◇518 -ジブチアチ-



 馬車───フェンリルのクゥが引く狼車───に揺られ40分弱で目的地の【ジブチアチ】へ到着した。馬とは比べ物にならないスピードと安定感、高性能な索敵を持つフェンリルだからこそのスピードだろう。わたしもフェンリルが欲しくなった。


「ここがジブチアチ。イフリー産の食材はこの街で大切に作られていて生産する区と観光客を集める区で分かれてる。俺達は観光区に宿を借りてるから行こう」


 二分されている街ジブチアチ。

 わかりやすく言うと、穀物や果物、野菜などを作ってる区がジブチアチの村で観光客を招いているのがジブチアチの街、といった所か。建物も観光区の方が気合い入ってるし街といっていいだろ。にしても......バフで耐性を上げているにもかかわらず、少し暑い。


「特級騎士隊長様、今回の我々の任務は討伐系だと聞いていますが......皆様と同じターゲットを?」


「ターゲットの種族は同じだけど格は違う。もう1パテの見習いは既に来てるから2パテ連繋レイドで取り巻きの掃除を頼む」


「わかり───」

「え!? ヒガシンお前特級騎士なの!?」


 もう1パテの見習いとレイドってのも気になったが、それよりもヒガシンが特級騎士という称号を持っている事を無視出来なかった。しかも隊長だと!? おい嘘だろまぢかよ!


「ヒガシンは特級で隊長だぞエミル! 特級で隊長!」


「......強い人なんだよ」


 双子座も知っているとは......まぢかよ......だからバリアリバルにあのメンツで来たのか。ヒガシン場違いだろって思ってたわたしを許しておくれよ。


「特級騎士隊長って立場があるから任務中は俺が指示を出すけど、最初に言ったように従いたくなかったら別にいいからな。任務さえこなしてくれれば遊んでても文句はない」


 中々騎士っぽくない性格の特級騎士様だな。でも無駄に堅苦しいヤツより100倍ヒガシンの方がいいな。


「宿についたら我らが特級騎士隊長様が詳しい話しをしてくれるだろうし、急ごうぜ」


「お前が一番遅いんだぞエミル」


「あーん? 緊張でカチコチのお前よりいいだろウェンブリー」


「む......まぁ、確かにカナリ緊張してるけど」


「騎士もいるんだし、1パテ追加されるんだし、あの双子を見習えよ?」


「確かに双子もエミルもリラックスしすぎに見えるね......緊張してるの俺だけかぁ......」


 学園2位の実力者も任務、それも討伐系となれば緊張するのか。ウェンブリーの実力も知りたいし、いい感じに緊張を解す手伝いくらいはやってやるよ。


「遅れてるぞ、急ごうぜウェンブリー」


「あぁ、そうだね」





 略奪種の正体は亜人種デミヒューマンの【ラオブミノス】というミノタウロス系のモンスター。

 ミノタウロス科目の略奪種が【ラオブミノス】となるのか? ここらはよくわからないが、ミノタウロス系という事は半人半獣の筋肉ムキムキモンスターという事だろう。


「略奪......知能が高いタイプのモンスターですね。それと数名程しか確認出来ていませんが街にウンディー大陸の冒険者の姿も。大規模な討伐、殲滅系の任務ですか? それとも......」


 名前も知らない男が発言した。装備───防具はわたし達と同じ見習い騎士制服なので噂のもう1パテの仲間か。この街にウンディーの冒険者......まずいな。一応極秘任務としてわたしはノムー側にいる形だし下手に顔を合わせたくない。誰が来てるのかは大いに気になるが。


「さすが首席だな。キミら見習いに最優先でお願いしたい事は、救出だ」


 偉そうに仕切るヒガシンは───実際ここでは一番偉いのだが───マップデータをホロ化させ、詳しい説明を始めた。


 わたし達見習い騎士の仕事は2つ。

 ひとつは略奪種に拐われた人の救出。

 もうひとつは略奪種の雑魚個体を討伐。

 救出を最優先とした任務で、救出成功後に討伐がスタートする流れ。

 略奪種の巣から一番近くまだ手をつけられていない村の住人達は既に避難済みで、その村に騎士と冒険者の別パテが残り、略奪種を釣る。勿論全てを釣れるワケでもないので、別パテが手薄になるであろう住処を叩き、更に手薄になった所をわたし達が潜入して救出。


「既に拐われてる人がいっから下手に巣凸出来ないってワケか......つーかデザリア軍は何やってんだ?」


 一応作戦は理解したが、やはり気になるのはデザリア軍だ。わたしの発言に対して騎士も学生もすぐ返事をしなかった事から、デザリア軍の情報はほぼ入ってきていないという事。自国で略奪種なんて呼ばれているモンスターが好き勝手やってるのに動かない連中とは思えない。さらに他国が入り込んでこの問題をどうこうしようとしているのに、動かない連中じゃないだろ......お前らには関係ないからしゃしゃり出るな! くらい言ってきそうな印象をデザリア軍に持ってるのはわたしだけじゃないハズだ。


