◇483 -欲心観音-1



 細い花弁を持つ植物が妖艶に赤く発光する室内───と言えるのかも怪しいエリア。花の絨毯が広がり壁は吹き抜け、どういう原理で存在しているのか不明だが、奥には階段だけが伸びている。

 青白い月光に赤い花が揺れる薄暗いエリアに、それはいた。わたし達の乱入を気にする様子もなく、異形の影は別の異形を貪り喰う。

 顔は見えないものの、シルエットは異形そのもの。喰っている方も喰われている方も、まともな形じゃない。


「───うさぎさん......うさぎさん、うさぎさん」


 異形が異形を喰らう様子を見て、ニンジャが「うさぎ」と呟きながら進み始める。

 無意識に足を進めるニンジャをわたしと螺梳ラスが止めるも、強引に進もうとする。このやり取りでやっと異形はわたし達の方へ意識を向ける。

 細赤の花が一際光を宿し、室内───このエリアが鮮明に。


「堕ちる所まで堕ちたもんだな、観音」


 螺梳の声に異形はピクリと背を揺らし、咀嚼を止めた。


命彼岸めいひがんもここまで栽培していたとは......最早、病気ですね」


 眼鏡の鬼の声に異形───観音は背を伸ばした。すると細赤の花、命彼岸は宿した光を放出するように発光し、ここで初めて全てが目視出来た。


 観音はわたしの想像を遥かに越えた異形だった。臍から上は人間的な形状だが実態は違う。露になっている肌には命彼岸を連想させる模様がいくつも走り、指先から肘下辺りまでは赤黒が流動していた。瞳はどこか虚ろで、金とも銀とも白とも言えない色素の抜けた髪。

 ここまではまだ “保っている” が、下半身は......どうなっているんだ?


「アレが観音カンノンという存在? 下半身がそこら中に咲いてる花と一緒じゃない。シルキは化物を神と崇める大陸なのかしら?」


 半妖精のひぃたろが今まさに言ったように、観音の下半身は命彼岸のような形をしたモノ。花の中心から人が咲いているような.......しかし素材は花のように柔らかく脆くはないだろう。形状は命彼岸だがモノが全く違う。


 命彼岸のような形を無数の腕が造っている、と言った所か?

 錆び付いた鎖が無数の腕を束ねているように囲い、楔のようなモノを打たれている。


「...........丁度いい。生きの良い魂魄を求めていた所でな。貴様等の魂魄イノチを寄越せ」


 欲望を具現化したような存在、観音は彼岸花の形状を作る無数の腕───腕彼岸へ自らの腕を突き刺し、不快な音を響かせ何かを千切り抜いた。


「観察は終わりだ! 来るぞ!」


 螺梳はわたし達へ強く言い放ち、カタナを抜いた。声で現実へ戻り、行動で現状を掴んだわたし達は戦闘態勢に入る。


「神である私に刃を向けるか? 面白い。先程誕生した彼岸錫杖ひがんしゃくじょうの慣らしも兼ねて遊んでやろう」


 杖とは程遠い、鈍器めいた武器をシャンシャン、と鳴らし観音は虚ろな瞳のまま恐ろしい殺意を放出させた───瞬間、わたしの腹部に激痛という言葉では到底足りない痛みが爆発するように起こり、次に見たのは自分を含め全員が床に倒れている姿だった。





 腐敗仏と女帝種を喰らった大神族の観音は、長年追い求めていた、腐敗仏を越えた存在、完成個体へと自らを昇華させる事に成功した───と思い込んでいた。

 腐敗仏は失敗作であり、腐敗仏の成功体は幻魔げんま、そして完全体は、今、命彼岸の絨毯に倒れている盲目───トウヤ。


 フローの探究心が創り上げた存在こそトウヤであり、いくつかの分岐点でフローは “必要以上のマナを与えると完全体の贋作が産まれる” という答えにも辿り着いていた。そしてその【完全体の贋作】をゴールとした失敗ルートをフローは観音へ成功ルートとして教えていた。


「......失敗は成功の素......なんてのは、地雷バカが自分を正当化させようとする詭弁、自分の失態や失敗を認め受け入れられない大人こどもの鼻唄ナリ。失敗した時点でただのゴミだっちゃ。そのゴミを瞬時にどう使うべきか判断出来ないくせに 成功の素 なんて、よく言えるナリねぇ。頭の中に脳でなく膿が溜まってるからそんな事言えるんかね? そうに違いないナリ!」


 隠蔽術と空間魔法を合わせたピーピングで廃楼塔の彼岸の魔を覗くクラウン。

 フローはアレコレ言い、最終的には喉を震わせ小馬鹿にするように嗤う。酒呑童子は四鬼を適当に応援し適当に観察。

 リリスはそもそも観音に興味が無く、エミリオを見てその変化に眼を見開き、ワタポを見て上昇している実力に唇を舐め、ひぃたろを見て衝撃的な何かを感じ頬を染め、魅狐化しているプンプンを見て熱く膨れ上がる気持ちを鎮めるように濡らした。


「......リリス、そういう事は隠れてひとりでやれよ」


 ダプネはリリスの偏愛感情に嫌な顔を浮かべるだけで観音自体にはリリス同様興味が無いらしく、覗くのを辞めた。


「あれあれあれ〜? ダプネちゃんいいんかい? エミリオちゃんが殺されるかもよん?」


 空間口から離れるダプネを誘うようにフローが声をかけるも、


「アイツは私が殺す。それに───観音だったか? アレはもう終わりだろ」


「グヒヒ、バレちゃってたナリか! 大神族でも無理矢理じゃ “邪神” にはなれないかぁ〜〜〜勉強になったっちゃ!」


 フローのいう “邪神” は【シンシアと十二の神】に登場する、魔女シンシアが従える十二体の強大な存在達を指す。

 その中に、神族という立場でありながら邪神という称号を与えられた存在もいる。


 邪神とは称号であり、神族や大神族のように特別な存在ではなく、神をも越える脅威的な力を持つ存在の事を言う。

 和國シルキでは邪神を修羅と呼び、自身の欲望の為に強大な力を振るい、力で全てを解決させようとする存在。


 フローは大神族を素体に邪神───脅威的かつ強大な【力】を持つ存在を創ろうと十年前にレシピを観音へ吹き込み、ついにそのレシピ通り観音が素体となり、今、失敗した。


「やっぱ養殖でなくて天然の邪神ちゃんを探した方が早いナリね〜。ま、無きゃ無いでも全然いいんだけども!」



 心にある欲望をそのまま飲み込み、その身に宿した大神族───欲心観音のイノチは既に欠け始めていた。



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