◇527 -11日目-



 昨日のトゥナとの星賭戦で予想以上に目立てたわたしは、今朝からおどおどしい挨拶をすれ違う生徒───主に女子生徒から言われるという、素直に喜べない環境になっていた。

 今わたしはエミル、男子生徒として騎士学校に紛れ潜んでいるので男子生徒的には「うっほ、俺様モテモテ!」との喜びを胸に秘めるべきなのだろう。しかし、わたしエミリオ様は美女、女性なのだ。出来れば男子にモテたいのだが......


「おい、あの眼鏡だぞ」


「昨日の......エミル、だっけ?」


「チビじゃん。マジでトゥナに勝ったのか?」


 とまぁ、このザマよ。試合を見ていなかった人は見ていた人から話を聞く。噂のように広まり尾ヒレが〜というのは予想出来る事だが、その尾ヒレが想像してたものと大分違っている。

 無茶苦茶強い系の尾ヒレではなく、ズルをした、卑怯なヤツ、金で星を勝った、などという非常に不愉快な尾ヒレ───レベルではなく翼をつけられる始末。

 この怒りを同室の次席ウェンブリーへぶつけた所「最も席次に近い生徒」と学生のみならず騎士達にも、ドメイライトの人々にも囁かれているのが【トゥナ・アクティノス】らしい。

 勿論いい囁きだけではない。戦闘能力があと一歩、思い切りが足りない、優しすぎる、などのちょい辛コメントも。このコメントに対してはわたしも思う。昨日試合したからこそ、戦闘に関しては本当にあと少し足りない。

 と、ここまで考えて見えてきたのが、席次持ちに求められる最低ラインの実力。


 おそらくウェンブリーも戦闘となれば腹をくくる......甘い優しさを押し殺すだけの精神力を持っているのだろう。オゾリフやネリネ、アゾールも。

 学生ならトゥナの感じでも通るが、正式な騎士となれば通らない。そういった精神面での成長───成長と言っていいのか不明だが───も、この学園で学び、騎士として一歩踏み込めるかを現実的に見直す。

 卒業生全員が騎士になれるワケでもないし、自ら騎士になる事を辞めるする者もいる。


 騎士学校へ潜伏して11日目で見えたのは、学園ここにいる7割ほどしか騎士を目指していないという事だ。勿論7割からまた割られて、残った者が騎士団に入隊する事になるのだろうけど、騎士になるための学校といえど入学している全員が騎士になるワケでもなりたいワケでもない。学校を出ていなくても騎士にはなれるし、この学校は結構いいトコらしいので “ドメイライトの騎士学校を出た” というステータスを付与したい者がいても不思議じゃない。


 とまぁ11日で見えたのはどうでもいい印象的な部分であり、学生の袖を引く謎の犯人については未だ何も見えていない。

 目立ちが足りないなら、さっきのような連中───アイツが昨日のエミルだぜ連中───に喧嘩をふっかけて窓ガラスに頭から突っ込ませる程度やれば犯人に狙われるか? とヘイトを豪快に稼ぐタンカー精神が湧き始める。


「ここにいたのですね、エミル上級騎士生」


「あーん? ......あっ、あぁ、あぁぁ、、こんちゃす」


 パンクな気分だったわたしは話しかけてきた相手を確認せず噛み付くぜコノヤロウ、な声を出して振り向いた。そしてすぐ後悔した。


「......今のお返事はなんです?」


 元ドメイライト騎士団の......まぁ凄い系だったんだろう女性。今はドメイライト騎士学校の教官をしている【グリフィニア・サルニエンシス】が不愉快極まりないと言わんばかりの顔でわたしの背後に立っていた。

 元女騎士様は、3席の女騎士学生【ネリネ】と同じ【サルニエンシス】の姓を持つ事を最近知ったばかり。


「今のお返事はその、こんちには の上位互換で最近流行ってるんすよ」


「そのようなお返事は感心しません。流行りものだといえど私に使うのは今のが最初で最後になさい」


「うぇす......」


 ネリネと同じ雰囲気の口調だが、こっちは堅苦しい雰囲気を纏っている。入学してすぐ学園内にあるアホ広い庭掃除の罰を下してきたのもコイツ......控えめに言ってスーパー苦手だ。


「で、何か用すか?」


 タメ口にならないよう気をつけて喋る。冒険者として出会っていたならガンガンいくが、学生という身分で出会ってしまったので気をつけなければ、理不尽にも思える罰が飛んでくる......今回は飛んでこないよな? 妙な間が、溜めが怖すぎる。


「───本日付けでエミル上級騎士生には、第八席の席次についてもらいます」


 お、罰はないようだ。ギリギリ許せるラインの口調だったのか知らんがセフセフ。今の口調はヒガシンの真似をしたんだし、これでダメだったらヒガシンにも罰を手伝わせるつもりだったが───......、......?


