◇484 -欲心観音-2



 腹部が、腹が、中身が、内臓的な部分が痛い。

 血も出ていなければ吐いてもいない。が、あり得ない痛みが爆発するように発生した。

 観音が杖を鳴らした瞬間に......わたし以外も吹き飛んだ。


「〜〜〜〜っ」


 見えない攻撃なんて存在するのか? そもそも見えないものに対し存在という言葉はどうなんだ? いやそんな事どうでもいい。とにかく、今は起きる事を優先しなければ。


「─── 神通力じんつうりき......」


「ほう? まだ喋れるか。流石は鬼だな」


 脳筋鬼の声に釣られるように、浮遊状態の観音は近寄り、わたし達は眼を見開いた。

 動かない身体、声も出ない中で、脳筋鬼は無数の腕に掴まれ───バラバラに引き千切られた。

 躊躇も容赦もない観音はバラバラに引き千切った脳筋鬼を腕彼岸の中へ引き摺り込む形で捕食した。


 頭が追いつかない。


 これほどまでに呆気なく、躊躇なく、容赦なく、簡単に仲間を奪われた事がいままであったか? いや、ない。

 悲鳴もなく、簡単に、ひとつの命が削り消された。


 呆気なく───。


「鬼は良いな。濃い妖力は私を高めてくれる......次はお前だ。雌の鬼」


 まるで食事をとるように命を喰らい消した異形はすぐ近くにいる女の───数えるヤツではない───鬼へ虚ろな視線を向けた観音が杖を鳴らす前に、空気を破裂させるような轟音と共に青白の雷が床を走りご指名の鬼を押し飛ばした。


「!?───今の雷撃......魅狐ミコか?」


 観音の興味を一瞬で請け負った魅狐プンプンは休む事なく雷撃を放つ。しかし再び見えない何かが発動し、雷撃は打ち消される。


「ボクが相手をしてやる。来い!」


 気合いで身体を起こしたプンプンはひとりで観音のタゲを取る。狙いは全員の再起動だろう......が、いくらプンプンても観音アイツは重すぎる。


「魅狐が生きていたとは驚きだ。その妖力を是が非でも頂きたい!」


 虚ろな瞳だった観音はここで初めて感情的な色を宿し、歪んだ笑みを浮かべた。濃度の高い妖力を溢れさせ、プンプンを一点に見る視線は神でも仏でもない。自分の欲望を振り回し押し付ける独裁者のような視線。


 観音が杖を構え、身体を前屈みにしたタイミングで妖怪や鬼が攻撃を仕掛けた。

 妖力を使った剣術や術が観音を叩き、術煙が湧き立つ。


「外の! お前達は妖力に対して抵抗も耐性も無いとみたが、今はどうにか立ってくれ! 俺達だけでは持て余す」


 眼鏡の鬼、丁寧すぎる喋りだった鬼が今は砕けた口調で外の───わたし達冒険者へ言った。

 妖怪達だけでは持て余す程強大な観音───という部分よりも、妖力に対して抵抗手段や耐性値が存在する事実にわたしを含めた冒険者勢が希望を拾った。


「無茶な力だと思ってたけど、ワタシ達はただ知識と経験がなかっただけなんだね」


「そうみたいね。なら───今知識を拾って実戦で経験値を稼げば問題ないわね」


 ワタポとハロルドは痛みに耐えながらもあっさりと立ち上がり、わたしを見る。


「おいババー、戦闘がお前の仕事だろ? ちゃんとしろよ」


 天使は倒れたままわたしへ強い言葉を吐き出した。が、確かにそうだ。みょんも戦闘要員ではあるが、感知型に特化している天使だ。

 この場で戦闘特化型はプンプン、ハロルド、ワタポ、そしてわたし。

 いつまでも痛い痛いで転がってるワケにもいかない。



「あのクソ野郎に一発やり返すぞ、ワタポ、ハロルド!」



 自分を無理矢理起こし、わたし達も戦闘へ参加した。





 妖力に対し抵抗方法や耐性値を持つシルキ勢でも大神族の力の前ではウンディー勢とそこまでの大差はない。

 さらに観音は人道を外れた───大神族としての道も外れた───異形な存在へと堕ちた。これにより女帝種と肩を並べる異質なマナを抱いた。が、その命は既に削れ始めている。観音は欲に手を伸ばし欲に喰われた結果、自身も気付かぬ速度で命が削られている。数時間後には肉体も精神も生命も全てが崩壊を始め、散るだろう。


 しかし、その真実を観音も、立ち向かう者達も知らないまま時間は切り刻むように進んでいた。

 エミリオ達ウンディー勢が立ち上がり、既に数十分。その間、観音は品定めするように廃楼塔はいろうとうへ襲撃してきた者達の相手をしていた。攻撃といえる攻撃はせず、剣術や妖術、魔術を規格外な防御手段で消し崩しては牽制程度の攻めを放つ。


 何も進まない、変わらないまま時間だけが虚しく過ぎ去っていく中でウンディーの魔女は苛立ちに吠える。


「やっぱわたしが魔術ブッパした方いいだろ!?」


 ウンディーの魔女、エミリオが言う魔術は通常のものとは違い、魔女の魔術。

 この発言に対し京の城、蜃気楼しんきろうでの暴走覚醒が過った面々は全力で拒否する。欲を纏い心を無くした観音を相手にしている中で魔女の暴走は手に余るなどでは済まない。しかしエミリオの気持ちも理解できる。

 何十分経過しても変わらない状況はフラストレーションが溜まる。四鬼しきに至っては同族があっさりと殺され喰われた中での防戦一方は毒よりも苦く苛立ちを撫で続けているだろう。

 四鬼の中でもトップの筋力、硬度を持つ四鬼しき星熊ほしぐまがまるで棒切れのように、助けるはおろか腕を伸ばす事も出来ず眼の前で呆気なく殺されたのだ。穏やかでいられるワケがない。


 各々が違う方向へ気持ちを向けているレイド。もう一度まとめ束ねるだけの時間をくれない相手。そしてレイドの旗を降ったエミリオの、人を束ね導くリーダーとしての才能の無さ。



「───決定打も無い烏合の衆.......もう飽きた」



 過去最悪ともいえるレイドは動き出す観音に追い込まれてゆく。



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