◇493 -幻想楼華-4



 楼華島サクラじまに到着し、摩天楼まてんろうへ急ぐ3名、妖華モモ、雪女スノウ、夜叉あるふぁ。何千本と咲き誇る桜は月光を宿し淡く優美な白で夜道を明るく照らす。


───胸騒ぎがする。京にいた時よりも不安感が濃く強くなる。


 モモの胸騒ぎは夜楼華ヨザクラが開花した事で発生する高濃度の生命マナから───ではなく、全く知らない生命と妖力の塊が放つ威圧感から発生するものだった。

 そしてそれをスノウ、あるふぁも同時に感じ、同感色で胸の奥に汗をかいていた。


 煽られるように走る鼓動と、鼓動に合わせて巡る不安。

 モンスターの気配が無いのが幸いと言える。こんな精神状態でモンスターと遭遇すればミスも増え、下手をすれば命を落とす。夜楼華の開花をモンスター達も感知し、身を隠しているのだろう。


 必要ないならば近付きたくない。

 3名は夜楼華が放つ存在感───浄化的雰囲気にそう思ってしまうのは自然な事だろう。元人間といえど今はアヤカシ、妖怪の魂魄が宿り適応した存在。夜楼華に魂魄を引き剥がされるのでは? という不安や恐怖を覚えるのは自分達の存在を理解しているからこそだろう。

 それでも、退くワケにはいかない。

 友達を助けたい。

 ちっぽけな理由だが、これ以上ない理由。


「───ヒェッ!? ......今のって」


 災害のように予告なく吹き抜けた魔力にスノウは摩天楼を睨む。

 記憶に新しい魔力、全神経を鬱陶しいほど雑に弄り回されるような不快感は───京の城、蜃気楼しんきろうで嫌な程浴びたエミリオの魔力。


「魔女の......!」


「急ごう」


 魔女エミリオが眠喰すいみん を殺そうとしている。と思って疑わない3名は、夜叉あるふぁを先頭に眠喰───親友達を助けるべく魔力の発生源へと向かう。





 粘度のある空気に全身が絡まる感覚と、うっすら開いた瞳に映る、小さな光。その光は徐々に遠くなる───違う、私が沈んでいるんだ。

 ここが何処で、私はどうしてここに沈んでいるのか......そう、だ、私はエミーと夜楼華の前で、


「───夜楼華は!?」


 瞼を押し上げ声を出す、と同時に身体を起こしたがどっちが上でどっちが下なのかさえわからない未知の空間......私は、死んじゃった、のかな?

 もしそうなら、今いるここは......天国か地獄か、どちらかへと繋がる道みたいなもの?


───どっちへ行きたい?


「えっ......」


 頭の中に響くような───自分の声。


───天国か地獄、でしょう? どっちへ行きたい?


 当たり前のように語りかけてくる自分の声をもつ誰か......こんな現象は今まで知らない。


───決断力以前に、勇気が無さすぎるよ。今もこうして愚図愚図してる。


「!? そんな事───大体お前は誰だよ!?」


───私が誰かなんて実際興味ないでしょう? そうやって選択から逃げようとした結果が、夜楼華の開花じゃないの?


「違っ......私は逃げてなんかない、考えて、迷ってただけで、」


───考えて迷ってたとしよう。それで、その結果が時間切れじゃ逃げるよりタチが悪いと思わない? 一層の事逃げてくれれば他の誰かが代わりに決断していたかもしれないのに。


「何を言ってるの? 夜楼華の開花は私のせいじゃないし、そもそもお前は何を知ってるって言うんだ?」


───確かに夜楼華の開花は誰のせいでもない。でも、もっと早く様々な対応は出来たと思わない? 内戦なんてくだらない事をして、し続けて、時間は過ぎ去った。なんでもっと早くこの行動を取らなかった? なんで夜楼華から逃げて内戦だけに眼を向けていた? 逃げて逃げて、逃げて逃げて逃げて、結局逃げ切れてない。


「何なんだよ! お前はさっきから何なんだよ!! お前に何がわかる!? お前に私の気持ちなんて───」


───わかるよ。だって私は、


「!!? ───...........私、だ」





 やべぇ、ただただ、やべぇ。


 フレームアウトした眠喰すいみん ことクソネミ妖怪はワタポの時とは違い、どちらかと言うとプンプン系のフレームアウトだ。まず言葉が通じない。そして暴れ散らかす。赤衣は完全に獣型モンスターのシルエットで赤腕が4本。クソネミの腕とは別に4本だから厄介なんて言葉じゃ済まない。


「くっそ、コレも効かねーな......無敵かよ」


 炎魔術と風魔術を撃ち込んで、属性反発を利用した共鳴も全く効かない。打ち消されるだとか回避されるのレベルじゃなく、本当に効かない。風に煽られ荒れ狂う炎は120パーセント当たってるのに、まるで微風を浴びているかのように完全シカト。肉体的にも精神的にもダメージが全く見えない。

 フレームアウトしてまだ5分前後......放った魔術が全て効かないのは笑えねーな。


 クソネミの能力を探るようにしていた理由が、まさに今のような状況になった時のためだ。こうなってから有効的な何かを探るようじゃ速攻死んで終わる。フレームアウトを促していた時に赤衣は剣術に対応出来ない───とまでは言わないが剣術、物理攻撃に対して圧倒的に弱いというのは知れた。ここを攻めつつ、クソネミが戻ってくるのを待つしかないが、大問題がひとつ。


「わたし剣術そんな得意じゃねーんだよな......体術も、そもそも体力がカスなんだよな......」


 自分で言うのもアレだが、珍しく本音───本心を認めてしまった。普段は天才だの最強だの言って自分を調子付けているが、まぢでわたしは物理系、アクティブ面が弱い。

 そして今は右腕が使いモノにならない。

 仲間もいない。

 討伐ではなく耐久。

 ポーション類の残りも僅か。

 連戦続きで体力的には勿論、精神的にも疲れがキテる。


 それでも、やるしかない。


「チビドラ、力貸してくれよ?」


 左手に持っているチビドラゴン───霧薔薇竜の剣へ語りかけ、作戦もクソもない戦闘を始める。



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