「今なんて?」


「......はぁ、なぜこのような方に席次など......正騎士達は一体何をお考えなのか......不安しかありませんわ」


 眉間に手を当て、深い溜め息と共にブツブツ不満を吐き出したグリフィニアはスッキリしない表情のまま数十秒前に言った事をリピートする。


「───本日付けでエミル上級騎士生には、第八席の席次についてもらいます」


「ちょ、ちょっとまってくれ」


「まってくれ?」


「まってくれさい、わたしの番号よりトゥナの───」


「トゥナ・アクティノスは第九席です。エミルよりも下の席次ならありがたく頂く との事でしたので九席に。ちなみに元八、九席だったカトルとポルクは上の席次になりましたのでご安心なさい」


 おぉ、おおぉぉぉ! やったなトゥナ! 双子座も上の席次だし、すげーなみんな!

 ちゃっかりわたしも席次貰えるし!


「昨日の星賭戦の戦績も多少関係していますが、略奪種討伐任務の働きと星の使い方が決定打となり、エミル上級騎士生に八の席次を与える。と昨晩の会議で決定しましたので......今以上に、今の数十倍は緊張感を持って他の生徒の見本になれるよう頑張るのですわよ? おわかり?」


「うんわかった」


「......、、、」


 ラッキーもラッキーじゃん。席次持ってりゃ嫌でも目立つだろうし、いい感じに狙ってくれりゃ最高だぜ。


「本日、午後15時からドメイライト騎士団本部 “聖剣の間” にて顔合わせがありますので当たり前ですが遅刻は絶対にしてはなりませんわよ。5分前には必ず聖剣の間に居る事、よろしいですわね?」


「オーケーオーケー、5分前が一番得意な時間帯だぜ」


「......、、心の底から不安なのでネリネに声をかけておきますわ......」


 何が不安なのか、何か悩みでもあるのか、グリフィニアは一層深い溜め息をついてわたしの前から去った。

 ......しっかし、トゥナもわたしも席次を持てたのはラッキーだぜ! 8とかいう雑魚っぽい席次だが、これで今以上に目立てる。そろそろ本格的にクイーンクエスト───極秘任務に取り掛からなければ、ダラダラやってて卒業しちまったら最悪もいいトコだぜ。


「......授業遅刻だけど、グリフィニアのせいだし、いっか」


 とりあえず、授業はサボろう。



◆◇◆



 エミリオが男子学生エミルとしてノムー大陸のドメイライトにある騎士学校、オルエス スコラエラに潜入して11日目。

 ウンディー大陸には最高ランクの【SSS】を持つギルドが “外界” から帰還した。



「へぇ......本当に雰囲気が変わったねバリアリバルは。前も良かったけど、前以上にいい雰囲気だね」


 横腰のホルスターには銃、両太腿には短剣。背腰にはブックホルダーを装備している若い男性。レザーグローブを外し、丘から見えるバリアリバルを堪能する。


「んなトコで街眺めてんじゃねぇよ。つーか雰囲気とかどうでもいいだろ......何の用か知らねぇけど生意気に俺様達を呼びつけやがって、用があんならテメーから来いって話だぜクソ」


 不機嫌な声を出したのは狼耳で大剣を背負う長身の男。


「仕方ないだろう。我々は冒険者で、我々を呼んだのはウンディー大陸の女王様だ」


「呼んだのは布チビだろ! それに俺達は1年半前から “パンドラ” で地界こっちに居なかったし、女王だか何だか知らねぇが従う理由も義理も無ぇんだよ!」


 短気な狼耳の男は怒鳴るように言い、手近な岩をガツガツ踏み蹴り始めた。その姿を見て軽蔑の眼差しを送るのは先程発言した女性で、杖を持つ腕には無数の羽根が見える鳥人種ハーピィ


「布チビって言い方は、ダメ。よくない」


「あァ!? 普段無口な団子が布チビの事となるとうるせぇなぁ? 俺様に意見すんじゃねぇよ」


 髪を頭の左右で丸くまとめている、袖が太長なマンダリンドレスの女性が狼耳へ鋭い視線を飛ばす。狼耳は今にも喰いかかりそうな獰猛な瞳で犬歯を噛む。


「はい、そこまで。喧嘩は後で迷惑のかからない場所でやってくれ」


 丘からバリアリバルを見ていた男性が両手をパン、と鳴らし2人を止めた。

 意外にも短気な狂犬、狼耳の男も舌打ちこそしたものの指示に従った。



 SSS-S3、トリプルのランクを持つギルド【ジルディア】は1年半前から“外界”を探索攻略する禁忌パンドラ依頼クエストで地界にはいなかった。

 しかし地界の情報は常に届いているので知っている。女王セツカと対面こそした事はないが特種通話などで何度か会話した事もある。


「みんな疲れているだろうけど、バリアリバルまでもうすぐだ。けれど......遅れているメンバーが到着するまで休憩しようか」


 エミリオが冒険者になった頃には既に外界へ行っていた上級冒険者ギルドが、今バリアリバルへ帰還する───が、小物界の大物冒険者エミリオと遭遇するのはまだ先だろう。



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