◇476 -幻楼庭園-2
何も出来ないまま終わらなくてよかった?
笑わせんなクソネミ。お前はまだ何もしてねーぞ?
闇魔術のピーピングをクソネミにかけていたわたしは、頭の中を余裕で覗けていた。心の声だだ漏れ状態だ。
魔術だから使用者が派手に動くと効果は消える。対象が気付いた場合も消える。便利そうに思えて使い勝手の悪い魔術だ。
確かこんな能力を持ってるのが、レッドキャップのリーダーだったな......リンクした相手の思考を読み、脳に直接語りかける能力。
っと、今はそんな事どうでもいいか。
わたしは腰に吊るしてる剣【ブリュイヤール ロザ】をわざとらしく鞘を走らせ抜く。
こころなしか、刀身が曇っているようにも見える。
記憶武具とは不思議なものだ。本当に生きているような、所有者に寄り添うような武器......今、霧薔薇竜はわたしを止めようとしたんだろうな。不安そうな瞳でわたしを見て、刀身を曇らせたんだろう。
───安心しろよピョツジャ、多分殺せないから。
「じゃーなクソネミ。成仏しろよ」
「───」
剣術は使わない。剣を構え振るった事で闇魔術は消える。遠慮なしに振った剣が無防備なクソネミの首へ吸い込まれるように迫り、何かが滑るように割り込み刃を阻む。
「───ッ!? ......おい、やってくれるじゃん」
「な、に......これ......」
わたしの剣を防いだのは鋼鉄の硬度を持つ夜楼華の根蔓。別の根がカウンターまでしてくれる親切っぷりで、わたしの腹部は槍のように鋭い根が貫通していた。
ここまでの結果は予想出来てなかったが、攻撃は防がれる、というのは予想通り。世界樹と同じ霊樹であり、長年この大陸を思っていた樹だ。
他国の誰かが自国の者を眼の前で殺そうとすりゃ、助けるだろな。
根槍は無造作に引き抜かれ、鞭のようにしなりわたしを叩き飛ばした。
「痛ッ、は、、っ」
ありったけの茸印の痛撃ポーションを傷口へかけ、氷魔術で傷口を凍結止血し、狼印の体力回復ポーションを飲む。根先だったので小範囲───細い槍で貫かれた傷だが、新防具を貫くほどの攻撃力は脅威だ。
「なにこれ......エミー逃げて! この衣も夜楼華も、私の意識じゃどうにも出来ないんだ!」
「ふざ、けんな......んな事より、お前、治療費と、慰謝料、あと、修理、代も請求、すっからな」
氷魔術が上手く働かない。凍結してもすぐに溶かされる......痛撃ポーションも全く働かない......。茸印のポーションは持続力を捨て、即効性に特化したポーション。とは言え、30分程度なら余裕で効果が持続する。それが全く効果を発揮しない......いや、使った時は確実に効果があった。現に氷魔術が凍結、解凍している。
「なにこれ、なんで、なんで勝手に動くんだよ!?」
赤衣が爪を立て、夜楼華の根は鋭く尖りわたしをターゲットにする。激しい痛みと迫る危機の中でも、不思議と頭は回る。
まずは───この状況を打破しなければ傷の処置も出来ない。
氷が溶けた───凍結は働いた───という事は、凍結後に氷魔術を打ち消されって事だ。なら、持続型じゃない瞬発型か連撃型の魔術で、あの赤と根っこは押し返せる。
クソネミの制御を失った赤衣と夜楼華がわたしを完全に消し去ろうと攻撃を始める。
わたしも死にたくねーし、死ぬ気なんてねーんだよ。
お前と違ってなクソネミ。
◆
理解出来ない事が起こっている。私の意思なんて微塵も伝わらないまま、私の能力と夜楼華が魔女を、エミーを殺そうとしている。
止めようと手を伸ばしても赤衣はすり抜け、夜楼華の根は私を払うようにしなる。
違うんだ、全然違うんだ。
私は力が欲しくて魂魄に手を、夜楼華に手を伸ばしたワケじゃないのに、なんで、
「やめろ、止まれよ!」
私の声を合図に赤衣は腕のような形状の靄を増やし、夜楼華は地面から根を引き出す。
言葉は悲鳴になり、悲鳴は合図となり暴走する力を加速させてしまった。
無数の攻撃が魔女を、エミー討つべく伸びる。
