◇545 -投げ捨てられた一言-



 「「「 ───!? 」」」


 3人の騎士学生はエミリオが執行した【タイタンズ ハンド】の魔女力ソルシエールを否応なく感知する。

 漠然と、しかし疑う必要もない程明確に、“敵がいる” と判断し、3人は各々準備を済ませる。


「我々の願いを踏みにじろうとする輩が、ネリネとアゾールを突破したか......全く、あの2人は甘いな」


 大剣にしては細身だが、両手で扱うサイズの刀身を持つ剣を抜き身し、十席 ラトゥール・ボルドーは敵と定めた相手に向かうべく足を上げるも、


「待てラトゥール───俺が行く」


 着地させる前に次席、ウェンブリー・ウィンストンが冷たく声を上げた。


「次席が出る幕ではなかろう」


「いや......俺が行く」


 珍しく───ラトゥールが知る限り初めて───ウェンブリーは自分の意見を押し切ってきた。

 止める理由もない、とラトゥールは肩を揺らし、オゾリフも頷いた。





 手足の骨が砕かれ全身を圧されたにもかかわらず、アゾールは本を手放さなかった。

 ボロボロになるまで何度も読んだであろう───絵本を。


「......よく見るとその本、魔術書じゃねーじゃん。そんなに大事な本ならちゃんとした環境で大切に読めよな......」


 意識のないアゾールへ言葉を投げ、最深部へ進む。


 琥珀の魔女アンバーシェイネ。

 宝石名を授けられた時既にわたしは魔女界にはいなかった。わたしが知るシェイネは毎日毎日、ひとりで虫を解体バラし喜んでいる根暗な年下の魔女。

 そんな魔女が地界に現れた時、琥珀の名を持った宝石魔女に。

 グリーシアンも宝石名を持っていなかったが、シェイネ同様、地界に現れた時、雲母の名を持っていた。

 同期......という程魔女は年齢別に集められていないが、グリーシアンやダプネは同期といえる。そんな魔女が宝石名を授かったという事は......その世代が今の強魔女の席を全て占めていると考えても行き過ぎではないだろう。同期の魔女は狂ってるヤツが多すぎるし。

 ただの魔女ではなく、圧倒的な境界線の先に立つ魔女。それが【ヴァルプルギス宮殿】に自由に立ち入れる魔女の実力であり、誰もが求める地位でもある。



「......やっぱりキミかい。エミル」


「───ウェンブリー」


 闇から顔を出したのは次席であり、ルームメイトであり、騎士学校で最初に出来た友達でもあるウェンブリー・ウィンストン。

 彼もまた......シェイネから見れば、暇潰しで解体バラしていた虫の一匹と同等の価値、という事か......。





 エミリオが学園地下でネリネ・サルニエンシスを討ち取った頃、地上で心を焦らせるトゥナ・アクティノスが。


「ネリネが通話に応答しない......」


 この時ネリネは両足を切断され絶叫と鮮血を撒き散らしていた。


「アゾールもアンブルも電話にデンワ! デンワ!」


「......ウェンブリーもダメ」


 双子座もトゥナ同様にフォンを片手に。

 酔い潰れていたポルクは部屋につくなりすぐ酔い覚ましのバフで覚醒していた。


「我らが主席ッ! オゾリフ・アゾリウスも応答がない......どうしたというのだ一体ッ!?」


 紅茶を愛する貴族、アストバリーもゴージャスにカスタマイズされたフォンを握り空いている手で額をおさえた。


「アスリー! エミルの位置を感知出来ない!?」


 トゥナの発言にアストバリーは、額にあてた手を開き指の隙間から鋭い瞳を向ける。


「可能だがそれは紳士の行いとはとても言えない。聖母マリアより授けられたこの能力ディアは......我が騎士道には残念ながらそぐわない」


「アストバリー能力持ってたの!?」

「能力持ってたのアストバリー??」


 双子が声を合わせる。アストバリーはキレのある動きで額から手を払い、


「我が能力は、私が愛情を注ぎ入れた紅茶をクチにした者の位置情報を一定時間正確に感知する能力ッ! トゥナ・アクティノスおよびエミルは先程我がシュロスで紅茶を愛でたッ! 感知はなんなりと可能だが、だがッ! 私の美がそれを許してはくれぬ。友の位置情報を感知するなど......まるで監視しているようではないか......考えただけでも胸が痛む......嗚呼、聖母マリアよ、何故なにゆえ......何故このような能力をこのアストバリー・ロンネフェルトに授けたのでしょう? その真意をどうか......どうかこの若輩の身にお聞かせ願いたい......ッッ!!」


