抗い、一瞬出来た隙間を逃さず表に。


 自分はもう、能力に抗えない。


 そう悟ったエンジェリアは最後にエミリオへ、魔術をかけた。

 長年完成しなかった、今もなお完成していない魔術を、未来へ残すため文字通り全てを賭けて。


『───自分で決めるのよ。沢山考えて、沢山悩んで、沢山の人を頼ってもいい。でも最後は自分で決めるの。これから全部』


『あーん? ぜんぜんわかんねーけど、じぶんできめるとおもう! てんさい だし!』


『エミリオ───......。』


 この言葉を最後に、エンジェリアは完全に呑まれた。


───豊かな愛......は与えられなかった。これからは残念ながら今以上に与えられない。これからは届く事のないひそかな愛しか......。


 深い、深い暗闇の中でエンジェリアは願った。


───誰よりも思いやりのある魔女になってほしい。もし貴女が思いやりのある子に育ったら......その時は必ず会いに行く。必ず助けにいくから............私を信じて。


 最後に願い、想い、エンジェリア長い眠りにつく。エミリオの記憶を凍結させた魔術【ストック オブ メモリア】をベースとしたオリジナル魔術を【ラスト ストック】と決め、長い長い眠りについた。


 残留する魔力を最期の時まで蓄え、眠りについた。





 鋭く突き刺さるようなエンジェリアの言葉。

 力を持たない者は何も願えず、求められず、掴めない。

 これは───本当にそうだと思う。


「......どうすればいい。力を得るにはどうすれば」


───今全て剥がす、、、わ。でも、忘れないで。貴女を大切に思ってくれている人達の事を。貴女を助けてくれる人達の事を。


「んな事いいから! 早くその、剥がし? をやれよ!」


───そんな事なんて言っちゃダメよ。貴女は今から......天魔女に命を狙われる存在になる。天魔女に狙われるという事は、全魔女から狙われる事だと思いなさい。


「あ? なんだよそれ......」


───これから今まで以上に、考え悩んで沢山の人を頼りなさい。貴女には既に頼れる人が沢山いるのだから。そのうえで、最期は自分で決めなさい。


あーん?、、、 全然わかんねーけど、、、、、、、、、自分で決めるぜ、、、、、、、天才だし、、、、、魔女がわたしを狙うとか願ってもない。今回みたいな事をされるより100倍マシだ」


───......変わらずいい子に育ったわね。


「あ? 何か言ったか?」


───いいえ、天魔女わたしは貴女が思ってる以上に強いわよ?


「うるっせぇな、天魔女テメーが来たら一番にブッ殺してやんよ」


───そう、お願いね。


「......お願い? んな事いいや、さっさと剥がせよ」


───そうね。強くなりなさい、最低でもここで死なないくらい強く。


「死なねーよ。勝つのはわたしだ」



───頑張りなさい。私も最期に貴女に会えるよう、これから頑張るわ。


「いいからさっさと───......、、、」



 わたしに響いてた声は消えた。

 そして全てを思い出した知った



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