もう止められない。私にはどうする事も───
「───!!?」
見た事もない陣が浮かび、鐘のような音が、まるで警鐘のように騒ぎ立てる。
音色が繰り返される度に魔力がより鮮明なモノとなり、重症の魔女は瞳を黒紫色に燃やし立ち上がっていた。
どこか信用できない剽軽な性格の魔女、という印象が一瞬で消し去るほど、真っ直ぐでいてどこか危うい瞳。妖力こそ全く無いが、魔力が一気に膨れ上がり、性質も変化。完全に別物へと───紛う方なき魔女の
実際の魔女をエミー以外に知らない私でも、アレが魔女だ。と納得せざるを得ないほど強大かつ脅威的な魔力。
『───ナメんな』
その魔女がポツリと何かを呟いた。
人語───私達が使う言語ではない言葉をクチにした瞬間、二つ浮かぶ茶色の陣から巨大な岩腕が伸びた。腕はその巨大さから想像出来ない程の速度と正確さで夜楼華の根を何度も殴り押す。
一撃一撃が重く尖い打撃のような魔術に赤衣も警戒態勢に入ったその一瞬を逃さず、エミーは剣を構えた。この間も傷口は血液を吐き出し続け、尋常じゃない量の血溜まりが魔女の足下に広がるも、気にする素振りさえ見せず魔女は血溜まりをバシャリと踏んだ。
『まずは
白色を土台に薄っすら雪色の青を持つ剣で床───地面を掻くように斬った。剣術光もなく振られた剣は濃い霧を辺りに散らし、掻いた地面からは霧の薔薇のような蔓が伸び、私の赤衣へ刺々しい絡みつく。
「エミーもういい! 今すぐ───ッ!?」
まだ戦うつもりなのか? 今すぐ私を置いて逃げて。そう叫ぼうとしたクチは動きを止め、全身の力が抜ける。絡みついた蔓は棘を伸ばし赤衣へ深く刺さる。その棘が、妖力を吸い取っていた。
注射針のように刺さる棘が吸った妖力を地面から伸びる管蔓へ流す。
身体の力が───妖力が───急速に抜かれ、私は地面に膝を付いた。それでも吸収は終わらない。
「───......。プンプンの雷衣も能力で作ってるが、元は魔力......はないな、多分妖力だ。お前もそうだろクソネミ!」
大声で言い放ちエミーは悪戯に笑った。そんな元気あるなら逃げろよ、と思った私の眼に入ったのは、先程エミーが受けた傷が、みるみるうちに再生、治癒していく現象だった。
治癒術ではない。もちろん再生術でもない......辺り一面にいつの間にか現れていた霧華の蕾が開き、花粉のように治癒効果のある微粒子をエミーへ飛ばしていた。
「時間稼ぎにもなんねーだろうけど、少し黙っとけ夜楼華」
この間も魔女が出した巨腕は夜楼華の根を殴り続け、魔女は周囲の霧を利用し、氷属性魔術を発動、夜楼華を一時的に凍結させた。
凍結と同時に霧の華は消え去り、極薄となった赤衣の命令権を私は取り戻し、衣を消滅させた。
「すげーだろこの剣? 霧薔薇───痛ッ!」
「何で逃げないんだよ.......本当に死ぬかもしれなかったのに、」
「痛ッ......、おいクソネミ、本当に殺してほしいんだな? 本当に」
今更、今更助けてなんて言えないよ。
今更、生きたいなんて......死にたくないなんて、言えないんだよ......。
これは......どうしようもない現実なんだ。
今エミーを傷つけたように、きっとみんなを傷つけてしまう。もっと悪霊化が進んだら、自分を無くしてみんなを襲い、殺してしまう。だから......
「本───」
「わかったもういい」
「え?」
「
「......霊刀・
「おけ。それ
「無理だよそんなの......」
「うっせーな黙って待ってろ」
私の眼を見てそう告げ、エミーは剣を鞘へ納め階段へと向かう。
私へ向けた表情や言葉が、本気に思えるほどエミーは真っ直ぐな瞳だった。
「...........うん。待ってるから、お願い」
「おう、すぐ戻るから寝落ちすんなよ?」
歩くのも辛そうなのに、よく言うよ......。
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