◇494 -幻想楼華-5



 魔女という種族の特性である移動詠唱をフル活用しつつ、わたしの能力 多重魔術 も使い、魔術と剣術で攻め続ける。クソネミも赤腕を振り魔術を喰い消し、そのまま地面まで抉る暴れっぷりを見せる。赤腕に気を取られていると、クソネミ本体が剣術を撃ち込んでくる始末。牽制を混ぜつつの遠近攻撃はお互い様か......。


 夜楼華の方も気になるが、そっちまで気にしていると本当に殺される。短剣ローユを信じて今は眼の前の敵に集中───


「───だっ!?」


 集中と言ったそばから、やらかしちまった。

 中級魔術で牽制しつつ突進系剣術で攻めたが、それを完全に読まれていた。クソネミは赤腕3本で魔術3種をやりすごしつつ、本体はわたしの剣術を見切り回避。と同時に残りの1本で地面を殴り軌道を変えるように身体を押し、水纏うカタナを躊躇なく振り下ろしてきた。

 回避で流れる身体を無理矢理赤腕で攻撃へと転向させた......便利な能力だな。


 水剣術に為す術なく、ガラ空きの胸を斬られた。冷たい線が左肩から斜めに通過したかと思えば一瞬で線は燃え上がるような熱を発した。水から火に変わったワケではなく、単純にカタナで斬られ血が豪快に溢れたからだろう。

 神経を焼き切るように痛みが胸から全身へと駆け巡る中、とても繊細でいて鋭い斬撃が水なのか、と妙に落ち着いている自分もいた。


 獣のような唸り声を上げ、剣術ディレイ中にも関わらず───いやディレイ中だからこそ、クソネミは3本の腕を束ね1本の腕にした。多少だがサイズアップしているが本当に多少だ。束ねた目的はサイズアップではなく、一撃での攻撃回数───爪の数を増やすためだ。1本の腕から伸びる爪は3本分の15。

残りの1本で地面を殴り、ディレイ中の身体を無理矢理押して束ねた腕でわたしを抉るべく大振りした。


 轟音と共に摩天楼まてんろうが揺れ、吹き飛んだわたしは夜楼華に衝突する形で停止し、地面に落下。

 水剣術で斬られ爪攻撃を食らったにも関わらず、わたしは意識をまだ保っていた。無意識にわたしは爪攻撃を何らかの魔術で防御しつつ胸の傷を血液で瞬間凍結し、夜楼華へ衝突する時のにはアメーバをしっかりと使っていた。

 爪を完全に防げたワケではないが、全ヒットは免れた。右首から胸部手前で走る4本の爪痕は半端な部分で停止している。傷も深くないが、ここも一応凍結で止血を.........なんかわたし、妙に落ち着いてないか? なんだ.......とても調子が、気分がいい。ついさっきまで疲労に舌打ちしていたハズなのに、ありがたい事に痛みも全くない。おまけに頭がスッキリしている。


「なんでか知らねーけど、この調子ならまだまだやれるぜ」


 右腕は使いモノにならないが、痛みはない。

 丁度いいと言えばクソネミに悪いが、完全な魔女力がどれ程のモノなのか試させてもらうには丁度いい機会だ。





 廃楼塔はいろうとうで観音との戦闘を終えた面々は吹き抜けの壁から入り込む夜風に一息つく。ギルド【白金の橋】のマスターリピナを先頭にギルメンの癒隊が怪我人───全員の状況をて治療や治癒を始めようとした時、半妖精のひぃたろが声をあげる。


「すぐにエミリオの所へ向かいたい。だから治癒は療狸やくぜんの能力を使いましょう」


 治癒術も医術も、必ず何かを代償とする。一瞬に思える治癒術も使用者の魔力などを消費し、対象は実感こそないものの体力的な疲労がのしかかる。状況が酷ければ酷い程より高度な治癒術が必要となり、魔力や集中力、対象は体力がグングンと削られる。

 医術も使用者は知識と技術、集中力が要求され、対象は完治まで時間が要求される。後遺症を可能な限り残さず治す、確実に安静に治す、という点では治癒術よりも医術の方が勝り、治癒ではどうにもならない事───病気なども存在するのでリピナ達は治癒術と医術を用いて医術で患者の状態を的確に判断している。

 しかしそれにはやはり時間がかかる。

 今の状況では満足に休憩さえ出来ない状況。ここでひぃたろは療狸の、大神族の奇跡とも言える能力を使う事にしたが勿論、ひぃたろは療狸の能力を持っていない。


「烈風。ここにいる全員に療狸から借りてる力を使って回復してもらえる?」


 烈風は療狸から大神族の能力を借りていた。その事を烈風はひぃたろに話していて、使うタイミングはひぃたろに任せる、という流れになっていた。

 観音戦中に何度も使おうか迷った能力。ひぃたろも何度も烈風に合図を出すか迷っていたが、観音にも効果が働いてしまう恐れがあった上、確実に、効果を余さず使える瞬間は戦闘中では絶対に訪れない。

 戦闘を終え、次への動きも決まっている今こそ、それを使う時だと判断した。


「この能力は借り物だから一度使えば消える。今でいいんだな?」


「ええ。お願い」


 烈風は部屋の中心へ移動し、黒緑のカタナを抜いた。あたたかい緑色光を放つ刀身を、床へ突き刺すと大型の陣が展開され、全員を癒やす。

 体力、魔力、妖力......疲労や怪我、傷などもみるみるうちに回復し、満足に動けなかったひぃたろとプンプンもすぐに立ち上がれるまでに。


「終わったぞ」


 僅か5秒で全快と言っても過言ではない状態まで回復した面々。これが大神族の癒、療狸の本気の能力であり、バランスを崩しかねない能力なので多用する事が許されない奇跡。


 それでも死者は蘇らない。


「妖精の......、エミーの所へ行くんだろ?」


 黒眼帯で両眼を隠す影牢、トウヤはひぃたろへ問い掛けた。


「ええ、あのバカは何をしでかすかわかったものじゃないわ。眠喰を殺すも殺さないも私には関係ない事だけど、眠喰はこの国では大切な存在なのよね?」


「エミちゃんの行動でウンディーとシルキの仲が悪くなるのは嫌だし、ボク個人としてはエミちゃんが眠喰さんを殺すってのが凄く嫌だ」


「ワタシもプンちゃと同じ気持ちで、エミちゃは何を考え出すか近くにいてもわからない......何も考えてないのに滅茶苦茶やるって事も普通にある。エミちゃ自身の事も少し心配だから、ワタシも行く」


 フェアリーパンプキンの3名はそう言い、廃楼塔を後にしようと進む。誰かに同行をお願いする事もなく、すぐに行動する3名へ、


「ここまで来たんだ。全員で行って、全部終わらせよう」


 と大妖怪の螺梳ラスが言い、


「そうですね。長年続いたシルキの呪い......亡くなった方々を弔えるように、今全て終わらせるべきだと私も思います」


 ひび割れたレンズに呆れつつ、四鬼の弐が螺梳に続くと、他の面々も同意し、楼華島にある摩天楼まで最速で向かうべく、千秋が能力で巨大鳥の他にも妖怪鳥などを呼び出し、その背で空を進んだ。



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