◇532 -エミル=エミリオ-
「エミル上級騎士生、トゥナ上級騎士生。キャンセル系技術の習得は終えたのですか?」
修練場からおさらばしようとしたわたし達へ話しかけてきたのは泣く子も黙る鬼教官【グリフィニア・サルニエンシス】だ。振り向くまでもない。わたしを「エミル上級騎士生」なんて呼ぶのはグリフィニアしかいないのだ。ここはシカト作戦で逃げるのが最善策だろう。
「あ、グリフィニア教官。お疲れ様です! 僕......私とエミルは先程ルキサ特級騎士様から修練を終えても良いとの許可をいただき、昼食をとろうかと」
おいおいおい、おい! シカトしろよトゥナ!
こんなヤツと話してたら限定50食のグリズリーペアのタルトが売り切れちゃうだろ!
アレまだ1回も食った事ねーんだよわたしは!
「そうでしたか。足止めして申し訳ありません」
「いえいえ、そんな事は......あの、何か御用でしたか?」
おいおいおいおい、おい! んな事聞くなよトゥナ! こんなヤツと話してたら限定50食のグリズリーペアのタルトが売り切れちゃうだろ!
アレ食わねーと卒業出来ない気がするんだよわたしは! 用事なんてあるワケねーだろ!
「トゥナ上級騎士生ではなく、後ろのエミル上級騎士生に少々お話が」
わーたーしーかーよー! なんだってんだよお前は! なんだってんだよ! ご指名されたらシカトできねーし、強引に突っ込めば絶対また罰というなのストレス発散対象にされるだろうし......なんだってんだよ!
「わたしッスか? なんすかグリフィニア教官」
ヒガシンの今にも砕け散りそうだが一応ギリギリ敬語、という口調を真似て怒られないギリギリのラインを見極めた態度で反応してみた。
グリフィニアの眉がピクリと動いたものの、レッドラインを攻める作戦は成功したらしく小言はない。
「卒業まで2ヶ月、入学して2ヶ月で卒業は少々無理があるとは思いませんか?」
思う、めっさ思う。そもそも入学して上級スタートとかナメすぎだろ。騎士学生と言ったものの年齢は16〜だし、25とかの下級騎士学生もいるワケだし、裏口入学だとしても2ヶ月で騎士になれるのはクソすぎると思うぞ。自分からは絶対言わんけど。
「何が言いたいんスか?」
「エミル上級騎士生。あなたが卒業可能レベルまで達しているのかを見させて頂きたい」
そうきたか。卒業可能レベルまで達しているの確認、という前置きがあれば割と本気で殴れる。グリフィニアがそういう考えから知らんけど、わたしが割と本気でグリフィニアを殴っても「卒業かかってるから手加減できなかった」みたいな事言えばいいし、これは受けるしかないだろう。
「いいぜ。見せてやるよ」
「......、......言葉使いは、まぁいいでしょう。トゥナ上級騎士生、申し訳ありませんが外していただきたい」
「えっ......はい。それじゃあエミル、また後でね」
「おう」
観客なしの修練場でガチの1対1か......こりゃ都合いいぜ。
トゥナが去り、大扉も閉められ、今ここにはグリフィニアとわたしだけに。
「やる前にひとつ聞いていいか?」
「なんです?」
「わたしがグリフィニア教官に怪我をさせた場合、退学とか罰とか......そういうの無いよな?」
「安心してください。例え私が大怪我を負ってもあなたには何一つ責任はありません。言葉使いの方は......今はいいでしょう。しかし事を終えた時は確りと正してもらいますよ」
「うぇい」
始めは、卒業する気なんて微塵も無かったが、今は───このままエミルで居られたらみんなと卒業するのも悪くない、と思ってる。だからここで卒業資格を手にしなければならない。
「準備はいいですか?」
「オーケー、手加減しないぜグリフィニア教官」
「では、始めましょう」
刃のない訓練用の剣をお互い構え、視線をぶつけ合った。
◆