「デザリア軍は半壊してるんだ」


「は? 半壊って、ラオブミノスってのにやられたのか? そんなつえーの?」


「いや、そういう物理的な半壊じゃなくて、指揮をとる者がいない中で好き勝手やり始めた軍人がいて、それを止めるのも軍人。元々デザリア軍は力こそ全てであり正義、力なき正義は無意味であり邪魔、という思考を持つ組織だったけど国王もいない中でそれらはバラバラになり、今のデザリア軍は “軍人が最高権力者” なんて考える馬鹿も多くてこのザマだ」


「なるほどな」


 デザリア軍には軍人としての......騎士としての精神みたいなものはないと思っていたが、やっぱりないのな。

 ドメイライト騎士は騎士道やら正義、秩序やらが重くて真面目かよって思える。

 ウンディーの冒険者は好き勝手自由にやってるが責任は全て自分らにくると理解している。

 デザリア軍は軍人という立場で力があれば何をしても許される、弱者を守ってやるから言う事を黙って聞け。みないた感じ。


 勿論全員がそうではない。ここにいるヒガシンはドメイライト騎士だがゆるいし、冒険者も今は女王がいるからこそ無法ではないし無責任な事はしない。デザリア軍にもきっといいヤツはいると思うが、それ以上にアホが多いんだろう。

 今回の略奪種に対しても自分には関係ないから勝手にしろってスタンスか?


「略奪種のラオブミノスは夜行性モンスターだから昼間に叩きたいけど、まずラオブを村に釣らなければ始まらないから作戦は夜だ。夕方までみんな適当に時間潰してくれ」


 余韻を残す事なくあっさりと作戦会議は終了。硬い言葉やひねりのある言い方をせず説明してくれたのは理解しやすくて助かったが、肝心のラオブミノスについての情報が───と思っていると全員のフォンにモンスターデータが届く。

 騎士達はすぐに退席したので宿のロビーにはわたし達学生だけに。


「丁度いい。このままここを使おう」


 今まさにわたしも思っていた事を言ったのはさっき首席と呼ばれていた男子生徒。ウェンブリーより+5くらいイケメン。


「わたしはエミルだ。5日前に裏口入学したばかりだけどよろしく。ここをこのまま使わせて貰うってのは大賛成だ」


 噂の首席へ先制するように自己紹介を飛ばし、次はお前らな? という視線を知らない4人へ送る。


「俺はオゾリフ・アゾリウスだ。さっきは特級騎士の手前だったからあんな口調だったけど普段はこんな感じだ。よろしくなエミル」


 首席と聞いてどんなヤロウだ? と構えていたが結構ざっくりした口調で絡みやすそうだ。そしてコイツもウェンブリーと同じく姓持ち。


「ちょっとオゾリフ! ちゃんと首席である事とタンカーである事をお伝えして差し上げないと現場に出てからじゃ遅いのですわよ! 全く......、失礼、私の名前はネリネ・サルニエンシスと申します。席次は三でレイピアが得意ですわ! 中級程度なら治癒魔術も出来ますわ。よろしくエミル」


 赤に黒メッシュが走るヘアカラーのネリネ......どっかの後天性吸血鬼を思い出させるカラーリングだが、吸血鬼の方はメッシュと言うよりツートンだな。そしてコイツも当然のように姓。てか喋り方が何だコイツ。


「次は僕だね。僕はアゾール、姓はないんだ。回復や支援を得意とする治癒術師で一応学園では七の席次、よろしくね」


 アゾールというどこか強そうな名前で、小柄&女みたいな可愛い顔という治癒術師ヒーラー。コイツは姓なし。

 まぁここまではいい。ここまでは別に普通だ。

 次......最後のヤツがもう、さっきから気になってしょうがなかった。デカイマスクと独特な雰囲気を纏うチビ女。


「アンブル」


「............、............え? あ、アンブルって名前か? よろしくな?」


 え、なに、今ので終わり? 嘘だろ「アンブル」だけって、もっと何かあるだろ!?


「悪いなエミル。アンブルは本当に喋らないうえ相当な人見知りなんだ。でも実力は俺達が保証する。なんせアンブルは席次十位で魔術は学園一位、魔術が土俵だと首席の俺より強いぜ」


 でた噂の10位の魔術1位!

 船では名前を聞く前にガコンして終わったが、こんなに早く会えるとは思わなかった。

 デカマスクでチビ金髪のアンブルが学園で一番凄い魔術使いか......どんなレベルなのか今すぐにでも見たいが、多分これ何言っても返事ないやつだろうな......試してみるか。


「なぁアンブルはなんでマスクしてんの? 風邪?」


「......」


 ほらな! 絶対シカトされるってわかってたも! まずデカマスクの時点で喋りませんって感じするしな! はい終わり終わり!


「もう! アンブルは少し会話する事を覚えなければ騎士になった時大変ですわよ? ごめんなさいねエミル」


「傷付いたぜ......マグマコーラ飲まないと立ち直れそうにない。もうダメだ任務はお前らだけでやってくれ勿論わたしも参加して結構頑張ったって事にしてな......」


「エミル、初対面相手によくそこまで言えるな......凄いよお前。さて、夜まで時間を潰そうか」


 苦笑いする新顔達───アンブルは全く反応しないが───を横にウェンブリーがいい感じに見習い騎士会議を終わらせてくれた。


 夜までは時間がある。

 どうせやる事ないしジブチアチでも見て回るか......つまんなそうだけど。



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