 膝をつき左手は胸に、右手は天へと伸ばし天井へ嘆くアストバリー。

 周囲の生徒はわかりやすい軽蔑の表情を浮かべる中でもアストバリーは全くやめる様子はない。


「アスリー、やめてよ、恥ずかしいって」


「む? 何が恥ずかしいのだ? むむ......フッ、どうやら私の存在が神秘かつ神美な彫刻と類似してしまったのだと自負しよう......ならばッ! 生徒諸君ッ! 我がアストバリー・ロンネフェルトの美をもっと間近で堪能しても良いのだぞッ!? さぁ───この指先に至るまで存分に堪能したまえッッ!!」


 腕や足を絡めつつも背筋を伸ばすアンバランスなポージングを固定するアストバリーだが既にトゥナ達さえ近くにはいなかった。





 会話などなくウェンブリーはすぐさま剣を抜き、中々の剣速を見せた。上段から振り下ろされる剣術。馬鹿正直に受ける必要もないが、わたしはその一撃を剣で受け止めた。


「───......綺麗な剣だね。名前はあるのかい?」


「......ブリュイヤール ロザ」


「霧の薔薇、か。白と水色でとても綺麗だ......」


 ここで同時に剣をは弾き、間合いが生まれる。この隙を逃さず忠告に近い発言を飛ばす。


「一回しか言わねーぞ! 今すぐ下がれ、そうすればお前の事は斬らない。ウェンブリー!」


「......つまりそれは、ネリネとアゾールを斬ったという事かい?」


「あぁ。アゾールは殴ったって感じだけど、怪我の度合いは似たようなもんだ」


 どちらも瀕死───参戦不可能な状態にかわりはない。


「そう、か。なら、尚更下がれない。2人の仇、ここで討たせてもらう」


 剣を上段構えで走り、渾身の剣術を撃ちつける気なのだろう───ウェンブリーよ。わたしが何の関係も持たないただの敵ならば、お前も2人同様確実に殺されているぞ。

 さっきの剣速は良かった。仲間を大事にするその気持ちも嫌いじゃない......でも、


「これは実戦だぞ?」


 聞こえるワケもない声で呟き、向かってくるウェンブリーへ簡潔な飛燕剣術を飛ばし、腹部を斬り裂いた。

 崩れるように倒れたウェンブリーの首へわたしは剣を向け、


「腹から手どかすなよ、内臓中身飛び出るぞ」


 そう告げ、両手もろとも傷を凍結させた。

 追われても面倒なので足の一本でも、と考えてた所で、


「───エミル!?」


「あ? ......お前、何で来てんだよ!?」


 トゥナの姿が。トゥナだけではない。アストバリーと双子も。


「な、何をしているエミルッ!? 道中倒れていたネリネ・サルニエンシスとアゾールもキミが......キミが手にッ! かけたのかッ!?」


 双子は何も言わず黙ったままだが、トゥナとアストバリーは騒がしく状況説明を求める。


 そんな声を、叫びを、


『───うるさい』


 冷たい一言が、声を張ったワケでもない、投げ捨てるような一言が凍えさせた。

 その方向へと全員が自然と眼を向ける。すると闇から2つの影が粗末に投げ捨てられる。重い着地音、嫌に湿った音でわたし達の前に転がったのは......


「......オゾリフ、ラトゥール......」


 わたしは眼を見開いた。


 それは瞼が開いたままの───



 2人の頭部だった。



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