元ドメイライト騎士団───本物の騎士だけあって、学生とは動きひとつひとつが違う。さっきのルキサもそうだったが、反応速度が本物の戦闘を知っているヤツの速度。
攻撃がくる。だけでなく、○○側から☓☓攻撃がくる。といった情報収集量の微差だが、この微妙すぎる差が大きく働くのが本物の戦闘───命を削り奪い合う戦闘では大切。1回なら別にどうって事無い量の情報だが、それが5回10回と続けば自然と相手の癖や隙が見え、狙いなんかもいくつか予想出来るようになる。
わたしは冒険者となってこの勘のようなモノを経験で得た。そして今は───遠い昔の記憶が鮮明になった事で更に戦闘に対しては頭が回るようになった。自分でいうのもアレだが、確実に和國へ向かう前のわたしより、今のわたしの方が強い。
「驚きです。実戦のみならば主席クラスの嗅覚をお持ちなのですね、エミル上級騎士生」
「だろ? 卒業資格アリって事で終わっていいか?」
「そうですね。卒業資格は充分にあります......が、次は “騎士団が頼るに値するか” 見せてもらいましょう───冒険者であり、魔女のエミリオさん」
「!? お前......知ってたのか」
「えぇ勿論。ですが冒険者エミリオの噂が聞くに耐えないモノばかりで......なぜ騎士はあなたを頼ったのか不思議でなりません。頼れる人が他に居なかったならば、頼らずやるべきでは? と思うほど、あなたに対しては不満しかないのですよ。冒険者という時点で信用出来ないというのに、魔女だなんて、信用という言葉も浮かびません」
どんな噂を聞いたんだよグリフィニア......でもまぁ、ハッキリ信用出来ない言ってくれる感じの性格だったのは結構ポイント高いぜ。
「信用は知らん。でも実力は見せてやるよ」
「魔女魔術は禁止ですよ?」
「あ? なんでよ」
「お得意の魔術を使えば魔女だとバレる。そうなっては上手く進まないので今まで使わずにいたのでしょう? そして最低でも失踪犯の尻尾を掴むまで魔女という事を隠すつもりでしょう? 私はエミリオさんが “失踪犯の尻尾はおろか痕跡さえ発見出来ない” と思っているのです。強い弱い以前に、そういった部分で信用出来ないと言っているのですよ。わかります?」
「......結構まぢで何言ってんのかわかんねーんだけど、もうちょい砕いて言ってや」
言葉遣いというか、言い回しみたいなものも混ざってあんまり理解出来なかった。わたしを信用出来ないって部分は理解したが、その理由がイマイチ......。
「あなたはすぐカッとなって視野が狭くなる。後始末まで考えずに行動してしまう。普段ならば私は関係ないのでどうぞご自由に、と思いますが、
ぐうの音も出ないとはこの事か......反論なんて出来ない。わたしはわたしの事しか考えてなかった。ドメイライト騎士の事なんて1ミリも考えてなかった。後の事なんて考えていなかったから始末もクソもない。
「お前の言う通りだ。わたしは何も考えてなかった。でも今お前に言われて、今後も魔女って事を隠して上手くやらなきゃだなって思えた」
「......」
「犯人は絶対わたしがどうにかする。信用出来ないならそれでもいいっつっても、お前は納得できねーんだろ?」
「はい」
「んじゃ、この試合でわたしが勝ったら黙って見てろ。お前が勝ったらお前の言う通りにする。これでどうよ? わたしの魔術はもう全てが魔女の魔術みたいなもんだから、魔術は使えないな」
「......それで私に勝てると?」
「さぁな。やってみりゃわかるぜ?」
「いいでしょう。私が勝ったらこの学園から即撤退していただきます。安心してください、失踪事件は私が引き受けますので」
「そりゃ安心だ」
今からはエミルではなくエミリオとして、グリフィニアに勝つ。
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